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行政・企業・アートが共に「いとなむ都市」へ。大丸有エリアにおけるこれからのアーバニズム——YAU SALON vol.3「アーバニズムがわからない」レポート

「有楽町アートアーバニズム」(YAU)の一環で開催されているイベント「YAU SALON」。その第3回目として2022年11月19日に実施されたのが、建築家の青木淳と都市計画研究者の中島直人によるトーク「アーバニズムがわからない」だ。

青木は東京藝術大学の自身の研究室で、YAU協力のもと有楽町を舞台とした展覧会「HAPPY TURN」を開催。一方、中島は『アーバニスト──魅力ある都市の創生者たち』(ちくま新書)の著者として、YAU編集室に「アートアーバニズムの始まりに寄せて」と題した文章を寄稿している。

有楽町ビルのYAU STUDIOを会場として、「HAPPY TURN」展の紹介を起点に交わされた二人の対話は、大丸有(大手町、丸の内、有楽町)エリアの分析からアーバニズムのあり方、そしてこれからの都市計画とアートの関係にまで広がった。

イベント当日の模様を、都市に関する作品や著述も多いアーティストの中島晴矢がレポートする。

文=中島晴矢(アーティスト)
写真=Tokyo Tender Table

◼️有楽町の都市空間を実地に体験する展覧会「HAPPY TURN」

イベント冒頭、東京藝大青木淳研究室修士1年の学生たちが企画した「テンポラリーなリノベーションとしての展覧会」である「HAPPY TURN」について紹介がなされた。

「HAPPY TURN」はいわゆる美術展とは異なる特徴的な展覧会だ。会場は新有楽町ビル地下1階に位置する旧理容室。入口のドアを開けるとそこは真っ暗な部屋になっていて、指示書だけがスポットライトで照らされている。鑑賞者はその指示書を手にビルのなかをめぐり、さらに有楽町のまちなかへと飛び出して、都市空間を実際に歩いて回ることになる。そうした仕掛けには、まちの表層だけではなく、まちの奥に存在する時間と空間を顕在化させ、鑑賞者に有楽町の「表と裏」を立体的に体験してもらう狙いがあったという。

トークの前に「HAPPY TURN」を鑑賞してきた中島は、「展覧会を見終わって、頭はもちろん体も疲れたのがおもしろかった」と感想を述べる。

「有楽町ならではのまちの特性を身体的に体験できました。たくさんの階段を上り下りすることで都市空間のアップダウンを実感しましたね。都市計画の世界では、展覧会ではなくまち歩きをよく行います。僕らもまちや場所そのものをどうやって見てもらうか悩んできました。やはりまちというのは体験しないとわからない部分が大きいので、この展示の方法には共感を覚えました」(中島)

中島直人氏

この展示のための準備やリサーチを通して、青木は改めて大丸有エリアの都市空間について考えるようになったそうだ。とくに印象的だったというのは、「大丸有」として一括りにされるそれぞれのまちにも個性があること。そこから話題は有楽町と丸の内の比較へ移る。

中島によれば、再開発がだいぶ進んだ丸の内は整理された広場のようで、雑然としたものが見えない。一方、有楽町にはガード下の飲食店やネオン街がある。ビルの1、2階にはまちの延長のような商店街的ストリートが残っているし、銀座や日比谷といった周辺のまちとの接続もいいと指摘する。

青木淳氏

また、青木は丸の内の歴史を掘り下げる。江戸時代、もともと丸の内には大名屋敷が広がっていた。明治以降に陸軍の練兵場となったが、その後三菱地所の手に渡り「三菱ヶ原」と呼ばれたようだ。そこからさらにロンドンやニューヨークを参考としたオフィス街が形成される。そうして丸の内は旧東京都庁舎を中心とした都市空間を育んできた。

こうしたやり取りを経て中島が言及するように、結果として「HAPPY TURN」は、青木建築における初期のキー概念である「動線体」を強く意識させる展覧会になっていたと言えよう。

◼️アーバニズムが目指す、「つくる」と「生きる」の汽水域

次に、この日進行役を務めた、YAUの運営にも携わる建築家の森純平から、「現実的にはまだアーティストたちはまちのルールに縛られている。アーティストが生息して使い倒せるまちにするためには、どうすればいいのか?」という問いが投げかけられた。

青木はそれに対し、いまの大丸有エリアを過渡期であるとした上で、ニューヨークの「ハイライン」を例に挙げる。

ハイラインはマンハッタンの高架跡地を再開発した空中庭園だ。もともと貨物鉄道が走る線路だったため、両側に並ぶ建築物は公園に背を向ける格好になる。ハイラインでは普段色々なイベントが催されており、例えばビルの窓清掃だと思って見ていると、それがパフォーマンスだったりするという。その意味で、ハイラインではまちの「表と裏」がひっくり返っていると青木は語る。それこそまちの刺激的な読み替えではないか、と。

