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未来に新たな価値を伝えるために。恋愛のように人・アート・ビジネスが出会える街へ——YAU SALON vol.19「YAUのこれまでとこれから〜パイロットから社会実装へ〜」イベントレポート

「有楽町アートアーバニズム」(YAU)の一環で開催されているトークセッション「YAUサロン」。その第19回目として2023年12月12日に実施されたのが、「YAUのこれまでとこれから〜パイロットから社会実装へ〜」だ。

2022年2月に開設されたYAU STUDIOは、2023年10月に有楽町ビルでの活動を終えて、近隣の国際ビルに移転した。移転後初となる今回のイベントでは、YAUの運営に携わる長谷川隆三と深井厚志をモデレーターに、これまでのYAUの活動を振り返った。

ゲストには「アートアーバニズム」の議論に参画してきた都市計画研究者の中島直人、アーティストとして「有楽町『SLIT PARK』」を手掛けた東邦レオ株式会社社長の吉川稔を迎え、今後のYAUの機能・活動・体制の社会実装に向けて展望を議論した。

文=中島晴矢(アーティスト)
写真=Tokyo Tender Table


研究者と経営者の視点から振り返る、YAUの足跡

国際ビルの新たなYAU STUDIOにて開催されたトークセッションは、モデレーターの長谷川と深井によるYAUの足跡の概観から始まった。

立ち上げ、解散、そして再開を経て、新拠点でのスタートを切ったYAU。その間YAUでは、アーティスト・レジデンスやコワーキング・オフィスの運営、展覧会やイベントの開催など、地域と連携した様々な試みに取り組んできた。それはまさに「ビジネス」「アート」「街」を越境する実践だったと言える。

また、これまで大丸有地区にはパブリックアートや美術館など作品を見る機会や施設はあるが、アーティストそのものが出入りしておらず、「生きたアート」はなかったという認識から、YAUではのべ1000人近いアーティストたちを招き入れてきた。その結果、このエリアでアーティストの「生活」と「制作」を両立させることができたのは、大きな成果だったと振り返る。

そこで今回招かれたのが、初期からYAUの活動を見守り、積極的にコミットしてきた二人だ。

中島直人氏

都市計画研究者の中島直人は、YAUの命名のきっかけにもなったアーバニスト/アーバニズムの定義を改めて確認する。アーバニズムの実践者であるアーバニストは、都市の生活を楽しみながら、まちづくりにもアクティブに関わるような、「生きる」と「つくる」双方の役割を担う存在だ。その上でYAUの掲げる「アートアーバニズム」とは、オフィス環境のみならず、アートの持つ創造性がビジネスのあり方そのものに変革をもたらす運動を指す。すなわち、YAUは「アートがある街」から「アーティストがいる街」への転換を促してきたと考察する。

東邦レオ株式会社の代表取締役社長である吉川稔は、言うまでもなくビジネスパーソンだが、同時に街を楽しむアーティストでもあると自認する。もともと「Finance × Brand × Green」をコンセプトに、オフィスビルのリノベーションやアパレル店舗の内装、庭園のデザインなどを手がけてきた東邦レオ。彼らが実現させたのが「SLIT PARK」だ。有楽町の一画に、公園とも商業施設とも異なる新たな空間を生み出した。そんな吉川は、「経営をアートと捉えている」と語る。

吉川稔氏

「経営者って、アーティストと似ていると思うんです。自分のなかの感受性や良心、美意識を、事業として社会に提示する。だから経営者はアートを買うのではなく、アート作品をつくればいいんじゃないかな」(吉川)

登壇日も自作を出品しているというアートフェア「SCOPE Art Show MIAMI BEACH 2023」の会期中だったように、実際、吉川は4年ほど前からアート作品を制作・発表してきた。これを受けて中島は、まさに吉川にはビジネスとアートを行き来するアーバニスト的な多重性があり、YAUの目標はこのような経営者を大丸有に増やすことかもしれない、と首肯する。

上記を踏まえた今回の論点はこうだ。すなわち、目指すべき「社会をよくする力を持つ街」に向けて、YAUは今後どのように歩を進めていけばいいのか?

