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夢の中の世界、私の神様

あらすじ
夢の中の死後の世界に入ったことをきっかけに
私にとって神様ってなんだろうと考えてみた人の話です。
雰囲気を楽しむタイプの小説。

 意識がゆっくりと浮上しているのを感じる。ここはどこか、夢か、はたまた現実か。それすらもわからない。
 ゆっくりと空気を吸い、頭が働くまで待つ。
 そして、気づく。ここにいるのが初めてではないことを。
 この世のどこよりも美しい「神様」の居る世界。

 死後の世界に行ったことがあるか。
 幽体離脱や夢でもいい。そう感じる場所に行ったことがあるだろうか。
 私はある。しかも、何度も何度も。
 元々夢をよく見るタイプで、幼い頃は化け物に追いかけられる夢を毎夜みては深夜に飛び起きていた。
 どの夢も体の重みや風の動き、音が現実と区別ができないくらいリアルなのに、複数の全く繋がりのない世界が融合したような滅茶苦茶な世界であることが多かった。
 そこにいる私は初めからそこで生活していたかのように何食わぬ顔で居座っていて、必ず夢の中にいる友達が一緒に行動していた。
 いつからか、夢の記憶を無くしたくないと夢日記をつけるようになったのだが、それから哲学的な神秘的な夢を不定期にみるようになっていった。
 死後の世界は一番よくみる夢で、なぜかその世界だけいつも一緒にいてくれる夢の中の友達が助けに来てくれないので、なんとなく私が居て良い場所ではないように感じていた。
 私の夢の世界にはどこもルールが存在しているのだが、死後の世界にもルールとまではいかない暗黙の了解があった。
 死後の世界では、人は生まれながらに罪を背負っているらしい。生まれたことに対する罪か、前世、輪廻転生的な類の罪か、おそらくここでは両者なのだろう。
 誰に言われたわけではないが、皆それを知っている。かくいう私もそれを疑問に思うでもなく受け入れていた。太陽が昇っている時間が昼、その反対を夜というように、これはただそこにある事象に過ぎない。
 私は世間一般的にいう無心論者というやつで、そのくせ前世や輪廻に関心があるのは自分でも矛盾しているのではないかとは思うだが、もし人間ではどうしようもない運命みたいなものが存在したら面白くていいなと考える。
 それにそれらのカルマ的なものは、私の自意識過剰な部分だとか自己肯定感の低さから目を背ける丁度良い言い訳になってくれる。
 そういえば、「人は死ぬと星になる」という言葉があるが、それはあながち間違いではないと断片的な夢の記憶をかき集めて感じる。
 
 そこは宇宙とも死後の世界ともいえない不思議な空間で、私達はゆるく発光しながらイワシの群れのように次の生へと向かって行く。
 遠くに見える私達と同じような魂の光以外は、どこまでも続く夜しか見ることが出来ない。「なるほど」それならば、人々が私達の出す光を星に見立てて説明することにも納得がいく。
 ただ一つ、全てのものが夢を見ているこの空間に例外があるとすれば、一際眩い光を放つ「神」だろう。それらは星どころか、太陽の光を反射するどこまでも優しい月のようだ。

 昔、誰かが「神は大金をくれたり、才能を目に見える都合の良い助けはくれない。それでも、祈るんだ。」と言っていた。
 それを聞いた時は「祈るのではなく、祈るしかすることがないの間違いではないか。」と心の内で思ったのをそっと飲み込んだ。
 その時会話をした彼はたしか小中学校が同門の友人だったはずで、彼が地元を離れたこときっかけに疎遠になってしまった。
 私達は大して仲が良かったわけでもなかったから、その後さっぱり連絡も取り合わなかったが、結婚するとかでこちらに帰って来ていた彼を見た時にふと、一度だけ二人で遊んだことを思い出したのだった。
 いつだったか、友人と地元の夏祭りに行ってはぐれたことがあった。
 目を離した一瞬のうちに人の波に攫われてしまった友人の姿を探ながら、一人ぼっちで彷徨う夏祭り会場は家族連れやカップルでごった返していて、そこかしこにりんご飴やかき氷のシロップの人工的な甘ったるい匂いが充満していた。
 茹だるような暑さの中、自分だけがこの場所に似つかわしくないような錯覚がして、私の歩く格好や仕草の一つ一つ、呼吸でさえも憚られる気がしていた。
 なんで置いて行ったんだ。あいつらがいなくなるのが悪い。なんて自分の不注意のせいでしかないのに見当違いなことを考えながら、ちっぽけなプライドを守るために泣きそうになるのを私は必死に堪えていた。
 とはいえ、いつまでも通路に棒立ちになっているわけにもいかないわけで、少し試案した後二十メートルほど離れた神社に向かって歩き出した。
 そしてそに彼はいた。
 記憶が間違っていなければ、その日は七夕で、境内に見上げるほど大きな笹が設置してあった。
 短冊を片手に濃い藍色の浴衣を着て、スポーツをしているらしく短く刈られた髪が一見すると味気も素気もないようなのだが、よく見ると上背と筋肉があるお陰でそれだけで十分すぎるほど彼に似合っていた。
 じっと見ていたつもりはないのだが、彼はすぐに私に気づいた。
 「一人か。」と声が聞こえた。そうだとだけ簡単に答えて、私達の間には数秒の沈黙が流れた。
 その後の記憶は曖昧だが、私達はどちらが言い出したわけでもなく神社の階段に座ってラムネを飲みながら取り止めのない会話をしていた。
 祭りの喧騒から離れ、お互いああだのそうだの気の抜けた返事ばかりの会話で、私と彼の周りだけ時間のが遅くなった気がした。
 ラムネを飲み終わり、日がかなり落ちてきたころ、彼は思いついたように瓶を割った。
 そして、そこからガラス玉を拾うと私に差し出した。
 「ガラス玉、綺麗だろ。明るかったら太陽の光でキラキラしてもっと綺麗なんだけどな。」そう言う彼の顔は影に隠れてはっきりと見えなかった。
 ガラス玉を受け取って、私は彼と同じように瓶を割って拾い上げたそれをを彼に差し出した。
 彼がくれたガラス玉を明るくなり始めた月光にすかして。
 「彗星みたいだ。」とポツリと言った。「そうだな。」と彼は返した。
 私と彼の会話は決して口数の多いものではなかったし、この会話がきっかけでその後彼と仲良くなったりもしなかったが、その時彼は私にとって地球上で一番の理解者で親友だった。
 いつもだと話すこともなかった人と、あり得ない場所で過ごしたから夏の魔法にかけられてそう錯覚したのだろう。
 それから私達は境内に戻って、短冊を書くことにした。
 当時は特に願いもなかく、夢のない冷めた奴だったので、無難に「金持ちになりたい。」と書くことにした。
 三分の一ほど書いたところで「七夕は自分のための願いは叶わなくて、誰かのための願いしか叶わないから書き直した方がいいよ。」
「織姫と彦星がお互いを思い合って年に一度会える日だしね。」と彼が余計なお世話かもしれないけどと教えてくれた。
 私は短冊を書き直しながら「神様っているのかな。今まで神様が願いを叶えてくれたことはないし、祈ったりお願いする意味ってあるのか。」と投げかけてみた。
 彼は困ったように笑いながら「神は大金をくれたり、才能を目に見える都合の良い助けはくれない。それでも、祈るんだ。そういうものさ。」と確かに言った。

