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芸術文化創造活動の担い手のためのキャパシティビルディング講座2023|レポートVol. 06:芸術文化は人権に通ずる 中村美帆さんによる第5回講座「『文化』『芸術』とは? 〜『文化的な権利』を端緒に芸術文化と社会の相関を捉え直す技を磨く〜」

【対話型ゼミ】として実施した第5回講座(2023年12月13日開催)の講師は、公共文化政策研究者の中村美帆(なかむら・みほ)さん。「文化権」という新しい人権概念に立脚し、社会における芸術文化の必要性や、行政が担う文化政策の考え方を説いてくれました。


講座の冒頭で、アメリカの作家スティーブン・キングの言葉が引用されました。

「芸術家は役立たずだと思うなら、コロナ禍の隔離生活を、音楽も、本も、詩も、映画も、絵画もない状態で過ごしてみるといい」

新型コロナウイルス感染症が流行しはじめた2020年4月、キングがTwitter(現X)に投稿したこの言葉は数十万単位の「いいね!」と、数万単位の再投稿がなされ、注目を集めました。中村さんは「『社会における文化芸術とは』といった時に、ないと困るよね、やっぱり必要だよね、というところを今日の出発点にしたい」とコメントし、強力なエンパワメントの視点から講座がスタートしました。

前半:芸術文化の存在意義を説明する「文化権」とはなにか

中村さんは、まず自分がどこにいるか考えてほしいと問いました

中村さんはその共著書『法から学ぶ文化政策』(共著、有斐閣、2021年)において、「文化のサイクル」の図をつくりました。たとえば博物館は文化芸術を「送り出す」「遺す」仕事をしています。

続けて、文化のサイクルを形成する文化産業は2種類あると中村さんは言います。1つ目は、需要と供給のバランスが釣り合って成立する「市場の内側」。2つ目は「市場の外側」、つまり利益を上げることを目的としない、ヴィジョン・ミッションのために事業を行うものです。中村さんの専門分野である「文化政策」では、「市場の内側」だけでなく、市場の外側の部分に公的資金を投入するなどして持続可能にしていく仕組みを考えます。

コロナ禍では、市場の内外双方の芸術文化の担い手たちが大打撃を受けました。文化芸術推進フォーラムの調査によると、当時、飲食、観光、航空産業と同等もしくはそれ以上にパフォーミング・アーツ、ポピュラー音楽、博物館等の収入減少が明らかとなりました。さらには「芸術文化は不要不急」とも言われる世論の動きがあり、芸術文化関係者にとって厳しい時代となりました。一方で、冒頭のキングの言葉に共感する人が多いのも事実。一体どうやって芸術文化の価値と公的支援の必要性を訴えることができるのでしょうか?

アラン・T・ピーコックという文化経済学者は、「文化市場の二重性」という概念を生み出したことで知られています。独自性や創造性の高い芸術作品を生み出す1次市場と、その複製を大量生産する2次市場では、前者はコストがかかり市場での競争力を維持できません。そのため1次市場を存続させたければ、なんらかの公的支援が必要だという考え方です。

では、なぜ公的支援を投入してまで、芸術文化を存続させるべきなのでしょうか? 公的支援がなければ、まずお金のない人々が芸術文化を享受することが難しくなります。続けて中村さんは、フランスの社会学者ピエール・ブルデューの「文化資本」という概念を用いて、文化体験の格差が経済格差を再生産し続けることを指摘しました。

以上のことを考えると、芸術文化を創る・送り出す側と、受け取る側双方の視点から、格差是正のために芸術文化への公的支援が必要だといえそうです。

ここで中村さんは「文化権」という言葉を提示しました。

「文化権」という言葉を知ることで、希望につながると中村さん

文化権は第二次世界大戦後に発展してきた新しい人権のうちの一つです。

「文化を享受したり創造したりして楽しむことは、人間である以上望んでいいことなんだ、願って当然のことなんだということです。芸術文化を個人の生まれながらの権利として保障するという考え方ですね」

1948年の世界人権宣言の第27条1項では「すべて人は、自由に社会の文化生活に参加し、芸術を鑑賞し、及び科学の進歩とその恩恵とにあずかる権利を有する」という一文があります。1966年には法的拘束力をもつ「国際人権規約」へ発展。その中の社会権規約(国際人権A規約)15条1項(a)には「文化的生活に参加する権利」が明記され、日本も1979年に国際人権規約を批准。国際社会に対して、日本に生きる人々の文化権を保障する責任を負いました。

それを受けて、国内で2001年に文化芸術振興基本法が成立。第2条第3項には「文化芸術を創造し、享受することが人々の生まれながらの権利である」と書かれました。2017年には文化芸術基本法に改正され、その第2条第3項で、より多様な人々に等しく文化権を保障する行政と地方公共団体の責任が明文化されました。

続けて、「文化権は『自由権』と『社会権』の両方の性質を併せもつ」と中村さんが説明します。

自由権は平たくいうと「国家からの自由」。公権力の権力濫用に対抗して個人を守る言葉として出発しました。しかし、資本主義的競争の激化によって経済的・社会的弱者が生まれてしまいました。それらの人々を守るために、社会権という概念が誕生。積極的な生存保障を国家に求める「国家による自由」です。

