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魂のバガボンド 1

【1470年 スヘルトヘンボス】
スヘルトヘンボスの街には、数えきれないほどのバガボンドたちがいる。いるというより、流れているというべきだろう。当然のことながら、気が付けばいつの間にか姿を消していたというのがバガボンドの本質だからだ。
人種は出自がまちまちであることはもちろんのこと、見るからに放浪者とわかる類の者から、一見するとごく普通の市民と変わらない者まで、その内実も様々だ。

そして、この街で生まれ育ちながら一度もここから出たことのないイェルンにとって、どんなバガボンドも好奇心の対象だった。
どこがどうというのでもないが、どこかが違う者たち。
なにやら言いようのない不思議な空気をまとっている者たち。
ぎりぎり生と死のはざまでどうにか生きている者たち。
カネや名誉を漁って彷徨う野良犬のような者たち。
一応移動商人の格好はしているが、実際にどうやって暮らしているのやらわからないような者たち。
それらすべてのバガボンドたちは、異界の人間だった。どんなに一般人に近く見えようとも、イェルンの日常世界とは別の世界の生き物たちだった。

ほとんどの市民は、そういう異界の人間たちとはあまりかかわりを持とうとはしなかった。
そもそも存在自体を感じていない市民も多かった。彼らにとって、バガボンドは風景や物と変わらなかったのである。
ただし、イェルン自身は、そういう善良なる市民たちを非難する気は毛頭なかった。相手は人間なのだから、人間として扱えというふうなことを言う説教者もいたが、それこそ欺瞞だとさえ思った。

はっきり言って、イェルン自身も、実はバガボンドだったのだ。その身は実際のバガボンドたちほど自由ではなかったが、彼の魂はおそらく彼ら以上に自由気ままなバガボンドだった。
それだけに、彼は彼らに対して一般市民たち以上の親近感をも覚えていたのだ。

面白いもので、たいていのバガボンドは、彼のそういう心的態度には敏感だった。べつにこちらから話しかけたりしなくても、ごく自然に相手の方から近づいてくる。それも、特に意味もなく、ただ近くに座っているだけということもあれば、いきなり百年の知己同士のような調子でしゃべりかけてくるということもあった。

「おや、おまえさんは絵を描く人かい?」
例によって街角でスケッチしているとき、ひとりの中年バガボンドが声をかけてきた時も、イェルンは普通にただうなずいただけだった。
実に奇妙な風体の男だった。確かにおかしな格好をしたバガボンドは多いが、こいつは特別だった。それに気づいたイェルンは、それまで描いていたスケッチの手を止めて、男の方に向き直った。
「ちと見せてもらってもいいかい?」男はイェルンのスケッチブックを指さして、にやりとする。
「どうぞ」イェルンはそれを差し出す。
「ほう! こいつはたまげた! あんた、天才だね」
「どうも」言われなれたことだった。
「いや、ありがとさん」男はスケッチブックを返す。「いいもん見せてもらったよ。もっと見たいが、やめておこう」
「どうして?」

映像プロモーションの原作として連載中。映画・アニメの他、漫画化ご希望の方はご連絡ください。参考画像ファイル集あり。なお、本小説は、大航海時代の歴史資料(日・英・西・伊・蘭・葡・仏など各国語)に基づきつつ、独自の資料解釈や新仮説も採用しています。