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王子の中庭 3

【シーン2続き】
幼いマルガレーテは合点するようにうなずく。彼女の名前が、祖母マーガレットにちなむものであることはすでに知っていたのだ。
また、マーガレットはマリアの継母でありながら、実の娘のように可愛がり大切に育ててくれたのだということも、かねがね母マリアから聞かされていた。マリアが三歳のとき、実母イサベルは亡くなった。その三年後に父が娶ったイングランド王エドワード4世の妹が、マルガレーテにとっては祖母にあたるマーガレットなのだ。そして、マルガレーテ自身もまた、マーガレットに大切にされていたし、聡明で優しい祖母のことが大好きだった。

「お祖母様は、お母様にどんな助け舟を出してくださったの?」マルガレーテは、今は別室で休んでいるはずの祖母の顔を思い浮かべながら訊ねる。
「お父様の遺言書をもってきて見せてくださったの」マリアはマックスとマルガレーテを交互に見つつ答える。「そこには、『ハプスブルク家のマクシミリアンを、ブルゴーニュ公国の跡継ぎなるマリアの夫とすべし』って書いてあった。けれど、それはお父様が一方的に決めたことにすぎないでしょう。だから、私は…」【フェイドアウト】

【ここで回想シーンの挿入】
ブリュッセル宮殿の一室(ただし現在のブリュッセル王宮ではなく、比較的簡素な中世風の内装、燭台の灯りのみの薄暗い居間)
マリアとマーガレットがソファに並んで座り、亡きシャルル公の遺言書を見つめている。
マリア「ああ、お義母様、でも、フリードリッヒ三世はこの結婚には…」
マーガレット「いいえ、こちらをごらんなさい」と、添付された証書を示す。「昨年四月、シャルル公は改めて、あなたとマクシミリアンの婚約を申し入れたの。すると、フリードリッヒ三世はあっさりとそれに同意してここにサインなさったのよ」
マリア「どうして、また…?」
マーガレット「実は、最初に婚約の件を提案されたときには、同時にシャルル公をローマ王に指名してくださるようにとの要望とセットになってたの。ローマ王、つまり次期神聖ローマ皇帝の座に推挙してほしいとね」
マリア「それがお父様の野望だったのね、神聖ローマ皇帝になることが…」
マーガレット「ええ。だから、それをにべもなく拒絶されたと思い込んだシャルル公は激怒して、神聖ローマ帝国に対して報復の戦いを挑まれた」
マリア「ほんとうに、短気で無鉄砲なお父様…」
マーガレット「けれど、昨年になって、シャルル公はその野望をいったん取り下げてでも、あなたとマクシミリアンの婚約だけは実現しておきたいと心をお決めになったそうよ。それまで、公をローマ王に推挙するについては、フランス王や帝国諸侯の反発を恐れて逃げ腰だったフリードリヒ三世も、それならばということで即座に応じてくださったの」
マリア「そうだったのね…。ああ、お父様…」両目から涙があふれ出す。
マーガレット「だから、あなたはマクシミリアンに助けを求めていいのよ。あの方もすでに十八歳、きっと一人前の立派な夫として馳せ参じてくださるわ」
マリア「ああ、お義母さま!」感極まってマーガレットと固く抱擁しあう。
【回想シーン、以上】

「それで?」フェリペが考え深そうな口調で続きを促す。「お父様はすぐに駆け付けてくださったんだ?」
「すぐにというわけではなかったけれど」と、マリアは夫に目くばせする。「私からの特使がウィーンに到着するなり、出立の準備を始めてくれたのよ、ね?」
「そうなんだよ…」マックスは思い出すように苦笑しつつうなずく。「私としては即座に身一つででも飛び出したかったのだが、父上に引き留められてね」
「どうして?」フェリペは怪訝そうに訊く。「本当はまだ結婚に反対だったの?」
「そうじゃないんだ」マックスは相変わらず苦笑いしながら頭を振る。「世間体というか、神聖ローマ帝国皇帝の嫡男としての体面を保つ必要があるというわけで、それなりの軍隊と従者と装備とをそろえなければいけなかったのだよ」

映像プロモーションの原作として連載中。映画・アニメの他、漫画化ご希望の方はご連絡ください。参考画像ファイル集あり。なお、本小説は、大航海時代の歴史資料(日・英・西・伊・蘭・葡・仏など各国語)に基づきつつ、独自の資料解釈や新仮説も採用しています。