テンポラリーなリノベーションとしての展覧会 2022「HAPPY TURN」 by 東京藝術大学大学院 青木淳研究室
文=仲野耕介(東京藝術大学大学院 美術研究科 建築専攻 修士1年)
写真=青木淳研究室
「テンポラリーなリノベーションとしての展覧会」とは
青木淳研究室(以下、青木研)修士1年生が「空間そのものが作品であり、展覧会場でもある」展覧会を設計する、グループ設計課題です。
青木研設立年に青木が設定した「テンポラリーなリノベーションとしての展覧会」というテキストを問いとし、それを自分たちなりに読み解くことからはじめ、会場探し、企画、設計、施工、一般公開までを行うという試みで、
今回はYAUに会場・運営面で協力いただき、有楽町で「テンポラリーなリノベーションとしての展覧会」を開催いたしました。
鑑賞者の体験
有楽町で展覧会を行うにあたり、事前にステートメントと日時を記載したフライヤーを作成し、展覧会の告知を行いました。
鑑賞者はフライヤーに記載の展覧会場「旧理容室」へと足を運びます。しかし、旧理容室の扉を開けるとそこには誰もおらず、スポットライトに照らされた指示書がただ置かれています。
指示書には会場は移転したとの記載があり、来場者はハンドアウトの指示に従い移転先の「展覧会場」へと足を運びます。
ハンドアウトの指示に従って進んでいくと、ビルの商業的なフロアはもちろんのこと、搬入口や駐車場など、日常的に利用しないような場所を次々と通過し、道中にはいくつかの青色のオブジェクトが目印として置かれています。例えば、ビルの出入り口に置かれている消毒液を引用した「偽の消毒液」などが目印となります。
指示を最後までこなすと隣の新有楽町ビルの12階エレベーターホールへと辿り着き、そこで指示書にそれまでのコースのアイソメ(立体物を斜めから見た視点で表した図)や本来の意図がオーバープリントされたハンドアウトを渡され、有楽町の日常のシーンを切り取ってランダムに編集した映像が流れています。
それらを通して、実はそれまでの経路そのものが展覧会の会場であったことが明かされるのです。
展覧会設計主旨「actual/virtual」
有楽町に通う大多数の人が画一的に見せられている「表」の景色= actual、その裏側で、パラレルに存在する空間・活動全体= virtualと呼び、有楽町の表裏や街区の画一性を破るようなシークエンスを設計することで、「virtual」の世界に踏み入る展覧会を設計できないかと考えました。
会場決定:二つの空間
展覧会場として、三菱地所から二つのスペースが候補として提示されました。一つは新有楽町ビル地下一階の「旧理容室」/もう一つは新有楽町ビル12階の「エレベーターホール」です。二つの空間は道を挟んで隣のビルに存在しています。しかし、いずれの会場も現状の営業に支障がないという理由から許可が降りたもので、展覧会の会場としての必然性は乏しいとかんがえました。そこで私たちは二つの会場を借りた上で、その間を移動するルートを展覧会の会場として捉え直すことにしました。
レギュレーション:「左(右)にだけ曲がる」
ルートの設定において、バックヤードや地下駐車場といった、わかりやすく「裏側」ととらえられる体験を巡るコースを設計することは、その地区の設計者が綺麗に演出している表側に依存した裏返しでしかなく、工場見学のような作為的な体験にしかならないのではないか?というジレンマに突き当たりました。そこで、街に対してより客観的な視点で経路を設定するため、無根拠で自律的なルートを発生させるレギュレーションとして、「左(右)にだけ曲がる」というルールを設定しました。このルールのよって経路は既存のビルの動線設計や、我々設計者の意図に依存しません。また左にしか曲がれないことから時には遠回りし、表裏関係なくビルの搬入階や設備階など日常的には利用しない場所も強制的に通りながら二つの会場をつなぎます。
HAPPY TURN
「左にしか曲がれない」というルール設定の中で、どうしても右方向にしか進路がなく、同じ場所で 3 回左折(結果的に右折)する箇所や、不自然に U ターンして別の道に左折していくような場所が出てくきます。このような動きを我々は「HAPPY TURN」と呼び、鑑賞者にターンを促す仕掛けをほどこしました。例えば、新有楽町ビル1階の十字路では、床の目地を活かして三つの段ボール箱を配置し、それに突き当たる度に左折を繰り返すことで、結果的に右折を促します。
HAPPY TURN はその動きの過剰さにともなって、展覧会として私たちがどう空間に手を入れているかがわかる場所です。 事前に何を見るべきかが明かされていない鑑賞者は、HAPPY TURNを繰り返すうち、 私たちが設置していないにもかかわらずルートの途中に存在するあらゆるものが展覧会の展示物として見えてくるでしょう。
青
HAPPYTURN箇所や目印など、展覧会の設計物に共通のコードとして「青」を用いました。これは有楽町を観察する中で目に入った搬入養生、業者の車、ビールケースの色といった日常背景化されがちな要素から引用したものです。それにより、閉店前の搬入の時間帯と重なる時には街の背景として溶け込み、それ以外の時間帯では不自然に浮かび上がることで「前景」とのコントラストが変化し、有楽町の運動、変動を可視化します。
申請・墓場
設計物をビルマネジメントに申請する中で、「混乱を招く」等の理由で、設置が許可されなかったもの、また、会期中に撤去を要請されたものも含めて、その顛末のキャプションをエレベーターホールに「墓場」として展示しました。その中には、新有楽町ビルの地下駐車場の使用申請が通らなかったために消えてしまった「右回りルート」案も掲示し、そのルート映像も流しました。
指示書の更新
会期中は監視員や巡回による来場者の動きの観察、来場者へのヒアリングを行いました。その中で、指示書のルールやルート説明が来場者にとってわかりづらく、「自分は何をさせられているのか」というストレスが、この展覧会の本来提示したい目的に目を向けてもらうことを阻害している、というフィードバックを得ました。
そのため、会期中も指示書を日々更新し、来場者と私たちの目的(空間を見ること)がなるべく一致するポイントを探りました。
結論
既存の空間に手を加えて空間体験を改変すること=「リノベーション」とすると、私たちは本展覧会において、空間に手を加えずとも「リノベーション」できる可能性を提示できたのではないでしょうか。
三菱地所の都市計画という現在も実働している既存の論理で設計された空間に対して、別の論理(左にしか曲がれない)を差し込むことで、ある空間の主観的には正とされている行動や機能を転換できたからです。