見出し画像

有楽町の街とアーティストの交差から生まれるもの──「アーティスト招聘プログラム」中間報告会レポート

オフィスビルの一角をアーティストやアート関係者に開き、有楽町の街やそこで働く人々との相互作用を促すプロジェクト「有楽町アートアーバニズム(YAU)」。その一環として2023年2月から始まったのが、潘逸舟、菅野歩美、チーム・チープロという3組のアーティストを招き、有楽町を舞台にリサーチや制作を行う「アーティスト招聘プログラム」だ。5月末に予定されているその成果発表に向け、4月26日に行われた中間報告会の様子を、編集者/ライターの坂本のどかがレポートする。

文=坂本のどか(編集者/ライター)
写真=Tokyo Tender Table(*はYAU編集室の撮影)

有楽町×アーティスト——その制作プロセスをめぐって

YAUの拠点「YAU STUDIO」を舞台に、潘逸舟、菅野歩美、チーム・チープロの3組のアーティストを迎え、2月からスタートした「アーティスト招聘プログラム」。街やそこに往来する人々、企業、そこで育まれた資源や環境とアーティストとの出会いを誘発し、制作活動をサポートするプログラムだが、そのゴールの一つが、5月26日(金)から開催されるワーク・イン・プログレスのプレゼンテーションだ。

4月26日夜、約1ヶ月後に迫る展覧会を前に、招聘アーティストたちによる中間報告会が行われた。参加者はアーティスト3組と、YAUの運営メンバー。各作家の作品の内容と制作状況の共有、展覧会実施にあたり必要となる作業の洗い出しや展示スペースの割り当てなどが主な目的だ。

これに先立ち、3月に実施されたYAUのオープンスタジオの期間中には、3作家によるトークイベントを開催。これまでの活動を紹介するポートフォリオトークや、本プログラムにおける作品プランの経過報告などを行った。

その際にはまだ抽象度が高かった作品イメージが、約1ヶ月を経てそれぞれどのように推移したのか。チーム・チープロ、菅野歩美、潘逸舟の順に報告があった。

YAU STUDIOの様子
途中報告会の様子(*)

■ブギのリズムに乗せて、有楽町のダンスの歴史を紐解く(チーム・チープロ)

個人や集団の記憶を、身体を媒介に記録し作品として再構成する、松本奈々子と西本健吾によるパフォーマンス・ユニット、チーム・チープロ。リサーチをベースに、テクストの朗読を交えたダンス作品を制作する二人は、今回、有楽町という街の歴史から「北村サヨ」「笠置シヅ子」「ブギウギ」というキーワードを導き出した。北村サヨは踊りながら説法を唱える新興宗教の教祖であった人物で、1948年に、YAUからもほど近い数寄屋橋公園で踊っていたという。

松本奈々子氏。オープンスタジオでのトーク風景より。ホワイトボードに書かれているのが有楽町でのプロジェクトの構想

「北村サヨの踊りについて、ある記者が『ブギウギのようだ』と書いていたんです。ブギウギは戦後に流行したスウィングダンスのリズム。ブギウギで有名なのが、『東京ブギウギ』を歌った歌手、笠置シヅ子です。ブキウギなら想像できるし、真似するところから始められるかもしれないと思い、いま、ブギウキを一生懸命練習しています」と松本は話す。

二人がサヨに興味を抱いた理由は、彼女の宗教世界にあるという。「彼女は嫁いだ先でいじめられ苦しい日々を送るなか、水浴びをしてお祈りをしたそうです。そうしたら2人の神様がお腹の中に入ってきた。ああせいこうせいと言うその神様たちと、喧嘩しながら踊ったり喋ったりする、それがサヨの宗教の世界です。私たちがこれまで作ってきた作品にも、お腹の中に異質なものが入ってくるイメージをモチーフに作った踊りがありました」と、サヨと過去作との共通項を話した。

さらに西本は、「サヨは数寄屋橋で、そして笠置シヅ子は帝劇や日劇で踊っていたという記録もあり、有楽町との関連もある」と補足。「いま考えているプロジェクトの仮タイトルは《ブギウギ・S》。Sは、“サヨ”、“シヅ子”、“数寄屋橋”から来ています」と話した。

西本健吾氏。オープンスタジオでのトーク風景より

展覧会については、完成形の発表の場ではなく、オープンスタジオのような形式で考えているという。「『《ブギウギ・S》のための9日間』と題して、20分程度の踊りをいったんパッケージ化し、1日1回、数寄屋橋や有楽町駅近くの高架下など、有楽町のどこかで練習することを重ねていきます」(西本)。

チーム・チープロとYAUメンバーの打ち合わせの様子(*)

加えて、スタジオに人を集める形式のイベントも考えているという。「スタジオと街なかでの《ブギウギ・S》のワークインプログレスの上演とディスカッションを行うイベントを会期中3回程度できれば」と二人。「スタジオにはリサーチに使ったものや集めた素材、そしてテクストも展示したい。踊りのときには周りにディスプレイされたテクストを朗読する予定で、ディスプレイの配置をいじることが舞踏譜のように見えたら」と、具体的な実施イメージを共有した。

■街と皇居の関係をベースに、異なる世界線の日常をVRで描く(菅野歩美)

続いて、土地にまつわる物語や伝承をテーマに、近年はCGを用いた映像インスタレーションを手掛けてきたアーティスト、菅野歩美が報告を行った。3月のトークでは、「有楽町という土地にまつわるオルタナティブなフォークロアを作る」というコンセプトを軸に制作を進めたいと話していた菅野。そこからリサーチを進めるなかで、この街に強く影響を及ぼす「皇居」の存在に行き当たったという。