 私は神を信じていない。こう言うと語弊があるが、これは信じる以前の問題で道端に咲く花のように存在だけしているものにどうやって縋り付けというのか、それがどうにも理解できないし、理解するつもりもない。
 そして、神はどこまでいっても私にとって良き隣人以上の存在になり得ないことを、心に刻まなくてはならない。
 私が「神」に向ける感情は怒り、敬愛、執着、それらがない混ぜになったタールよりもドロドロとしたドス暗いものだけで、七夕に短冊を作って一生懸命願い事を考えていたときのような純粋無垢な子供の頃の思いは早々に鍵をかけて立ち入り禁止の札を立ててしまった。

 私が自己嫌悪で死にそうだった時、嫌いな奴に会いたくなかった時、仲良くなりたかった人とうまく喋れなかった時、今まで一度も神様は助けてくれなかった。
 なぁ、「神様」。あなたはなんて残酷なのだろう。あなたを慕いあなたに救いを見出す子羊達を増やすだけ増やして、あとは何もしてくださらないのか。あんまりな仕打ちじゃないか。

 私は「神」は月だとよく考える。太陽は直接見ることは出来ないが、気候、海流、動植物の生育に大きく影響を与える。太陽が自然の営みの源だ。
 だが、月はどうだ。月は人の眼に映すことができ、潮の満ち引きや季節の巡りに関係しているのに夜はほとんどの生き物は寝てしまい、最初から何もいなかったかのように感じる。

 夜が好きだ。ぬるい湿った風を感じながら、肺いっぱいに空気を取り込んで何もないのに悲しくなって、涙が出そうになるあの時が。
 直接見ることの出来ない太陽より、絶対に手は届かないが見ることができる月の方がよほど優しいのではないだろうか。
 何もしてくれないが、そこにいてただ見つめるだけ。こちらが泣いても怒ってもただただ綺麗で残酷でそこにいるだけ。
 「神」も「月」も酷いな。主観だが。

 ここまで考えて私は泣いていることに気づいた。
 夢の中でイワシのように漂いながら。
 悲しくて、悔しくて、そして怒っているのだろうか。
 泣いているのは自分なのにどこまでも他人事のようで実感が湧かない。
 視線を動かし、遥か先に位置するそれを捉える。
 その瞬間壺から水が溢れるように頭が怒りで真っ赤に支配されて、悠々と浮かぶ「神」に向かって手足を滅茶苦茶に動かしながら向かっていった。
 どうしていつも本当に助けてほしい時に助けてくれないのか、どうしてすぐそばにいるのにいくら手を伸ばしても届かないのか、なんでこっちをみてくれないのか、どうしてなんでなんで、「こっちを見ろよクソ神がぁぁ。」怒りのままに神の胸ぐらを掴む。
 それでも、神の目は明後日の方に向かっている。
 それに違和感を覚えて、神の見ている方へ視線を動かす。
 目線の先にはなんということだ。別の神がいた。その神の先にはまた別の神がいた。それが途方もなく永遠と思えるほど続いていた。
 私の神様は別の神に救いを求めて縋っていた。
 あなたも誰かの奴隷だった。
 絶望が襲い、目の前がストレスでチカチカと点滅している。
 震えが止まらなくて、朦朧とする意識の中、神様の祈るために組まれた手を私の頬を包むように動かした。
 神様もう何もあなたに期待するのはやめます。これっきり最後に祈ることだけどうか許してください。
 どうか、どうかあなたが幸せでありますように。
 プッツンとそこで意識は途切れた。

結局誰もが誰かの奴隷だった。
家族に生きる理由を見出すように。
アルコールやギャンブルに生きる理由を見出すように。
死なないことに生きる理由を見出すように。

神や仏も例外ではないのかもしれない。

#創作大賞2023  

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