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【創作】演奏会の後で【スナップショット】


 
 
飲み物をとってきましょうか
 
いや、大丈夫、ありがとう
 
今日も素晴らしいピアノでした
 
そうかね
 
あまり浮かない顔ですね
 
今は終わってほっとしているとしか
言いようがない
 
ミスもなかったのに
 
細かいミスはあった
君が分かっていないだけで
でも問題はそこではない
問題はまた地上に戻ってきたということだ
 
地上?
 
演奏している時のことを思い出せば
空を自由に飛んでいたようだった
いや翼が生えて
鳥のように飛んでいたとしても
これ程の気持ちにはならないだろう
まあ実際に演奏している最中は
そんなことを考えている余裕もないが
でも今や地上に再び降りて
色々と問題を片付けないといけない
 
ずっと弾いていたいと思いますか?
 
そうは思わないんだな
一挙手一投足を見られて
弾くことはとんでもない苦痛だ
それでも、僕の場合
人に見られて
その視線に縛られている時にこそ
鎖を破って空を翔ける力が湧いて
より高く飛べることを分かっている
人前でも
いつもの自分と同じように弾ける人を
羨ましいと思うよ
 
さっきピアノのところに
一人でいましたね
あれは?
 
新しい曲を考えていた
何もかも出し切って虚脱状態の時に
手ずさみに弾いていると
何かを思いつくことがある
全ての鎖を断ち切って
自分を燃やした後に
自分の奥底にある
本質のようなものが
漏れ出てくる気がする
それを少し掴むのさ
勿論そのまま曲には出来ないよ
そこで思いついたメロディや構成の種を
記録して
ゆっくり寝て元気になった後に
その種を育てられるかもう一度見直す
それから書いていく
だから僕の場合、演奏と作曲は
結びついているのだと思う
僕の愛とは違ってね
 
彼女はここには来ていないのですね
 
来ていない方がいいさ
会えばもう喧嘩しかしない
もうお互い愛し合っていないのを
分かっている
でもお互いに離れられない
彼女が書いた小説を
読んだかい?
 
酷い小説だと思いました
天才ピアニストが
恋人の小説家に嫉妬して
そのせいで小説家は破滅するなんて
あまりにも露骨じゃないですか
 
僕は面白かった
僕は別の世界で随分傍若無人に
振る舞っているんだな
でもなんだか楽しそうで
何よりだと思ったよ
彼女が始終僕にかける言葉に比べたら
とても愉快だと思った
あの世界の血の繋がらない
わが兄弟と
杯を交わしたいと思ったね
 
あれはただの小説、彼女の妄想ですよ
 
でも
彼女と接している
僕という存在が生み出した
ひとつの人間であることは確かだ
彼女は基本的に自分の身の回りからしか
作品を創らないからね
人は多くのイメージの
影を持っているのさ
様々な光を当てられて
多くの方向に影ができる
その影を様々な力で寄せ集めて
芸術家は自分の作品を創る
音楽なら
ひとつのメロディが
裏返しになって
和音を纏って幽霊のように消えては
また現れ
ひとつの大きなうねりになっていく
多分他の芸術でも同じなんだろう
あとは、その質が良いかどうかだけど
これはまあ、創ってみないと
分からないからね
 
そしてあなたはまた
次の演奏会に向かう
 
そうさ
曲を暗譜して
音楽に乗っ取られたように
忘我の状態になって弾き続ける
そういえば君は
僕の即興演奏が好きだと言ったね
 
ええ
あなたが即興で弾いている時
音楽が自由に羽ばたいているように
思えます
既成の名曲を弾くよりも
より柔軟に聞こえます
 
でもあれは
僕のお客さんへのサービスの一環なのさ
よく聞いていると分かるが
ただの手癖を連発しているよ
できる限り長く、速く、強いパッセージと
静かで甘いメロディを混ぜて
緩急をつけると
それがさも音楽家の心から出た
叫びのように
人は思い込んでしまう
要は観客は
「音楽家が自由な魂の発露を弾いている」
という状態に興奮してしまうんだな
それは悪いことではないんだけど
僕にとって音楽はもっと違う
構築された何かなんだ
 
何か分かってきた気がします
あなたはその音楽を手にするために
自分を縛るものを
受け入れているのでしょう
 
その通りだよ
僕の中に流れているものは
本当に自由になったら手に入らない
恋愛の相手に苛立たされることはあっても
相手がいなくなってしまったら
愛ではなくなってしまうように
僕を縛る鎖がなくなってしまったら
僕は宙に浮いて
もう地上に戻って来れない
そこに音楽はないのさ
僕は様々な制約を受け入れながら
その中にある
本質的な何かを掴もうとしている
美しいものや本質的なものは
普段は掴めないからこそ
本質なんだろう
おや、彼女が来たようだ
どれ、また痴話喧嘩の一つでも
演じてくるかな
 
お身体だけには気を付けて
 
ありがとう
話せて楽しかったよ
また次の演奏会にも来てね
 
ええ
必ず伺います
あなたの創りあげる音楽、
あなたの中にある自由を
また楽しみにしています
 






(終)


※【スナップショット】では
ワンシチュエーションでの
短いダイアローグや詩を
不定期に載せていきます。

※過去の「スナップショット」置き場



今回はここまで。
お読みいただきありがとうございます。
今日も明日も
読んでくださった皆さんにとって
善い一日でありますように。
次回のエッセイや作品で
またお会いしましょう。


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