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ソロカーテンコールが消えたジョナサン・ノット&東京交響楽団「地中海」プロ


ノット(指揮)東京交響楽団の「地中海」プロ


会場は6割の入り


会場であるミューザ川崎に入って、聴衆の少なさに「あれ?」と思います。

およそ6割程度の入り。

空席がかなり目立ちます。

ジョナサン・ノット(指揮)東京交響楽団のコンサートで、ここまで空席が目立つのは、ずっと前に聴いたロッシーニ&シューベルトの公演以来のこと。


それに、ジョナサン・ノットが東京交響楽団を指揮するコンサートというと、必ずといっていいくらい、コンサート後にノットのソロ・カーテンコールがあるのに、今回の公演では、それもありませんでした。


演奏の出来不出来にかかわらず行われているように思えたカーテンコールに、私はずっと違和感があったのですが、その恒例行事がこうして何ごともなかったかのように突然消え去って、そのことにも、ちょっと驚きました。


「地中海」がテーマの公演プログラム


今回聴いたプログラムは、以下の通り。

5/18(土)14:00@ミューザ川崎

(1)ベルリオーズ:交響曲「イタリアのハロルド」
青木篤子(Viola solo, 東響首席)

(2)酒井健治:ヴィオラ協奏曲「ヒストリア」

(ソリスト・アンコール)
ヒンデミット:無伴奏ヴィオラ・ソナタ Op.25-1~第4楽章

サオ・スレーズ・ラリヴィエール(Viola solo)

(3)イベール:交響組曲「寄港地」


ヴィオラに焦点をあてたプログラミングで、この渋い、玄人好みのプログラムが集客に影響したのは間違いのないことでしょう。


いっぽうで、こうした選曲こそ、東京交響楽団に新時代をもたらしたジョナサン・ノットの面目躍如たるところ。

つまりは、こうした独自のプログラムでも、しっかり集客できるほどの成果を積み上げなければならない、ということに尽きると思います。


問題だらけのベルリオーズ


私は彼らのことが大好きで、もう何度もコンサートを聴きに行っていますが、2022年のショスタコーヴィチ:4番&ブルックナー:2番を頂点に、その後、このコンビの演奏の質が下り坂になっているように聴こえ、以来、ずっと心配しながら応援しています。

音楽雑誌などでは昨年の公演も絶賛されていましたが、この集客を見る限り、私が感じていたことは、あながち間違っていなかったのではないかと、余計に心配になりました。


その心配が特に的中したのが、前半のベルリオーズ。

私はベルリオーズの記事を書くために色々聴いているうちにベルリオーズが大好きになってしまって、この公演でも、いちばん楽しみにしていたのは、前半のベルリオーズ:交響曲「イタリアのハロルド」でした。


ソロ・ヴィオラは楽団の首席奏者の方で、音も、歌いまわしも朗々として美しいのですが、音の発音が弱いために、オーケストラに飲み込まれてしまうことしばしば。

独奏としての存在感が希薄になってしまいました。


それ以上に気になったのは、やはり、ノットと東京交響楽団のほう。

今回の公演でも、以前の彼らとはまったく別ものの楽団のような響きが連続しました。

常にどこか未整理で、第2楽章もあまり美しく感じられず、終楽章の力感も上滑りしているように聴こえました。


後半は邦人作曲家のヴィオラ協奏曲でしたが、これもまた、以前の彼らであれば、もっとずっと緊張感のある音楽になるはずで、私はあまり魅力のあるものに感じられませんでした。


つまりは、こうした印象が勝って、めずらしく、終演後のノットのソロ・カーテンコールがなかったのだと思います。

ここまで聴いた時点では、もうこのコンビの演奏会を自分のブログで推すのを、さすがに控えるべきなのかとまで思いました。



イベールで見せた、彼ら本来の輝き


ですが、最後のイベール:「寄港地」。

これは、私はとっても素敵なところがたくさんある演奏だと思いました。


始まってすぐの弦楽器群、管楽器群のハーモニーの美しさ。

立体的なバランスと、そして、演奏という行為の純粋な喜びに満ちた音。


これを聴いた瞬間、本当にほっとしました。


もちろん、以前であれば、もっと弱音部も魅力的な響きに満ちて、強奏部でも粗雑さを感じることなどありませんでしたが。


でも、まだまだ、彼ら本来の“ 輝き ”は、この楽団のどこかに残っているんだ、とはっきり感じられた瞬間でした。

この輝きは、今もって、日本のほかのどの楽団からも聴かれない、彼らだけのものです。


その輝きが以前のように演奏全体にみなぎり、持続するようになれば、本当の意味での復調ということになるのでしょう。


ジョナサン・ノットの任期は2026年まで。

名コンサートマスターの水谷晃さんが楽団を去り、ジョナサン・ノットもあと2年ほどで楽団を去る。

この楽団に何が起きているのかわかりません。

ですが、このイベールを聴いて、やっぱり彼らは私にとって特別な存在であり、応援していきたいとあらためて思いました。


少なくとも6割の入りはおかしい


後任が誰になるか、ということより、私としては、ジョナサン・ノットと東京交響楽団という黄金コンビの一時代が、あとちょっとで幕を降ろそうとしているという現実のほうが大きな問題で、都合のつく限り、彼らの公演を体験しておきたいと思っています。


問題だらけの公演だったと思いますが、あのイベールに聴かれた輝きは、昨年末のベートーヴェンにつづいて、このコンビの魅力、可能性を感じさせられるものでした。


ここは強調しておきたいのですが、少なくとも、客席が6割しか埋まらないような演奏ではありませんでした。

あのイベールを、もう少し多くの聴衆に聴いてほしかった。


彼らの今後の公演では、デュリュフレ:「レクイエム」をメインにした公演、ベートーヴェン:交響曲第5番をメインにした公演に、特に期待しています。


お読みくださりありがとうございます


noteにはエッセイを中心に投稿していますが、今回はひさびさにコンサート評を投稿しました。

ふだんは個人ブログ(➡ARTONE MAG あーとーんまぐ)で、おすすめコンサート紹介や公演レビューなどをつづっています。

東京交響楽団については、特集ページ(➡東響=東京交響楽団&ジョナサン・ノット、ユベール・スダーン~お薦めの現役アーティストたち)もあります。

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