菅野歩美氏。オープンスタジオでのトーク風景より

「有楽町の地霊をテーマにしようと考え、まずは三菱地所の社員である遊佐さんに大丸有の地霊についてインタビューしました。その際、皇居があることによってこの街のかたちが決められてることを知ったんです。そこで考えたのは、『もし皇居がなかったら?』ということ。もしくは天皇制そのものが何かのきっかけで無くなって、何百年かを経て、一般の人が皇居や天皇制をまったく忘れてしまったとしたら……。今回は、その世界線でどんな日常が起こり得るのかを映像作品にしてみたいと思っています」と菅野。そのリサーチとして、先日、天皇制と東京について研究する東京藝術大学美術学部建築科講師の長谷川香さん(東京藝術大学美術学部建築科講師)にも話を聞いてきたという。

展覧会のイメージや必要な要素を整理していく(*)

作品の形態はVR(ヴァーチャル・リアリティ)の技術を駆使したもので、映像の尺は5分程度を予定しているという。「タイトルは《中空のページェント》。小さな部屋の中央に、床屋さんにあるような椅子を置いて、そこに座ってVRを体験するイメージです」(菅野)。話し合いでは、VR機器を使ううえでの鑑賞者の対応の仕方や予約の必要性などについての意見交換も行われた。

■東京の地下鉄の暗闇から、世界中の地下へと接続する(潘逸舟)

最後に報告を行ったのは、その作品を通して、「社会と個人の関係のうちに生じる問い疑問や戸惑い」を表現してきたアーティスト、潘逸舟だ。3月のトークでは、以前、神戸でのレジデンスで制作・発表した作品から続く「地下鉄」への着目を継続させたいと語っていた潘。今回、制作途中の作品画像も共有し、着実に構想がかたちになっていることを伺わせた。

潘逸舟氏。オープンスタジオでのトーク風景より

潘が「地下鉄」というモチーフに着目したきっかけは、神戸で一緒に地下鉄に乗ったベトナム人の「地下鉄は暗闇から出てきて、また暗闇に入っていく。どこからきてどこにいくのかわからない」という言葉だったという。「有楽町は地下鉄が行き交う東京のど真ん中。今回も地下の構造にフィーチャーできたらと考えた」と前置きし、潘が参加者に見せたのは、さまざまな形状の輪が描かれた画像だ。それらは自身がこれまでに乗った、世界中の地下鉄をモチーフにしたフロッタージュで、ひとつの円環にはふたつの異なる地域での乗車の記録が使われているという。

「例えば、東京での地下鉄に○○駅から△△駅まで地下鉄に乗った、という記録と、上海での地下鉄の●●駅から▲▲駅まで地下鉄に乗ったという記録、その二都市の路線図を自分が乗った部分だけ切り取ってつなげると、ひとつながりの輪ができる。実際の地図をつなぎ合わせてフロッタージュしたのがこの作品です。地下だけで世界中を移動しているようなイメージです。タイトルは《マイ・アンダーグラウンド》といいます」と潘。A4よりも小さいサイズの紙に、一枚につきひとつの輪を描いており、100枚を目標に現在制作中だという。

プランを説明する潘氏。パソコンの画面に映るのが地下鉄の路線図をもとにしたフロッタージュ(*)

さらに、YAUメンバーから出た「今回、(潘が普段多く手がける)映像作品は展示しないのか」といった質問に対しては、「映像はマストにはせず、このフロッタージュをメインで展示したいと思っています。ただ、同時に、車両が通るとき時に風が起こって埃が舞う情景を映像で撮りたいとは思っているんですが、東京の地下鉄はちゃんと清掃されているようで、なかなか埃がないんですよね。埃を見つけたらご一報ください。」と、映像素材の情報提供を求めた。

展示のイメージについては、「ぱっと見は何もない緊張感のある広い空間に、作品を点在させられたら。広い空間を歩くなかで作品を見つけ、近づくと内容が見える、というのが理想的」と話した。

■スタジオをツアーし展示イメージをさらに具体化

それぞれの展示イメージも具体的に見えてきたところで、報告会後半には展覧会実施に向け、広報物や使用機材などについてもヒアリングや情報共有がなされたほか、参加者全員でYAU STUDIOの空間を歩くスタジオツアーが行われた。

スタジオを歩いて展示の構想を練るアーティストとYAUメンバー(*)

有楽町の街や、YAU STUDIOの空間の可能性がさらに広がることを予感させる、三者三様のアプローチや、リサーチや制作の過程が垣間見えた中間報告会。ゴールデンウィーク明けからは展覧会準備も本格的に始まり、作品制作もいよいよ佳境へ入る。有楽町とYAUに深く入り込んできた3組のプロジェクトは、残り1ヶ月でどのように展開し、かたちになっていくのか。その発表を楽しみに待ちたい。


YAU|アーティスト招聘プログラム vol.1
2023年2月から5月まで、YAUが特に注目するアーティストを有楽町に招き、新たな創作を依頼しました。26日より、3組のアーティストが有楽町での滞在から導いたワーク・イン・プログレスの公演と作品を展示します。

<イベント概要>
・日時:5月26日(金)~6月4日(日)12:00〜18:00
 *イベントに準ずる。展示鑑賞は予約不要
・場所:YAU STUDIO および 有楽町まちなか
・参加アーティスト:チーム・チープロ 《ブギウギ・S》のための9日間(パフォーマンス/展示)、菅野歩美 中空のページェント(展示)、潘逸舟 マイ・アンダーグラウンド(展示)
・スケジュールや詳細はこちらから
・アーティスト・トークの申し込みはこちらから
 *5月27日(土)18:30〜20:00  参加申し込み


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?