自分の価値を説明し、他者を説得するには──YAU SALON vol.16「これからの芸術文化の担い手に求められるスキルとは?」レポート
2023年9月13日、YAU STUDIOで、都市とアートをめぐるトークシリーズ「YAU SALON」の第16回が開催された。
今回のテーマは「これからの芸術文化の担い手に求められるスキルとは?」。芸術文化の自立が促される昨今、その担い手は活動基盤を持続させるためにどうすればよいか——。アーツカウンシル東京が実施する「芸術文化創造活動の担い手のためのキャパシティビルディング講座」は、そんな芸術をめぐる環境の変化に直面する人に向けたプログラムだ。
ゲストとして、同講座を立ち上げから担当しているアーツカウンシル東京の今野真理子と、同講座の運営を務めている舞台芸術制作者オープンネットワーク(ON-PAM)の塚口麻里子が招かれた。講座の紹介に加えて、背景にある問題意識、芸術文化の担い手に必要とされる力をめぐって対話が行われ、社会とのつながりのなかで芸術の可能性を開く方法が語り合われた。
当日の模様を、アートの書籍も数多く手がけるフリーランス編集者の今野綾花がレポートする。
文=今野綾花(フリーランス編集者)
写真=Tokyo Tender Table
■活動の価値を見出し、伝える技術
イベント冒頭では、アーツカウンシル東京の今野が、「芸術文化創造活動の担い手のためのキャパシティビルディング講座(以下、キャパシティビルディング講座)」について紹介した。
アーツカウンシル東京は、東京都歴史文化財団の一部署として2012年に設立され、都の文化政策をベースに文化振興の実践や中間支援に取り組んでいる。アートイベントの主催や共催に加えて、劇団、ダンスカンパニー、美術のコレクティブといった芸術団体や、アーティストやキュレーターといった個人への活動助成も行なっている。
キャパシティビルディング講座は、そうした創造環境の様々な担い手の自走力やファンドレイジング(資金調達)力の向上を目的として、2018年に開講された。
立ち上げの背景にあるのは、芸術団体や個人に対して資金面を支援するだけでなく、活動基盤の強化や、自ら活動を持続的に推進ー^^していくための技術や思考力の養成という支援も必要ではないかという今野の思いだ。助成事業の運営と並行して「アーツアカデミー」という人材育成事業を担当してきた今野は、その方法としてキャパシティビルディング(組織における目的達成のための能力の構築)にたどり着いた。
今野自身が、民間組織が運営する、主に社会課題に取り組む団体向けのファンドレイジングのスクールに通い、さまざまなソーシャルセクターの第一人者から思想を含めて体系的にファンドレイジングを学び直した経験が、発想の原型となっている。
講座は無料で、毎年度16人程度の受講生を選考して、約半年間実施される。創造活動が社会との関係性を成熟させていくための学びの場として設計されており、受講生が自身の活動の価値を他者に説明する技術を磨くことで、さまざまな支援者や協働相手、ステークホルダーといったネットワークの拡がりを獲得していくことも期待している。
講師には芸術文化に限らず社会課題や多様な領域の専門家を招き、連続性のあるカリキュラムを提供している。また、ファシリテーター兼アドバイザーが講座に伴走することも特徴だ。小劇場「STスポット」や、横浜市や神奈川県との地域連携事業を運営する認定NPO法人STスポット横浜の理事長である小川智紀と、プロジェクト・コーディネーターで立教大学大学院21世紀社会デザイン研究科特任教授の若林朋子が受講生に寄り添い、個々人の課題と向き合いながら、思考力やモチベーションを引き出している。
講座の内容は、ヴィジョン、ミッション&ファンドレイジング力を磨く、評価軸の設定、憲法や法的観点で学ぶ文化の権利といった多様なテーマの座学、実践者との対話、受講生によるディスカッションやワークショップ、個別相談など多岐にわたる。講座の最後には受講生が「課題解決/価値創造戦略レポート」に取り組み、発表会を行なう。