文化権の自由権的側面は表現の自由を保障する憲法第21条などによって裏づけられているのですが、社会権的側面は依然として根拠となる法が曖昧な状態だと中村さんは言います。

「文化権の社会権的側面をより強固に求めるために、憲法第25条の『すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する』という一文にその根拠を求められないか、研究しているのが私の仕事」と中村さん。まだ議論の途上にある文化権の可能性を示しました。

日本国憲法第25条は主に社会保障でしか使われず、文化政策は関係ないと思われてきました。中村さんはその解釈を再定義しています


後半:グループディスカッション

講座後半は受講生同士のディスカッションに。中村さんは2つの議題を提示しました。1つ目は、自分が文化のサイクルのどこにいるか。2つ目は受講生それぞれの立ち位置において、文化権とどう関われるかです。


ディスカッションする受講生たち

 

ファシリテーター/アドバイザーの若林朋子(わかばやし・ともこ)さんも各テーブルに加わります

20分の時間が受講生たちに与えられました。ディスカッションは盛り上がり、中村さんが時間を告げてもなかなか止まらない様子。その後、各テーブルでどんな話が出たかと問います。

ある受講生から「市場の外側の芸術文化を支援するのなら、政府だけでなく企業や市民でもできるのではないか。そういうエコシステムはつくれないのか?」と問いが上がりました。中村さんは「政府が税金を徴収するなら、それを還元せよというのが社会権的考え方。エコシステムの議論は魅力的ですが、企業や市民の参加を、政府がサボる言い訳にされちゃうと困りますね」とコメント。政府による公共文化政策の必要性を強調しました。

ある別の受講生からは、切実な声が上がります。

「私のように創って送り出す側は、市場の外側かつ1次市場の中にいることもあり、まずは事業を継続可能にすることを考えている。小規模な活動で、子どもや障害のある人の負担を減らそうとすると、身銭を切ることになってしまう。経済的に自立できないアーティストは社会的地位が低いと思いながら日々活動しています」

中村さんはその声に誠実に応答します。「そもそも人権は自己犠牲しなくていいものなんですよ。『あなたも私も等しくもっていて、尊重されるべき』というものなので、誰かが誰かの幸せの手段になる必要はないんです」と人権の意義に立ち返って話しました。その後、こんな例え話が続きます。

「パン職人とパン屋は似ているようで違いますよね。パン職人はおいしいパンを追求する。それを持続可能にしたり人に届けたりするのがパン屋。パン屋がうまくいかないことは、パン職人だけのせいとは限らない。パン職人だけが傷ついたり、責任を感じたりする必要はないんです。サイクルがうまく回るように、私も研究者として頑張りますね」

ファシリテーター/アドバイザーの若林さんも「本質的なディスカッションだった」と講座をまとめ、文化権を活動の意義を言語化して伝えるための糧にしてほしいと受講生に伝えました。最後に、受講生が取り組む課題解決/価値創造戦略レポートの作成について呼びかけ、「怖がらずに楽しんで、今の自分にしか書けないものを書いてほしい」と受講生を鼓舞しました。本日の講座は2023年内最後の講座。「良いお年を」という言葉で講座が終了しました。

次回の第6回講座はアーツカウンシル東京機構長の青柳正規(あおやぎ・まさのり)さんが講師を務めます。「芸術文化と社会 〜社会における芸術文化の価値や位置付けを俯瞰する〜」と題して、芸術文化創造活動の価値を客観的に捉え直していきます。

講師プロフィール
中村美帆(なかむら・みほ)

青山学院大学総合文化政策学部 准教授。東京大学法学部卒、同大学院人文社会系研究科文化資源学研究専攻(文化経営学)博士課程単位取得満期退学、博士(文学)。静岡文化芸術大学文化政策学部准教授を経て、2022年4月より現職。主著に『文化的に生きる権利-文化政策研究からみた憲法第二十五条の可能性』(春風社、2021年)、『法から学ぶ文化政策』(共著、有斐閣、2021年)、『自治体文化行政レッスン55』(共著、美学出版、2022年)など。 

執筆:中尾江利(voids)
記録写真:古屋和臣
運営:特定非営利活動法人舞台芸術制作者オープンネットワーク(ON-PAM)


事業詳細

芸術文化創造活動の担い手のためのキャパシティビルディング講座2023
~創造し続けていくために。芸術文化創造活動のための道すじを“磨く”~


東京芸術文化相談サポートセンター「アートノト」

アーティスト等の持続的な活動をサポートし、新たな活動につなげていくため、2023年10月に総合オープンしました。オンラインを中心に、弁護士や税理士といった外部の専門家等と連携しながら、相談窓口、情報提供、スクールの3つの機能によりアーティストや芸術文化の担い手を総合的にサポートします(アートノトは東京都とアーツカウンシル東京の共催事業です)。


アーツカウンシル東京

世界的な芸術文化都市東京として、芸術文化の創造・発信を推進し、東京の魅力を高める多様な事業を展開しています。新たな芸術文化創造の基盤整備をはじめ、東京の独自性・多様性を追求したプログラムの展開、多様な芸術文化活動を支える人材の育成や国際的な芸術文化交流の推進等に取り組みます。