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ショートショート【時間のない街】

国民の幸福度は例年降下し続け、もはや上昇の見込みがない。
そこで政府は、大胆な改革を検討する事を決定。
この試験的な取り組みの対象に、ある小さな街が実験都市として選出される事となった。

蝉の鳴く声が日ごと大きく響き渡る8月、政府からのお達しにより、私達の街から時計がなくなった。
高校に入学して初めての夏休み、公園にあった年季の入った時計も、街に唯一あった小さな時計屋さんも--風の噂でかなり大きな見舞金が支払われ、店仕舞いしたようだ。
毎日身に付けていた腕時計ですら、ものの見事に回収された。
とにかく、ありとあらゆる場所に当たり前にあった時計が私達の生活から消えた。
テレビの時刻表示もなくなり、最初は違和感しかなかったものの、人間とは順応な生き物でこの状況にも不思議と慣れてしまった。

「現代人は時間に縛られ過ぎている。生き急ぐことなく、本来の五感を研ぎ澄ませ、伸び伸び生活を送る事で、幸福を感じてもらいたい」
そういう事で時間の概念を取っ払おうという狙いだそうだ。

この街が選ばれた理由は、住民達が街の中だけで完結した生活を送っていたからだ。驚くことに他の街へ通勤・通学する者がいない国内唯一の街だったのだ。他への移動があったとしたら、どうしても時計の感覚を消す事は不可能だろう。

それにしても思いきったことするよなぁ…今はもうない左腕の時計の日焼け跡に思わず目をやった。

大人達は好きな時に起きて、適当な時に会社へ向かうようになった。毎朝渋滞になっていた大通りの混雑が目に見えて減った。
お腹が空いたら休憩を取りご飯を食べるようになって、以前より美味しく感じられるようになった。
外が暗くなってきて、眠くなってきたら布団に入る。夜の方が静かで捗ると、働く時間を変える人も増えたようだ。
人との待ち合わせはどうしているかというと、スマートフォンで連絡を取り合い、互いに今いる場所を伝え合い、だいたいの感覚で落ち合うようになった。

時計がなくなってもっと困るかと思っていた。
気持ちに余裕が持てるようになり、むしろ時間を気にしなくて良いこの生活こそが、本来の人間のあるべき姿なんじゃないかと思うようになった。

夏休みが終わり学校が始まると、授業の長さは先生の采配に任された。生徒の集中力を鑑みて授業を進めるよう言われているようで、先生達は大変そうだ。
「まだいけそう?今日は出来ればこのページまでは進めたいのよね~」と生徒に確認してくれる先生もいた。

この暮らしがずっと続けばいい、私はそう思っていた。
風が少しずつ冷たくなってきた秋頃、政府から再度通達が届く。
そこには試験的な取り組みへの協力のお礼と、施策の打ち切りが書かれていた。

そんな…うまくいってたと思ってたのに…

時計が返ってきて、時間の感覚がまた戻ってきた。前のように時間で動く生活は、無機質なように感じ息苦しさを覚えた。
政府に抗議する大人達もいたようだ。
振り回して一体何がしたいんだと---


この時計廃止期間の調査によると、感情面での安らぎ・リラックスの満足度は確かに上がったものの、企業においては生産性が著しく下がり、学生の学力の低下も深刻とのこと。
早急に元の生活に戻さないと、人間の考える力や向上心が奪われていく、という指摘が多くの専門家から入ったようだ。

元通りになっただけなのに、授業に集中出来なくなってしまった。周りを見ると皆もそうみたい。なんなら先生だってどこか目が虚ろだ。
私達は時間の概念を奪われ、また急に戻され適応出来なくなっていた。それどころか、皆イライラしやすくなってしまったようで、街中では諍いが絶えない。
前はこんな風じゃなかったのに。


平和だった時間を返せ。

(終)


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ショートショート2回目書いてみました。      ここまで読んでくださり、本当にありがとうございます。話を書くのは想像以上に難しいけれど、楽しいものだなと思いました。                大まかな設定だけはよく浮かぶのですが、行き当たりばったりで書き進めるので、細かな描写だったり、結末までの流れを組み立てるのが苦手だなぁと、書いていく中で改めて気付かされます。             逆に勢いだけで、思いつくまま書くことだけはできるよう。まるで生き方そのものだなぁと。突き進めるけど、粗が多い。それを持ち味と呼ぶにはまだ早く。精進します。

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