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『平家物語』の魅力を語る

2022年はひさしぶりに人生を揺さぶられるほどの本に出会った。
それが『平家物語』。

読んでからもう数ヶ月が経つ。
それなのに年末年始の帰省で母に涙ながらに、熱く、くどく、その素晴らしさを語って「いいから読んでみて!」と本を押し付けている自分に自分で驚き笑ってしまった。

きっかけは母の「平家物語って暗いんでしょ?」という言葉だったと思う。わたしも実際に読む前はそんなイメージを持っていたので尚のこと「それは誤解だ!そんな理由で読まないのはもったいない!」とヒートアップしてしまったのかも。

わたしがなぜこんなにも『平家物語』に感動して、わたしが母にどのように語ったか…ちょっと書いてみる。

まず前提として、わたしは世界をとても窮屈に見てしまう。
否定したい気持ちもあるけれど、常識非常識、成功失敗、勝ち負け、天国地獄…結局はそういった二元論的な価値観で世界を見ていたし、実際にそう思い込まされる情報や教育が日本には溢れているように思う。
そして世界を窮屈に見ていたわたしは自分自身をもその窮屈に押し込めて勝手に悶え苦しむことが多い。

そんな価値観をくつがえしてくれたのが『平家物語』だった。

下記の若松英輔さんの文章は『方丈記』について書かれたものだけど、わたしが『平家物語』に感じていることと重なるので引用する。

もし、『方丈記』が人間の強欲を描き出しただけの作品であるなら、今日まで読み継がれることはなかったであろう。この古典は無常を説く書であるとともに情愛の深みを描いた秀作でもある。

若松英輔『弱さのちから』亜紀書房 p39

『平家物語』っておごりたかぶった平家の憐れな末路と教訓が描かれてるのかと思ってたけど、実際はたくさんの滅びゆく者の「情愛の深み」が描かれてる。それはやがて死を迎えるわたしたち自身の人生にも重なるのだ。

平家のひとびとは当時の日本の頂点に立ちながらも滅びていくわけだけど、当然、ひとりひとりに違った生き様、死に様がある。

例えば、
平重盛は、平家全盛期の最中に清盛の横暴に悩み、神仏に祈った結果、病いに伏して死ぬ。
平清盛は、栄華を極めるも死に際まで源氏を呪って壮絶な病死を遂げる。
平清経は、都を追われる一門の現状に絶望し夜中にひとり静かに入水する。
平敦盛は、武装しているときにも笛を携えるほど美を愛したが、平家の船に戻る途中で源氏方に呼び止められ、それに応じて討ち取られる。
平維盛は、戦にめっぽう弱く、平家が落ち延びた先からもひとり逃れて出家し、家族に別れを告げたのちに入水する。
平忠度は、平家が辿る道を予感して、都を落ち延びる直前に和歌の師匠の元へと走り自身の句を託す。
平宗盛は、頭領でありながら壇ノ浦で入水しなかったため、息子ともども部下に海に突き落とされ泳いで難を逃れようとするが源氏方に生け捕られる。
平重衡は、戦で南都を焼き払ってしまったことを悔い続け、ついに源氏方に生け捕りにされた後にもあちこちで女性を虜にして出家させるほどの色気を放ち、最期は処刑される。

彼らの人生を知れば知るほど思うのは、
富と名誉の頂点にいるから幸せなんだろうか。
都を落ちていくから不幸せなんだろうか。
平家として運命をともにしながら、なぜこんなにも違った人生、思いがあったのか。

ここでは平家だけを取り上げたが、栄華を夢見たたくさんのひとの人生を丁寧に綴っていくのが『平家物語』の特徴。
そしてそのたくさんの生き様、死に様を眺めていると、心に浮かぶのは「みんなよく生きた」ということ。
どんな思いでどんな選択をしてどんな人生を歩んだとしても、この世に生まれて、生きて、死んだという事実はこの上もなく尊く、すべての退場は拍手を送るに値するということだ。

いくつかの解説書を紐解けばそれぞれの人物への評価が書かれている。
しかし解説者によってその評価が真逆になっていることも少なくなかった。評価は揺らぎやすいものなのだ。
だから確かなことはやっぱり「みんなよく生きた」。
何度もそこにたどり着いた。

そしてこの世に生まれて、生きて、死ぬ…それだけのことなのに、ひとりひとりの人生と思いはなんと彩り豊かなことか。そんな誰しもが当たり前に知っているはずのことに、心の奥深い部分が救われるような、言葉に出来ないほどの感動があった。

最期のときに、乗っている船の掃除をし『見るべき程の事は見つ』(見るべきことはすべて見た)という言葉を残して海に散った平知盛の境地はいかほどのものであったのか。

賞賛、誹謗中傷…そんな他人や自分の評価には意味などない。
そんなまやかしで他人や自分の人生を呪うのは愚かなこと。
人生はただ肯定されるべきもの。
この言葉の選び方にはまだ自信がないけれど『平家物語』を読んだ体験は狭く苦しかったわたしの世界を少し広げ、わたし自身を肯定してくれた。

壇ノ浦で入水するも生き長らえた建礼門院(平清盛の娘、安徳天皇の母)が平家一門を弔うその祈りが、今も聞こえてくるような気がしている。

なんてくどくど語ったけど、なんといってもものすごく面白いので!ぜひ読んで!そして語ろー!

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