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【マンション麻雀】 退場させられた男 中編

退場させられた男 前編


「帰りのべんがあるから、時間になったら先帰るけど堪忍してな」

 ジョブズはわざわざ関西から打ちに来ていた。
 それだけでなく、便(びん)のことをべんと呼んでいた。いかに自分が浮世離れしているか、ここまで短い言葉で体現できた人を私は未だかつて知らない。
 私はとっさに「関西では便(びん)のことをべんって言うんですか?」と訊きそうになったが、ジョブズに学がないだけだと悟って口を閉じた。

 初対面の二人は、ジョブズのべんには完全に無反応だった。どうやらここは和気あいあいといった雰囲気ではないらしい。


「初めまして、佐々木です。〇〇さんの代わりで参りました」

 私が自己紹介をすると、初対面の二人も名乗り出した。

「初めまして、佐藤です」
楠木です。よろしくね。」

 佐藤は中肉中背のサラリーマン風の男で、あまり特徴がないタイプだった。ただ、日曜にスーツを着てこんな場に来ていることや、彼の身体にぴったり合ったオーダーメイドのシャツとスーツを着ていることを考えると、そこそこ異端であることは確かだ。


 楠木のほうはスキンヘッドに黒シャツ黒スーツ、そしてブルガリの時計をつけていた。佐藤とは対照的であまりにも印象が強すぎる容姿をしていた。普通に恐い

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 ジョブズはウンウンとうなづき、早く麻雀がしたくて仕方がない様子で牌を触っている。お前も自己紹介をしろ。


「順位の10-30で祝儀が3の東風。本場1500の鳴き祝。流局なし、天井もトビもなし。ラス親は何着でもテンパイ止めアリ。役満は出和了10枚のツモ5枚オール。いいかい?」

 楠木がレギュレーションを説明している間も、ジョブズは落ち着きなく手元の牌をカチャカチャといじり、一定のリズムでパチン、パチンと叩きつけていた。
 私の経験による勝手な印象だが、ルール説明やスコア記入中に牌を叩きつけている人で強い人にあったことがない。



 東発の配牌を開いたジョブズは、口を半開きにしながら素早く牌を手前に集めはじめた。

 彼は手の良し悪しによって理牌のスピードが変わる。さらにそれぞれの色ごとにきちんとまとめ、彼から見て右端にかならず字牌を置くタイプだ。

 このときは最初に1色を整え、次に2色目、そして3色目をそろえて字牌は余っていなかった。良い手牌なのだろう。
 こういったタイプを相手にするときは、理牌の時点から細心の注意を払うことで、ある程度の予測をすることができる。自分の手牌を見る前からターゲットを絞って注目しておけば、ゲームを有利に進められるだろう。

 佐藤と楠木をみると、彼らはほとんど理牌していなかった。
 佐藤は上流ホテルのウェイターのような微笑を浮かべながら淡々と打ち、楠木は見た目に反して流れるようにソフトな打牌を繰り返していた。これまた経験論だが、彼らのようなタイプはあまり下手でないケースが多い。

 麻雀をある程度こなしていると、全体的に動きがスリムになる。牌をツモるときにゴリラのように振りかぶったり、盲牌したり、変に手首にスナップを利かせてクネクネと打牌したり、切ったあとの手が空を舞ったり、そういうことはしない。

 なぜならどんなにゴシゴシと盲牌しても牌は変わらないしどんなに強打して切っても当たるときは当たることを理解しているからだ。メリットがないだけならまだ良かったが、単純に疲れるというデメリットがある。

 麻雀を打ってお気持ちを頂戴するには、できるだけ高い精度を保って打ち続けなければならない。そのためには、体力やスタミナを無駄なことに消費しないことが必要不可欠である。身体に無駄な負担をかけないように、イスの高さや卓との距離、卓に向かう角度もすべて決めておかなければならない。

 そういった点をクリアしているかどうかで、初対面であっても、相手の強さの範囲をある程度は定めることができる。
10段階評価でいうと
佐藤は7〜10
楠木は5〜10
ジョブズは0〜2
くらいだ。楠木は黒シャツ+黒スーツ+ブルガリの時計というイキリ小僧のような格好をしているから下限を5とした。


 圧倒的に数値の低いジョブズのほうを見てみると、好調のおかげなのかニヤニヤしながら打牌をしている。
これから肉叩きでプレスされた肩ロースのようになるとも知らずに・・・。


【 退場させられた男 退場編 】に続く

このノートがあなたにとって有意義なものであったらとても幸いです。