受講生としてアーティストからアートNPO事務局長まで幅広い人材が集まり、受講生同士のプロジェクトや勉強会も自然発生的に行なわれている。修了生の活動においては、新規事業の立ち上げ、アワードの受賞、団体の法人化、クラウドファンディングの成功、助成金の獲得といった成果がみられるという。同講座について今野は、真面目な勉強だけでなく「自由な発想や思いの変化の担保」を大事にしていると語った。
■芸術文化と人材育成をめぐる課題
続いて2018年度から講座の運営に携わっている塚口が当初の課題を振り返り、話題は開講の背景にあったふたりの問題意識へと広がった。
塚口が運営する舞台芸術制作者オープンネットワーク(ON-PAM)は、舞台芸術の制作者によるネットワークであり、制作者の認知普及や新たな価値の創出に取り組む中間支援組織だ。芸術文化の担い手であり、支援を受ける立場でもある塚口が同講座に携わった背景には、アーツカウンシル東京で実施されていた調査員制度や人材育成事業への関心があった。
調査員制度は、人材育成事業「アーツアカデミー」の初期に取り組んでいた事業であり、アーツカウンシル東京の助成対象事業の視察レポートの作成および研修会といった調査や研究活動を通じて、創造環境のあるべき状況や芸術文化活動の支援のあり方についての知見を深める機会を提供し、東京の芸術文化の振興を担う若手人材を育成する目的の有償プログラムだ。
この制度の休止を機に今野から新たな人材育成プログラムを構想しているという話を聞き、今野が実施ししていたリサーチや専門家との対話を通じて検討を進めていった。
講座の運営に際して塚口が課題として意識したのは、マネジメント層の人材育成と、現場での新たな挑戦の難しさだった。従来のアートマネジメントの教育においては、リソース不足もあり、経験を積んだマネジメント層が学ぶ機会が限られていた。また、現場でのOJT(職場内訓練)がおもな学び方であるため、失敗が許されず、新しいことに挑戦する余地もなかったという。そうした状況に対し、講座では、現場では実現できないような新たな価値創造のアイデアを検討する機会が設けられている。また、受講生同士が課題を共有し、支え合う環境も生まれていると塚口は語った。
塚口の話を受けて、今野は芸術文化領域の人材育成事業についての自身の課題意識についてコメントした。
アーツカウンシル東京の人材育成事業の最初のスキームであった調査員制度は、芸術文化をとりまく現状分析や課題の抽出を行い、支援のための施策を立案できる人材、芸術文化の現場と支援者をつなぐ人材を育てるために実施された。若手人材への経済的支援を兼ねた有償プログラムだったが、育成と対価提供とのスキーム上の矛盾もあって見直しが行なわれた。
新たな人材育成事業が求められるなか、今野は、従来のアートマネジメントの学びではなく、本質的なファンドレイジング力を磨くためにも社会と自身の創造活動の関係性を認識し、他者に自身の価値を伝えるための言語化技術の大切さに注目。モチベーションやアティテュードの成熟を促す方策のひとつとして、キャパシティビルディングに焦点を当てたという。
さらに、2018年の休眠預金等活用法の施行も、今野にとって重大な出来事だった。年間約700億円の休眠預金を社会課題解決や民間公益活動に活用する動きだが、文化セクターがその対象になっていないことに大きなショックを受けたという。社会課題解決と同じ価値基準では評価することは難しい芸術文化が対象から外れたことは結果的によかったとも考えるが、芸術文化が行政や他のセクターにその価値を伝える技術を磨く必要があるという意識は、講座の立ち上げにおいて大きな動機となった。
■価値の言語化が芸術の可能性を開く
イベント後半には、トークの聞き手を務め、今年度のキャパシティビルディング講座の受講生でもあるYAU運営メンバーの深井厚志を交えて、質疑応答と議論が行なわれた。
