同性婚を認めない多様性はあるのか

まとめると

同性婚を「認めない」多様性というものはない。
強いて言うなら同性婚を選択しないことが、同性婚を認めない多様性になる。しかしこれは同性婚を選択しない多様性と言うべきである。

これだけで納得できる方はこの記事にたどり着かないと思うので解説していきます。

そもそも多様性とは何か

色々な場面で多様性、ダイバーシティなどの横文字が並び多様性という考え方がイマイチ浸透せず、言葉だけが広がってしまい、そもそも多様性という思想がどんなものか認識されていないなと感じます。
私は多様性とはお互いの価値観を尊重し合う、砕けた言い方をすれば他人の価値感に口出ししない。
こういう考え方だと理解しています。
あなたを(あなたの結婚を)認めますとか認めませんとか、そういう次元のお話ではありません。

同性婚を認めない多様性の日本語としてのおかしさ

多様性について改めて確認したところで本題に戻ります。
多様性が他人の価値感に口出ししないのであれば、他人の同性婚を認めない、という口出しは正反対の考え方ということになります。
言い換えるならば「同意のある痴漢」みたいなものでしょうか。
同意がないから痴漢なのであって、同意があれば痴漢ではありません。
「同性婚を認めない多様性」という言葉がいかに理論として破綻しているか、わかるかと思います。

それでも同性同士の結婚がおかしいと思うなら

他人の価値観に口出ししないなら、同性同士の結婚は私の結婚という価値観とは違うし認めろと思うなら、その価値観を私は尊重します。
多様性という言葉を使う以上、当然否定されるべきではありません。
あなたが同性パートナーと交際した時に同性同士の結婚はおかしいよねと2人の意思で導き出した価値観なのであれば尊重されるべきで、誰からも否定されるべきではありません。
もちろん異性間カップルが結婚を選択しない価値観も否定されるべきでないことは言うまでもありません。
同性婚に違和感はあるけど、当人らがそうしたいなら別にいいんじゃないというなら、同性婚を認めない多様性と言えるでしょう。

あくまで、私は同性同士だと結婚すべきでないという価値観を強要することに反対します。
他人が結婚しても良いかを他人が判断すること自体に反対します。
本人が自由意志に基づいて導き出した価値観なのであれば私は尊重します。

追記
異性カップルが結婚しないという価値観が、結婚を選んだ価値観を否定している訳では無いのと同様に、同性同士で結婚しないという価値観が、同性婚を否定している訳では無いということを忘れないでください。
もうそうなっているのであれば多様性ではありませんから。


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