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◆生々流転 ~アスパラガスビスケットの美味さが解る年頃~

この間、親友からタケノコが届いた。
北海道ではまず採れないこの春の味覚は、ひそかに毎年楽しみしているものだ。
ところが、蓋を開けてみると、今年はいつもと少し様子が違う。
タケノコが入った段ボールには、見たことがないものからあるものまで、とにかくお菓子がぎゅうぎゅうに詰め込まれていたのだ。
お礼かたがた親友に電話したところ、スペースが余ったので家にあるお菓子を適当に入れてみた!とのこと。
そんな…お菓子を緩衝材みたいに…と些か可笑しかったが、昔から屈託のない人なので、とりあえず我々夫婦は、タケノコと共に大量のお菓子も有難く頂戴することにしたのである。

お菓子は、ほとんど2~3日中に胃の中に消えた。
しかし、最後までどうにも食指が動かなかったお菓子があった。
それが、タイトル画像のアレ。
そう、誕生から55年を超えるロングラン商品、ギンビスの【アスパラガスビスケット】である。

このお菓子の存在自体は、よーく知っていた。
むしろ、今生きている中では知らない日本人など居ないのではないだろうかと思われるくらいのビッグネーム。
わたしが子供の頃のこいつの目撃場所は、主にばあちゃんちであった。
自分の家にいる時はクランキーチョコレートだのポテトチップスだのがメインのおやつだったが、ばあちゃんちにはそんなお菓子はほとんど存在しなかった。
たまに前もって遊びに行くことが判っていて、尚且つじいちゃんの機嫌が良い時には、農協から買ってきた子ども向けのおやつが用意されている場合もあったが、大概は日頃まったく馴染みのないお菓子が、おやつ入れを占領していた。

その代表格が、ギンビスの【アスパラガスビスケット】である。
ばあちゃんちのお菓子の中でも好んで食べられたのは、当時まだ発売して間もなかった上にばあちゃんがハマっていたハウスの【とんがりコーン】、開けてしまえば何となくいい匂いがして食べやすかった日清の【ココナッツサブレ】、食べづらいことこの上なかったが、不思議なコーティングがあとを引くブルボンの【ルマンド】あたりで、正直【大納言】【黒蜜かりんとう】などと並んで、アスパラガスビスケットは当時のわたしや従兄弟たちの間では不人気であった。

しかし、あれだけいつもあったので、一度くらいは食べたことがあったのではないか?とも思うのだが、一向に思い出せない。
もしかすると、あまりに地味な見た目に、終ぞ手が手が出なかったのかも。
何しろ数十年の時を経て再会した「ばあちゃんちのお菓子」に、最初わたしは全く手をつける気が起きなかった。
しかし、数日経ってお菓子入れを覗いたとき、箱の隅っこにこいつだけがちょこんと鎮座しているのを目にしたら、今はもう帰ることもできないばあちゃんちの風景を思い出した郷愁も手伝って、やっと開けてみる気になったのであった。

とは言え、そもそもわたしは今までビスケットというものを好んで食べたことがない。
今思えば大変失礼な話だが、ビスケットなんて赤ちゃんかご年配の方が食べるものだ、と何となく思いこんでいた節がある。
ただ、つい最近、人気YouTuberが配信のときにいつも美味しそうにギンビスの【たべっこどうぶつビスケット】を食べているのを見て釣られて買ってみたところ、これが大変に美味しくて驚いた。
薄くてサクサクしたこんがりビスケットが、好みのチーズ味だったことも手伝って、無限に食べられる代物だったのである。

しかしまぁ、アスパラガスビスケットと【たべっこ】のヴィジュアルの間には、かなり隔たりがあるよな。
かたやキャッチ―な動物の形をしていて、いかにも軽そうな薄め生地。
パッケージからしてポップなデザインで、これはもうある程度若者も視野に入れているよ…という意気込みが伝わってくる。

しかし…アスパラガスビスケットは……わかるな?
この、パッケージの重厚さ。
頑固そうな生地の色合い、そして見た目、無骨さで一本勝負のシルエット、そして胡麻……。そう、全てが確実に最初から「若者なんか知らんもんね!」という確固たる意思に満ちているのである。

恐る恐る、わたしはそいつを口に入れた。
噛もうとするが、思った通り【たべっこ】とは一線を画す硬度である。
そいつを軽く歯で押さえて、ポキン、と折ってみた。
…うん?この折り心地、ちょっと気持ちよくないか?

