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弁当代理戦争の話

景気の良かった数年前、ハウススタジオを借りてモデル撮影の仕事をやたらとやっていた時期があった。一般的なアートディレクターの仕事といえば指示を出して制作物や撮影のまとめ役をするディレクション業務が主だが、私は名ばかりなのでP40の大判カタログのディレクションからデザイン制作、画像レタッチまで全部一人でやっていて、オーディションや衣装選定の資料も作り、撮影小物や備品やお菓子の買い出し、お弁当の手配などの雑務もこなしていた。しかも撮影当日はディレクションしながら、タイムキーパーやクライアントの接待やお茶お菓子お弁当の準備などもしていたので、他人に任せられない性格のせいだとはわかっているが我ながらどうかしていた。

それは良いとして結構気を遣うのがお弁当で、他の制作会社とも取引しているクライアントは当然ロケ弁当も食べ慣れていて、人によっては「またここか……」「私これ嫌いなのよね……」「魚はないのか」「鶏はいらない豚か牛にして」などと、まい泉や今半を前にしても好き勝手に言われることもあって、文句があるならコンビニで好きなの買って来いよ……と言いたいのを笑顔の堺雅人みたいな顔でぐっと堪えていた。男性スタッフにはチキン南蛮や生姜焼き等のしょっぱいがっつり系を食べさせたいけど、モデルさんには野菜多め糖質控えめのものを用意したいし、クライアントでも女性は少量で種類が多くて映えるやつが喜ばれるけど、男性は何だかんだで肉を選びがちだったり(魚要求してたやつどこ行った)、毎回10〜20個位お弁当を頼んでいたが、昼休憩自体40分程度しか取れない事も多いので不測の事態に備えて同じお店から注文したかったのもあり、肉・魚・和食・軽食・追加サイドメニューを一気に注文できる某ファミレスのお弁当を連続で使っていたら、「さすがに飽きた。金兵衛とか頼めない?」と言われたこともあった。(だから肉の人はどうなる……)ここ数年は複数店舗のお弁当を一括で配送してもらえるサイトを利用していて、本当にお弁当絡みのストレスが減ったが、ここに来るまでは結構酷い目にも遭遇し、そのいずれもが大手代理店との格差をまざまざと見せつけられるもので、思い出すと未だに若干悲しくなる。

2日前に断られた焼肉弁当
個人的に毎回頼みたい位、今半のすき焼き弁当は最高に美味しいが、やはり定番なだけあって「先週も食べた、どうせなら叙々苑弁当がいい」と度々言われることがあった。私だって弁当とは言え会社のお金で焼肉を食べたいが、肉臭い感じで午後の仕事なんてやってられないし、ましてやモデルさんに……と毎回思っていたが、余りにも焼肉焼肉言われるので一回頼んでみることになった。撮影まであと一週間位だったがネットで注文しようとしたら予定数終了で注文不可だった。さすが叙々苑……と思い、「ロケ弁 焼肉」で検索し、テレビ番組御用達でレビューも良さそうなところを見つけて1つ2000円程度のお弁当を頼んだ。注文内容確認のメールが翌日届き、これで一安心と思って1週間、「お肉の確保ができなかったので注文キャンセルとします」という有無を言わさないメールがまさかの撮影の2日前に届いた。ロケ弁関係は2日前の正午注文締切にしている所が多いので、なぜ昨日の内に連絡できなかったのかと頭がフットーしそうだった。1週間肉の確保に奔走してたわけ??せめて3日前に連絡しろ!ハナマサで肉買ってでも作れ!!と、恨み言メールを送り返したかったが、常識外れのキャンセルメール送って来るくらいの店なら、それで謝罪して来たり、一転して確保できたりすることもないだろうと思い直し、まだ注文OKの今半様に注文して事なきを得た。ここで一つの仮定として「常連のテレビ制作関係の注文が急遽入ったんじゃないか」という疑惑が沸き上がった。注文受けておいてギリギリで反故にするなんて、それくらいしか理由が思い浮かばなかった。そして、実例を知っているわけではないが、そういうこともあり得るだろうなあ……と納得できてしまう業界なのも確かだった。

