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YAU LETTER《都市の内奥に潜伏しろ——2020年代の芸術(祭)についての覚書》 中島晴矢

YAUでは、アーカイブの一環として、さまざまなお立場の方にYAUをきっかけとした思考を寄せていただく、「YAU LETTER」プロジェクトを進めていました。YAU編集室に届けていただいたLETTERを順にご紹介します。

YAU LETTER について
書き手の方には、2022年2月から5月に開催された有楽町でのYAUプログラムをご覧/参加いただき、「都市(=東京)について」テキスト執筆をお願いしました。なお、ここで言う「都市」は有楽町に限定せず、YAUプログラムをご覧/参加する際に思いを馳せた場所でも可、としています。

都市の内奥に潜伏しろ
——2020年代の芸術(祭)についての覚書
中島晴矢

YAUを巡った時に感じたのは、喉に小骨が刺さったような違和感だった。その微かな引っかかりの正体は、おそらくYAUだけに起因する問題ではない。それは今日の芸術祭が孕む、根本的な困難に関係しているはずだ。
 もともと日本の芸術祭は、地域型であれ都市型であれ、2000年代から活性化している。2000年に越後妻有「大地の芸術祭」、2001年に横浜トリエンナーレ、2010年には瀬戸内国際芸術祭がスタート。2011年の東日本大震災以降は、被災地を中心にオルタナティヴな芸術祭がいくつも立ち上がった。そうした芸術祭の隆盛に一旦ブレーキをかけたのは、2019年のあいちトリエンナーレだろう(とはいえ、私は「あいトリ」を殊更に批判したいわけではない。既に芸術祭と市民感情の間に折り合いがついていないことが、ここで白日の元に晒されてしまったに過ぎないからだ)。
 さらに2020年代に入ると、世界は新型コロナウイルスの猛威に襲われた。これによって2010年代まで自明の前提となっていた、〈にぎわい〉や〈つながり〉が〈良いこと〉であるという図式が、脆くも崩れ去ってしまう。むしろ〈にぎわい〉や〈つながり〉は、物理的にも精神的にも距離を取るべき〈忌避されるもの〉と見做されるようになった。そうしたニューノーマルな価値観は、アフターコロナの時代になってもそう簡単には元に戻らないだろう。というより、不可逆だとすら言っていい(酷暑のなかマスクを外さない人々の群れを見よ!)。
 だいたい、スマートフォンやSNSが社会に全面化したこの10年余りの間に、人々は過剰な〈つながり〉に心底疲弊しつつあった。震災後には絆や紐帯を強めることができると信じられた〈つながり〉は、2020年代において逆に有害なリスクと化してしまっている。それゆえコロナ禍を機に、表立った〈つながり〉からの退却を進めている人は決して少数ではない。
 そこに、ダメ押しでウクライナ戦争が勃発。感染症の蔓延に続き、旧時代的な戦争の開戦というのっぴきならない事態によって、世界の分断は加速した。楽観的なグローバリズムやコスモポリタニズム信仰は鳴りを潜め、国内外で深刻な格差が拡大している。端的に言って、今が大きな時代の転換期であることは間違いない。そのパラダイムシフトの只中において、私たちは今後の芸術祭、ひいては芸術のあり方を見つめ直さなければならないのである。
 少なくとも、これまで通りの方法に回帰することが得策だとは思えない。旧来の空間の使い方や人の集め方は、時代感覚から明らかにズレてしまっている。たしかに昨今開催されたいくつかの展覧会は、SNS(特にTikTok)をフックにした観客動員に成功していた。しかし、それはあくまでコロナ禍で体験に飢えた若者たちの単発的な反動に過ぎないと私は見ている。
 そうすると目下必要になってくるのは、芸術祭という構造の再設計だ。YAUで言えば、どういう風に「アートアーバニズム」を耕していくのかという問いになる。それに対し結論めいたことを言ってしまえば、都市の表層で大々的にアートを展開するのではなく、〈都市の内奥にアートを潜伏させること〉になるのではないだろうか。
 そもそも都市の主役は都市そのものであり、またその都市を生きる大衆である。特に大手町・丸の内・有楽町などという東京の中心地においてはなおさらだ。当該エリアは、アートに頼らずとも〈常に既に〉祝祭性に満ち溢れている。そこでアートにできることは極めて少ない。
 それでもなおアートを通じて何かコトを起こそうというのであれば、〈にぎわい〉や〈つながり〉のスケールを等身大に微調整し、ある程度開きながらもある程度は閉じつつ、文化を必要とする人々へそれらをダイレクトに届けられるような取り組みが求められる。その意味で、今回のプログラムにおいて私が最も可能性を感じたのは「SOUDAN」だった。

若手アーティストが直面するさまざまな困りごとについて考える相談員のネットワークSNZ(シノバス)による「SOUDAN」では、引き続きさまざまな専門家をお呼びして、相談所を継続開設しています。YAUがスタートして以降「専門家の話をきく」「専門家に話を聞いてもらう」というだけではなく、来場者同士でも会話が生まれたり、技術の共有がおこなわれたり、あるいは専門家が逆に相談する側になったりとさまざまで、それらがひとつの空間の中で同時に起きていることもこの場の魅力です。
(note「YAU編集室」より引用)

かつて美術家の小沢剛が展開した「相談芸術」は、作家という権威を脱臼させ、民主主義的なプロセスをアートに導入する一連のパフォーマンスだったとすれば、現代の「SOUDAN」の状況はいちだんと切迫している。分断の時代において、相談という〈潜在的なつながり〉のミクロな連鎖を経て、ある切実なコミュニティを立ち上げることは、何より急務なのかもしれないのだから。
 東京都心部において、大規模でお祭り的な芸術祭ではなく、都市の内奥に密かに潜伏するようなアートを罠みたく仕掛けていくこと───まるで梶井基次郎の「檸檬」のように?───それが今の時代の気分だと私は感じているし、そこにかろうじて希望を見出したくもあるのだ。


中島晴矢(なかじま・はるや)
1989年神奈川県生まれ。法政大学文学部日本文学科卒業、美学校修了。現代美術、文筆、ラップなど、インディペンデントとして多様な場やヒトと関わりながら領域横断的な活動を展開。現在、美学校「現代アートの勝手口」講師。主な個展に「東京を鼻から吸って踊れ」(gallery αM, 2019-2020)、キュレーションに「SURVIBIA!!」(NEWTOWN, 2018)、グループ展に「TOKYO2021」(TODA BUILDING, 2019)、アルバムに「From Insect Cage」(Stag Beat, 2016)、単著に『オイル・オン・タウンスケープ』(論創社, 2022)など。

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