【マンション麻雀】 退場させられた男 前編
「次の日曜、昼からひま?行ってもらいたい麻雀セットがあるんだけど」
ある秋の昼下がり。ハウスの主から電話が入った。
「ひまっす。どのような条件ですか?」
「順位の10万30万で祝儀3万。四人回し、場代はない。場所や時間の詳細はメールで送る。」
「10割負担ですか?」
「日当は10万で、キミが勝ったら6割、負けたら5割で考えてるんだけど」
「やります」
「じゃよろしこ」
10万ー30万というのは、相手のレベルや素性もわからない状態で打つにはやや乗り気がしない積載量である。庶民の私にとって10割負担では下振れがキツイ。
主から送られてきたメールを確認した。
提案された条件は、東風16回限りで日当10万。1日単位の成績でプラスなら私が6割貰えて、マイナスなら5割払う。かなり破格の待遇だ。おそらく、本当はオーナー自身が参加したかったが用事があって出られなかったといったところだろう。
時間は昼13時から。書かれていた場所は・・・
千葉県N市 だった
私 「・・・遠すぎだろ」
*
どんぶらこ、どんぶらこ、と電車に揺られて約110分。ネズミっぽい衣装を着たカップルや女子高生と思われる若者が車内で騒いでいた。
夢の国へ行く彼女らが羨ましくはなかった。私は「これから1トップで夢の国50回行ける麻雀打つからええんや」と強がっていた。ちなみにいま計算してみたら50回も行けず、せいぜい40回程度だった。ワンデーパスで7,500円。夢の国への入り口も敷居が高くなったものだ。
そうこうしているうちに、すぐに最寄り駅に到着した。
この僻地には前にも一度だけ来たことがあった。タクシーを使ってすぐにマンションまで向かい、エントランスでロックを解除してもらう。
マンションの一室に着いてリビングに足を踏みいれると、そこには別の場で5回ほど会ったことがある男の顔が視界に入った。杉村太蔵を太らせ、髪の毛を少し後退させたような、関西弁の男だった。
私は彼に「ジョブズ」というニックネームをつけていた。もちろん心の中でだけだ。名前の由来は、彼が頭のキレる男というわけではなくりんごが好きだからでもない。
彼はいつも同じ服を着ていたのだ。
*
ジョブズは頭はキレないが、かなりキレやすい性格だった。沸点は38℃くらいだろう。
勝っているときは負けるまでビールを給油しまくり、負けるときは2ラス程度の負けからキレはじめる。当然、彼が勝って帰ったことは一度も見たことがない。おそらく巷の雀荘に一人は居るであろうタイプの負け組だった。
「こんにちは、ジョブズさん」 「おう」
その日もそんな会話をしながらソファーに腰掛けた。
私は生来、人の顔を覚えるのがとても苦手なのだが、不思議と麻雀の相手のことはスッと覚えられることができた。
ジョブズの向聴時にツモる動作、目線、牌の並べ方、力の入れ具合、テンパイ時に必ず漏れる「ヨイショ!」という掛け声、呼吸、すべて覚えていた。
彼の頭はキレないどころか、ハッキリ言ってちょっぴり弱かった。
ある人がこんな手でツモ4m、リーチツモドラでセンニセン。
和了者が「ジョブズさん1000点だよ」と声をかけても、開けられた手牌を見つめて完全停止。
牌を流そうとすると、「お、おい!ちょっとまて!待てって!!」と遮り、和了者が理牌してあげるとようやく理解して点棒を払う、そんなことが何度もあった。どことなくあさちゃんに似てなくもない、愛くるしい生き物だ。
ジョブズが和了すると、開けられた手牌はきれいに左から右へ並べられていた。そうしないと理解できないのだ。きれいに並べるということは、手牌がほぼスケスケということになる。
そういったタイプの人は稀にいるが、彼らは手牌を認識できないだけでなく、河から情報を読み取る力も弱い。
リーチに対して安牌を探すスピードも遅く、ターツ選択もかなり遅い。
はっきり言ってカモ。カモカモのカモだった。
手牌もほぼわかる。テンパイもわかる。こちらの副露は警戒できない。もはやカモを通り越して天然マガモだった。ここまで圧倒的有利だと、仕事とはいえ楽しくなってくる。
麻雀は運要素の強いゲームである。牌理や読みでアドバンテージがあっても、やはりリーチの待ちはわからないし、手が入らなければ勝ちにくい。明らかな格下相手でも負けることはたくさんある。そんな私にとって、彼のようなタイプと打つ麻雀はある種のオアシスでもあった。
しかし、ジョブズとの楽しい闘牌は、突然終わりを迎えることになる・・・。
【 退場させられた男 中編 】に続く
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