モデレーターを務めたYAU運営メンバーの深井厚志氏(左)と長谷川隆三氏(右)

美意識にもとづく新しい価値観の希求

中島が真っ先にYAUの成果として挙げたのは、演出家・倉田翠による『今ここから、あなたのことが見える/見えない』(2022)だ。これは大丸有エリアに勤める11人のワーカーが出演者となり、インタビューやワークショップなど徹底したコミュニケーションを通して生まれた舞台作品。新国際ビルで2022年5月に行われた初演をパイロットに、同年11月には東京国際フォーラムでの再演にまでスケールした成功例であり、文字通りアーティストとビジネスパーソンが交差したプログラムだ。ただ、中島は「こういった作品が他にもあったか?」と指摘する。

「『今ここから〜』のような作品が、その後YAUで連続して展開しているかというと疑問が残ります。まだそれらが偶発的に起きているだけだと感じるんです。これからは単発的な試みだけでなく、YAU全体としてどう社会実装していくかが重要になるはず」(中島)

いっぽう吉川は、現段階でのYAUの実践の「密度」に言及する。

「大丸有界隈で考えると、YAUによって「アーティストがいる街」としての密度は上がってきていますよね。でも、まだまだ密度が低い。YAUの関連スペースにはアーティストがたくさんいますが、まちなかにはなかなかいません。一般的に、家賃が高い地域にアーティストは住みたがりませんから。

そうすると、美意識や良心の密度みたいなものが大事になってくるんじゃないでしょうか。家賃が高いことを誇るような街にするのではなく、出会いも含めた価値観の密度を大切にする街にする。そうなれば結果的に経済的な価値も上がり、より多くの経営者が参入してくるし、その流れがアートにも波及して、いい循環が生まれるはずです。良心でビジネスを考えるなんて、世界中の経営者からバカにされるかもしれません。でも、誰もやってない新しいことにチャレンジすること自体がアートだと僕は思うんですよ」(吉川)

中島は、吉川の言う「アートが結果的にもたらす経済的な価値」に注目する。たしかに、アートはそこにあるだけでは経済的価値を生み出さない。しかし、アートと共振するようなビジネスはもっと盛り上がっていいはずだ。そしてそれは、屋上や路地といった都市の隙間を見出すパブリックスペースの議論とも接続できる。

「大丸有地区の再開発により空いたテナントが出てきたタイミングで、YAUはそれらの空間を活用してきました。もちろん、しばらくYAU STUDIOのような場所はあるだろうけど、再開発が完成したときに、本当にこうした場所が生き残れるのかは熟慮するに値します。吉川さんの言うような美意識がちゃんと広まり、床面積で稼ぐのとは違う価値観の軸が、はたして定着するのかどうか?

吉川さんは新しいことへのチャレンジがアートだともおっしゃいました。その意味でアーティストは、大丸有に何か新しい創作の可能性を求めて来るのではないでしょうか。ビジネスでも、わざわざ大丸有に参入してくるのは新しいイノベーションを起こしたい人たちですよね。そうした新しい価値観の希求は、YAUの理念のなかにもともと備わっているものだと思います」(中島)

エコシステムを実装し、一点集中で街に開く

さらに吉川は、YAUが現状からもう一歩先に進むためには、アートやビジネスという言葉だと枠組みが広すぎるので、テーマを絞る必要があると提案する。そこで打ち出されるのは、やはり「良心」だ。

「僕の言う良心というのは、倫理観とは違って、自分とは異なる人や物事から何かを学ぶ素直な心のことです。そうした良心が街のなかにいる人たちの間で育まれ、それぞれのやり方でつながっていけば、そのエリア全体が温かさを持つようになるんだと思います。

大丸有は世界的に見ても、とくに平和でポワーンとしていて、悪い人が少ない雰囲気がある(笑)。綺麗事ではなく、その優位性を活かすのであれば「良心」をビジョンに掲げるのは的外れではないはずです。ある一つのテーマを打ち出せば、アートとビジネスも出会いやすいのではないか」(吉川)

吉川の意見を踏まえて、中島は大丸有地区の持つ独特の雰囲気に触れる。

「大丸有というのは、同じような階層の人たちが勤めている、ある意味で均質な空間です。もちろん各人は「良心」を持っているのでしょうが、それを発揮する土壌がない。そうした場所を、アーティストに象徴される多様な人々が集まる街にするための取り組みが大事なんだと思います。

でも同時に、YAUに関わるなかで気づかされたことがあります。大丸有で働いているビジネスパーソン一人ひとりは、決して均質なんかじゃないということです。舞台『今ここから、あなたのことが見える/見えない』を観て、外から眺めるだけでは見えてこない、この街で働く個々人の想いがあることがよくわかりました。アートは外部から異質性を受け入れるだけではなく、自分たちの内部にある「個の異質性」を気づかせてくれるものなんだ、と改めて感じましたね」(中島)

