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旅をするということ。

旅をする。人生は旅、ですね。

旅って「体験」です。体験って、その時、その場所でしか味わえないもの。逃したら2度と手に入らないもの。

僕は旅をするし、自分のワークショップも、野外でのワークや、リトリートで地方へ行ったりすることで、そこでしか起きない、もしくは、降りてこない何かに出会うためなのかもしれません。

それを都会の会議室で「山の気温は〇〇度で、足場はこうなって、山頂からの景色はどうのこうの」と情報を述べても、そこでは何も降りてこない。

「事件は会議室で起きてるんじゃない!」ってやつですね。しかし、往々にしてみんな会議室で済まそうとしてしまいますし、情報と知識さえあればなんでも可能だと錯覚してしまいがちです。

体験こそが「vision」を育みます。visionがなければ、何も生まれません。

「vision」はこちらの動画でも述べてる通り、

とてもシンプルです。

動画では「なりたい自分」と言ってますが、もう少し細かく言うと「完全なる自分」です。それを、ただ視ること。

見続けること。しかし、そこには「体験」が付随しないとならない。

さて、そんなわけで、僕は東北を旅しています。日本全国あちこち行ってますが、実は東北はちょっと弱い、というか、あまり行ったことがない土地です。

まず青森へ行きました。

恐山に行きたかったのです。

青森自体は3度目。でも下北半島は初。青森駅からレンタカーで休憩なしで片道2時間半。なかなかの距離です。

写真もいいですが、動画もアップしてます。

にしも、不思議なところですね。

硫黄の湧き立つ不毛の地。山の上は人の住める場所ではありません。
(お寺には住んでるけど、物資や食料はしたから運ばないとならない。この土地では生産はできない、ということ)

鳥取砂丘でも思いましたけど、生物的、人間的には劣悪とも呼べるような環境だからこそ、我々が内なる自分に気付けるような、そんな不思議な感覚があります。

ツブの刺身。

夕方、翌朝と、恐山を満喫して、その後は、縄文遺跡めぐりとなりました。

「小牧野遺跡」へ。 

こちらには「ストーンサークル(環状列石)」があります。

近くにさまざまな展示もあります。

この模様…。これは「宇宙」ですね。当時の人はわかっていたのです。

縄文時代は、見事に生活と宇宙。つまり、肉体と非肉体、物質と非物質のバランスが保ていた時代です。

今はどうでしょう? 文明的には物質ゴリゴリの世界です。その中で、スピリチュアルとかはまってふわっふわになってる人もいます。偏ってしまってますね。

本当はこの後、秘境的な場所に行きたかったんだけど、なぜか通行止めで行けず…。かなり予定が変わってしまった。

ということで、有名な三内丸山遺跡に行った。

まあ、観光地だけど、行ってよかったです。ここに大勢の人々が暮らしていたんだなぁと思うだけど、ロマンがありますよね。

予定より早くレンタカーを返し、その後は「盛岡」へ移動。

翌日、すごく不思議なことがありました。

山登りしようと思って、トレッキングできるズボンやシャツを着て、その準備でホテルを出ました。

朝飯に立ち食い蕎麦を食べて、

レンタカーを借りる手続きをしていたら…、

(龍泉洞、行きたいな…)

岩手県の誇る鍾乳洞「龍泉洞」は、元々、行きたかった場所だったんです。でも、盛岡からだと片道2時間以上。往復で休憩も入れたら5時間近くかかるとなると、移動だけで1日が終わってしまいそうです。

だからサクッと低山トレッキングして、気になってた場所をいくつか回るつもりでした。

しかし、どうしても龍泉洞へ行きたくなり、

(ま、山はいっか…)