施されたケータリング
郊外の大規模なスタジオで、とある撮影を行った時の事。ムービー撮影(大手他社)の合間にスチール撮影をするという2時間休憩30分仕事を4セットみたいな仕事だった。スチール組は朝7時集合だったが、ムービー組は朝6時前から集合して準備をしていた。あくまでもメインはムービーでクライアントもムービーの方に出払ってしまうので接待の必要もなく、かと言って他社なので見学に行くわけにも行かず、大抵は静かにスマホのゲームやこの日のためにkindleで買ったレーモン・クノーの『文体練習』を読んで過ごしていた。お昼の時間になり、スチール組は中規模の白ホリスタジオに配達を頼んだ普通の弁当を食べていたが、ムービー組は人数も多いので広めの食事スペースにケータリングを展開させていた。噂には聞いていたが実物は初めて見るケータリング……上司と一緒にドアの影から「給食みたいですね……肉か魚か選べるみたいですね……カレーもあるみたいですね……」と通りすがりの振りをしてこっそり覗いた。白ホリに戻り、うちでも今度ケータリングにする?という話も出たが、私一人では管理しきれないのが目に見えていたのでどう考えても無理な話だった。そうこうして昼食タイムも終わろうかという頃、ケータリングのお店の方が「良かったらお味噌汁飲みませんか?余っちゃって……」とお盆を持って白ホリに現れた。有り難く頂き(こういう時に条件反射で気持ち大げさに喜んでしまう自分が悲しい)、追加でデザートのわらび餅的な何かも頂いてしまった。さっきまで、ケータリング良いなぁ……と話していたというのに、みんな無言だった。あそこに冷弁当を食ってる集団がいるぞとどこからか話が行ったのだろうか。

鎮座SHISHAMONESS
ワンプレート的な無国籍オシャレ弁当が世の中では流行っていて、クライアントの担当さんからお店を指定されたことがあった。オーダーフォームなどがあるわけでもなかったので、日にちに余裕を持ってメールで問い合わせてみたが、待っても待っても返信が来なかった。初めてのお取引で信用できなかったかもしれないけど、にしても連絡くらい寄越せよ……と思ったが「また食べたいのでギリギリまで粘りましょう」と担当さんに言われたので撮影3日前まで待ち、それでも全く何の連絡も来る気配がないので「注文受けられたかどうかもわかりませんが、もう待てないのでキャンセルします」とメールをしたら速攻承りましたの返信が来た。その時点で不信感MAXだったのだが、よそに注文し直すのも面倒だし、そこまで美味しいなら一回食べてみたいしな……と大人しく期待することにした。トータル代金の25%は配送料だったから当然といえば当然だが、撮影当日は意外にも時間通りにお弁当は配達された。確かに健康的な感じで美味しく、担当さんも喜んでいたのだが、蓋を空けると丸々一匹鎮座していたシシャモはクライアント先の部長(50代男性)に「こわい……」と言われてしまった。撮影が終わって数日、担当さんから「そんなに注文大変でしたか?」と聞かれたので個人的にはもう頼みたくないと伝えると、「前に◯◯さん(大手)のとこで頼んだ時は普通の対応だったみたいなんですけどね……おかしいですね」と本当に不思議そうだったので、「そりゃ◯◯さん相手だからじゃないですか?」と言うと納得していた。(悲しい)

他社の撮影にお邪魔すると、スタッフ向けはおろかクライアント用のお菓子すらも駄菓子の時があって、デパ地下で買えばそれなりのものが揃うのになんでだろ~私の仕事の時は映えるお菓子を用意しよ(会社のお金で食べる菓子はうめぇ)……と思っていたのだが、そもそも戦っているフィールドが違ったんだね。
何も弁当に限った話ではないけれど、こういうアドバンテージの差を埋めるのは中々大変なので、注文する側のネームバリューを上げるか、店の常連になるか、オーナーの身内になるしかない。書いてて本当に悲しくなって来た。


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