では、それらは具体的にYAUの基底にあるまちづくりにどう反映させることができるのだろうか。中島は劇作家・平田オリザによる兵庫県豊岡市の例をあげる。

「平田オリザさんは豊岡に移住して、劇場をつくったり、演劇祭を開催したりしています。なかでも私が一番重要だと感じたのは、小学校での演劇教育です。それまで市民にとって、表現とは特殊な人たちがやるものだと考えられていたはずです。でも、教育を通して子ども時代に表現に触れる機会を設けることで、多くの人に表現やアートというものが自然な営みとして感じられるようになる。それがまさに、まちづくりの根幹となります。YAUもパイロット版のプロジェクトから始めて、将来的にそうしたエコシステムを実装できれば、また新たにこの街の地を厚くしていくことができるのではないでしょうか」(中島)

続けて、また別の角度から吉川が進言する。

「密度を上げることに通じますが、これからYAUはもっと街に出るべきだと思います。パリコレのファッションウィークではありませんが、ある期間に集中してまちなかイベントを開催する。このYAU STUDIOの存在も、大丸有で働くほとんどの人には気づかれていません。気軽に入るのもなかなか難しい。そこで自分たちから街に開いて、あらゆる人を巻き込んでいくわけです。

その上で経営者の立場から言えば、企業の活動をアートとして見せることがこれからより大切になるんじゃないかな。大丸有には、企業がアートとして事業を制作・発表できる場所があるんだと周知できれば、この街はもっと面白くなっていくはずですよ」(吉川)

まるで恋愛するように人と出会える街へ

このようにYAUの新たなフェーズにおいて、教育によるエコシステムの構築やまちなかへの高密度な進出といったアイデアが提示されたところで、トークセッションは会場に開かれて活発な質疑応答がなされた。

例えば「大丸有エリアの再開発は、六本木や麻布台といった他の街とどう差別化しているのか?」という質問に対して、会場に来ていた三菱地所エリアマネジメント企画部担当部長の井上成は「差別化のためにやっているわけではなく、結果的に違うものになればいい」と応じた。

井上成氏

「様々な活動をアジャイルに織り重ねていくことが、街の個性につながると考えています。「ゲニウス・ロキ(地霊)」と言われるように、この街に宿っているものを顕在化させ、どう将来に繋げていくのか。

僕がエリアマネジメントとアートのかけ合わせを始めた動機は、「大丸有が“お洒落なビジネス街”といった凡庸なイメージになりかねない」という切実な思いからです。それぞれの街が切磋琢磨して、独自性のあるアイデンティティを磨きつつ、エリア同士がネットワーク化することで、東京自体がトータルで魅力的になっていく。そういう価値を未来に残したいんですよ」(井上)

また「大丸有が最終的にどんな街になれば面白いと思うか?」という質問には、吉川が茶目っ気たっぷりに応えた。

「恋愛がたくさんできる街!(笑)。LIFULL HOME'S 総研所長の島原万丈さんが提唱する「センシュアス・シティ(官能都市)」ではありませんが、恋愛と街、もっと言えば恋愛とアートって似ていると思うんですね。どちらもある種の許容度が必要で、合理的ではないじゃないですか。

好きになる人との出会いは、好きになる街やアートとの出会いと同じです。ビジネスの基本だって、顧客が自社の製品を好きになってくれるかどうかに尽きます。気になる、意識する、好きになる。そんな恋愛のような価値観が、ネットでは活性化しているのにリアルワールドでは減ってきているので、もっと広がっていってほしいですね」(吉川)

上記を受けて、中島が議論を締めくくった。

「たしかに重要なのは、何よりも「人」です。もともとアートの語源は、人の手で何かを生み出すこと。だからこそ、作品に限らず自分の人生を自分でデザインするという「アーツ」のマインドを持つ人が増えれば、アートアーバニズムの観点においても、大丸有はより素晴らしい街になっていくと信じています」(中島)

YAUのこれまでの歩みを振り返り、これから進むべき道をディスカッションした一種のセーブポイントのようなトークセッション。再開発が進展する大丸有エリアにおいて、どのようなレガシーを残し、それをどう持続させていくことができるのかなどさまざまな課題が見えてきた。

その一方で希望を感じたのは、イベント前後も含めた会場の雰囲気だ。吉川と中島が語ったように、街を考える際にもっとも重要なのは「人」だろう。その意味で、アーティストもビジネスパーソンもまちづくり当事者も入り混じり、熱量の高い横断的なコミュニケーションが生まれるこの空間は貴重である。新生YAUの挑戦に今後も期待したい。


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