深井は、文化芸術が提供しうる価値を見出し、説得力あるかたちで伝えるスキルは、ファンドレイジングに必要な技術であると同時に、芸術のより大きな可能性を開く方法でもあると述べた。また、同講座は価値創造を規定することで、従来の芸術文化の講座やアートマネジメント教育よりも上のレイヤーを目指している印象があると語り、芸術の新たな可能性を広げる運動体として、受講生の活躍に期待を寄せた。
続いて深井は、今野と塚口に「5年間の講座運営を通じて感じた難しさはあるか」と質問を投げかけた。
今野は、講座全体が立ち上げ当初より思考力重視で抽象度の高い内容に変化してきたと述べ、現在のアジール的な講座のあり方は維持しつつ、文化セクターや社会へのよりよい還元方法も検討したいと語った。また、短期的にわかりやすい成果が生れるわけではない人材育成事業において、公的支援だからこそ求められる長期的な取り組みの重要性や見えにくい成果をより面的につなげて示す方法を構築したいと話した。
塚口は、現在の講座が最前線で働く人に訴求する内容であるか、ヒアリングを通じて検証したいと話した。また、当初は経験者層を想定していた受講者像のすり合わせや、修了生向けのアフターフォローをシステム化する必要性も指摘した。
■「稼ぐ文化」の時代における芸術の価値
会場からは「助成される公演とファンドレイジングの関係をどう考えたらよいか」という質問が寄せられた。
「助成を受ける公演で大きな利益を出してはいけない」という言葉は文化芸術の現場でよく聞かれる。しかし今野は、助成金はファンドレイジングの手段のひとつであり、財源ポートフォリオのなかでうまく活用することが大切だと答えた。助成金はよく「赤字補てんの原則」として捉えられがちだが、実際には公と民間でも助成制度の内容はさまざまに異なる。
必要な資金、確保したい財源、各助成金の目的や要件、補助率などを注意深く確認し、自身の活動やキャリアステージに相応しい助成金をより柔軟に活用してほしいと解説した。
塚口は、助成金制度にはファンドレイジングの可能性を狭める一面もあると述べたうえで、近年の政策の変化について指摘した。行政が「稼ぐ文化」政策を打ち出し、芸術文化に対して公的資金に頼らず自身で黒字化することを求めている点に触れ、時勢への対応が必要だと語った。
この点について今野も、近年、文化行政において経済的な価値の形成やそのための支援への注目が高まっており、営利や非営利の価値観が入り混じっていると付け加えた。こうした状況と向き合うため、昨年度の講座で「非営利とはなにか」をテーマとしたことも紹介された。
最後に参加者から挙がった関心事として、芸術に対する企業の関わり方の変化がある。従来のCSR(企業の社会的責任)やメセナとは異なり、企業活動のなかで文化にコミットする流れが生まれ、芸術文化に対しても新たな機会をもたらしている。ただ、企業と芸術文化の現場の認識にはまだ大きなギャップもある。深井は、企業が芸術文化に要求する売上が実態と大きくずれていることに言及した。
今野はビジネスセクターに対して「アーティストと実際に仕事をしてみてほしい」と提言した。アーティストの発想力によって従来型ではない思考回路が開発され、アーティスト側も経済活動のなかで自身のキャパシティを広げることができると期待を寄せた。塚口は、企業活動に倫理的責任が求められる今日の状況において、アートを事業に取り入れることは社会へのメッセージにもなりうると指摘し、「ビジネスセクターが社会を見つめる眼差しを捉えていくことが大事」と話した。
今回のYAU SALONでは、今日の芸術文化が社会において直面する課題が浮き彫りになるとともに、価値の言語化が切り開く新たな可能性について豊かな示唆があった。芸術の価値を当たり前にあるものとみなさず、個々の価値を発見し、他者に伝える技術は、今後いっそう求められるだろう。
2023年度のキャパシティビルディング講座の活動は、10月にスタートした東京芸術文化相談サポートセンター「アートノト」の公式noteでもレポート予定だ。
また、今年度の新たな試みとして、講座の一部が公開講座としてオンラインで開講される。申し込みをすれば誰でも無料で受講できるため、関心のある方はぜひ参加してほしい。