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紫陽花

私は2009年からの5年間を東京で暮らしていた。元々はもう少し早く上京するつもりだったのだけれど。

京王線沿線の町に暮らしていた頃。いつも明大前乗り換えのぎゅうぎゅうの箱の中で、ラッキーなときには窓から外の景色が見えた。ドア付近で立ち止まらないで下さいのアナウンスに肩をすくめて、いつでもお目にかかれるわけではなかったのだけれど、停車の瞬間が近付くにつれてみるみるうちに窓の画面を埋め尽くすのあのこがいた。紫陽花が一斉に笑う。笑ってくれている。ひしめきあう肉体の塊に向かって別け隔てなく。うれしくて、やさしくて、ほころんで、楽しかったな。窮屈に押し潰される寸前の骨も内臓も、あのときばかりはほろほろ和らいで、息は吐いて吸うものだったことを思い出させてくれたっけ。いまも鮮明に覚えている。あのこたち、まだあの場所にいるだろうか。あたらしい日々を、いまもあの場所で笑ってくれているといいな。


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