続けて、奥歯で咀嚼を試みてみた。
くっ…と軽めに力を入れた奥歯の間で、カリッと軽快な音を立ててビスケットが砕ける。
そのまま咀嚼を繰り返すと、ほどなくビスケットはサク…サク…とえも言われぬ良い音を立てて崩れ、おくちの中には優しい甘味と香ばしい胡麻の風味が ぶわー!!と広がり、そしてふんわりと消えていったのであった。

なんだこれ。
はちゃめちゃにうめえぞ!!!!!

それからはもう、ただひたすらに無心で、カリカリサクサクの大演奏会であった。
気付いた時には、135g全てが一瞬にしておなかの中に吸い込まれていたのである。

次の休みの日、わたしはスーパーにギンビスのアスパラガスビスケットを買いに行った。
ついでに、ギンビスで作っているOEMのコンビニ商品も買ってきた。
しかし食べ比べてみた結果、ストレートフォルムのOEMに較べると、圧倒的にあの不思議な形をした本家・アスパラガスビスケットの方が歯触りもよく、折れたときの感触もよく、したがって味もよく感じられた。

しかし、改めて子どもの頃のばあちゃんちを振り返ってみると、やはり一度はこいつを口に入れてみたことがあったのではないかと思う。
そして、その時は多分こう判断したのだ。
「決して美味くねえ」と……。

だが、月日はわたしとアスパラガスビスケットの上を滔々と流れた。
子どもだったわたしは、大人になった。
アスパラガスビスケットは、その頃からほとんど変わらない。
そう、変わったのはあいつではなく、わたしの方だったのだ。

苦くて食べられなかった山菜も、いつの間にか食べられるようになっていた。
良さの解らなかった和菓子も、今では大好物である。
そして、ギンビスのアスパラガスビスケット。

一般的なカステラさえ、生クリームを添えないと美味しく感じなかったわたしの舌も、とうとうアスパラガスビスケットの繊細な胡麻の風味に、暴力的ではない優しさに満ちた甘さに、至高の美味しさを見出すまでになったらしい。
今なら、どうしてじいちゃんやばあちゃんがこのお菓子をこよなく愛していたか、よくわかるのだ。

ばあちゃんちは、地域でも最も早くに開拓に入った米農家で、豪農だった。
繁忙期になれば、陽が昇る前から暗くなるまで、おそらくは田んぼで働き通しだったのに違いない。
「ちょっと一服するべや」と座った田んぼのあぜ道、手伝いに来てくれた親戚や友人と共に、冷たい麦茶で頂くギンビスのアスパラガスビスケットのほんのりとした甘さは、さぞ美味しく疲れを癒してくれたことだろう。

わたしより早くに生まれて、思い出の中にはいつもあった、ギンビスのアスパラガスビスケット。
これからは、じいちゃんばあちゃんのように、わたしもこいつと一緒に生きていこうと思う。

それでは、このたびはこの辺で!

追記:
ところで、135gは些か量が多いので、ぜひギンビスさんにはジッパー式袋の導入を検討して頂きたいと思う。
調べてみたら小分けパッケージも売られているようだが、田舎ではついぞ見かけないのだ。
まぁ、だいたいは食べ始めたら止まらなくて、気付いたらなくなってるんだけど。
ほとんど失いかけた乙女心がたまーに「全部食べちゃダメー!!!」と訴えかけてくることがあるのだ。
どうぞ宜しくお願いしまーす!

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