中島もそれに首肯しつつ続ける。街区の真ん中にあった高架をほとんどの住人は意識してこなかったが、ハイラインとして再生されたことで「裏」が「表」になった。さらに、丸の内においてビルとビルの隙間の路地をパブリックスペースとして開いた「Slit Park(スリットパーク)」に触れる。

中島によると、スリットパークは都市の「表と裏」の価値を転換し、狭く囲まれた空間がむしろ心地いい雰囲気を醸し出す通りになった。丸の内にもメインストリートである仲通りだけではなく、そんな場所もできてきている。注目すべきは、「表と裏」のどちらか一方ではなく「表でも裏でもあるような空間」こそが、まちに魅力的な深度を与えていることだという。中島はYAUのアプローチに話をつなげる。

「大丸有エリアはビジネス街であって、基本的には『表のまち』です。ただ、アーティストという異質な存在、いわば『裏側』が入り込んでくることによって、何か新しいものが出てくる可能性がある。『表と裏』を空間的に分離するのではなく、一つの場所に同居させてみる……それがYAUの実験性かもしれませんね」(中島)

これに、「たしかに異質なものが同じ場所にあるだけで空間は変わってくる」と青木が返す。現にこのトークイベントが行われているのはオフィススペースだが、YAUがまた違った目的で使用することによって、余白や冗長性といった「無駄」が生まれているというのだ。

日本の都市計画ではその「無駄」をつくることが難しいとしながら、中島は「無駄」を「アーバニズム」と読み替える。アーティストたちがまちで作品を制作し、同時に生息もしていること。それがアーバニストであるということなのだ、と。

「一般的に『アートのあるまちづくり』というと、まちなかにアート作品を設置しようという話になりますよね。でも、アーバニズムには作品をつくるだけではなく、そこで生きて生活するという意味も含まれています。『制作と生活』がダブルミーニングになっている。それこそがいわゆる『まちづくり』では表現できない、アーバニズムの目指すところなんです。『つくる』と『生きる』の汽水域───表と裏どちらかではなく、その両方が重なることで、現状をひっくり返すことが可能となるのではないでしょうか」(中島)

◼️行政・企業・アートが共に「いとなむ都市」へ

先日逝去した建築家・磯崎新の弟子筋にあたる青木曰く、磯崎はかつて「都市計画から撤退する」と宣言したそうだ。それを踏まえて青木は、中島による都市計画に関するフレーズを持ち出す。それは、近現代の都市計画のあり方が「つくる都市」から「できる都市」そして「いとなむ都市」へと変化するという提言だ。青木は「いまの都市計画は『いとなむ都市』を目指すフェーズに来ているのではないか?」と訊ねる。

それらは都市計画家の山田正男が打ち出したフレーズを展開したものだとした上で、中島が解説を加える。「つくる都市」とは、インフラを整備するなど、近代化の過程で都市計画がまちをつくっていた時代を表すターム。「できる都市」とは、例えば高度経済成長期、日本の約7割が民間の土地であり、企業の建設行為によって自ずと都市ができあがっていったこと。その際に都市計画の役割は、それらを調整してコントロールすることだった。

しかし、それ以降多くの場所では「つくる」と「できる」の需要や予算が減少。そうした社会では、すでにいまある都市空間を様々な人たちが協働し、共に「いとなむ」ことが重要なのではないか、と中島は語る。それを受けた青木による「有楽町の都市計画のなかでアートの余地はあるか?」という本質的な問いに対し、中島が答える。

「有楽町に限らず、このエリアはすでに『つくる』と『できる』が完了しています。かなり早い段階から行政と地権者が協働して『いとなむ』ことを進めてきました。ただ、外部の人々を取り込まず、決まった協働者たちだけで発想していると、この先まちがシュリンクしかねません。そこでアートやアーティストといった異質な他者の介入が必要になってくるわけです。『共にいとなむ』と言うときの『共に』の枠組みを広げることが、いまこのまちで求められているものだと思いますね」(中島)

行政、企業、さらにアート/アーティストが「共に」協働することで、大丸有エリアは「いとなむ都市」として、どのような新しい局面を切り開くことができるのか? もちろんそれは大丸有のみならず、日本全国の成熟した都市に共通の課題だろう。そのための具体的な実践として、YAUのアートアーバニズムが一種のモデルケースを生み出し、結果的に数多のまちをより豊かにしていく端緒になれば理想的だ。

こうした対話の後にイベントは会場に開かれ、ビジネスパーソン、アーティスト、学生など多様な立場の参加者たちと共に活発な議論が交わされた。

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