と諦め、龍泉洞へ向かいました。

運転中。そろそろ目的地に到着かというころに、友人「Y」からメッセージが入りました。

実は朝方に、その友人「Y」に僕の方からからちょっとした近況報告と、近々会うか、オンラインでお話ししよう、なんてチャットメッセージしたんです。その返信でした。

友人は「話するなら今でもいいよ」と言うが、僕は「運転中で、てゆーか、山奥で電波が途切れ途切れだから通信できんわ」と。そろそろ龍泉洞着くし。

「あれ?今岩手におるん? 今までちょうど、岩手の親友とオンラインでやりとりしてたんだよ」

とYが言うではないか。

「宮古って知ってる?そこに住んどる友達やけど」

「え?宮古って、俺が今向かってる場所の超近くだぜ?」

龍泉洞は岩泉町ということろにあるけど、宮古はすぐ隣。都道府県面積ランキングで、北海道の次に広い面積の岩手県で、すぐ近くに縁を持つ人がいた。

それで、結局の宮古在住の友人「Y」の親友「K」に、後ほど会うことになりました。

っても、実は「K」さんは数年前に一度だけチラッと会ったことがあって、その時は大勢いたからあまり話せなかったけど、お互い気にはなってたから、二人でじっくりと話せてすごくよかった。

これ、けっこう不思議じゃない? 偶然に偶然が重なり、出会いと交流が起こった。

この話はもう少し後半に譲ります。

まずは龍泉洞の美しい写真から。

とにかく中は寒いくらい。10度前後ですから。この日は32度くらいあって、日差しも強く暑かったけど、天然のクーラー。いや、冷蔵庫。贅沢な寒さでした。

そして水の美しいこと美しいこと。世界に誇る透明度の地底湖。でも、今よりも設備や機器の少なかった昭和40年代とかに、くまなく調査したなと、人間の冒険心や探求心にも驚かされる。まあ、今でも未知の部分はあり、全長4200メートルと言われてるけど、5000メートル以上あるのではとの説もあるとか。(ちなみに公開されてるのは700メートル)

龍泉洞、龍泉新洞でたっぷり涼んで観光し、それから「道の駅いわいずみ」へ行きました。

そこで例の友人「Y」の親友「K」と会い、1時間ほどあれこれ話しましたが、ちょうど似たようなタイミングで、6月から7月、どんづまりからのブレイクスルーを経験していたり、お互い、きっかけのYももちろん、世界に対する新たなビジョンを見ていたので、とても優しく、心地よく、静かな情熱を感じ取れる対話となった。(その内、彼のことなども紹介すると思います)

もう一度、「K」に会えた偶然の流れを整理すると。

まず僕が親しい友人Yにメッセージしたのは、別に今朝じゃなくてもよかった。旅が終わってからでもいいと。ただ、Yが先月会った時に勧めていた「漫画」が、偶然僕の泊まってるホテルの漫画コーナーに全巻揃ってて、初日の夜は漫画読みまくり、それで読了し、朝になって「そういえば」って感じで、「漫画も読んだよ〜」的な報告も兼ねていた。

そして、運転中に連絡が来て、そのYが今まで話してた親友「K」が、僕がたまたまいる場所の近くに住んでる…。そして会ってみたら、色んなことがシンクロしていた。

旅をすることで起こること。降りてくるもの。まさしくこれですね。宇宙の采配。

龍泉洞に行ったのは「神の声が聞こえる!」とかじゃないんです。なんとなく、です。なんか、無性に、です。

その前に、Yの言ってた漫画本があったり、それでたまたま朝に連絡して、Yもたまたま、Kと午前中オンラインで通信してて…。

偶然は、偶然じゃないです。しかし、僕らはこの偶然に降りてくるものを、素直に、忠実にあることしかできないです。何かひとつでもずれていたら、色んなことを取りこぼしてしまうし、多分、実に多くの宇宙から訪れてるタイミングを逃しているのだと思います。

だけど、旅をして、くつろぎつつ、自分の意志に素直に従うと、そういうことが起きる。

「自分の意志」です。もちろん、誰かが進めてた場所、誰かのいうパワースポットへ行くのもいいです。参考にすればいい。でも、そこには確固たる自分の意志がないと、それは降りてきません。

visionを視る。誰かがあなたに見せてくれるものではありません。あなたが、あなたの意志で見に行くのです。それが、あなたの人生を創造します。

8月20日(日)東京 14時〜 詳細、お申し込み

8月27日(日)大阪 14時〜 詳細、お申し込み

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