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3歳のとき彫ることに惚れ込んだ、フィレンツェの若き額縁職人。彼の想う額縁とは?

修復士トンマーゾさんは若き21歳。

絵画と彫刻の修復専科に通いながら、祖父の代から続く工房で仕事をしています。

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ダビデ像を展示しているアカデミア美術館の近くに、気をつけないと見過ごしてしまう、貴石博物館(Opificio delle pietre dure) があります。

博物館の奥に続く中庭を抜けると、芸術修復分野の世界的リーダーである修復工房があり、ウフィツィ美術館を始め、世界の名だたる美術館所有の修復を行なっているところです。

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修復工房には、併設された専門学校があり、選び抜かれた将来有望な学生たちが日々勉強に励んでいます。今回紹介するトンマーゾさんもその一人。

受験者85名のうち、5名のみが合格という狭き門の、そのなかでも首席として入学した、トンマーゾさん。彼の知識、実力、情熱が、それだけでも伺い知れます。

9月は学校が忙しくなるからと、夏休み前に、インタビューを受けてくださいました。

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トンマーゾさんのお父さんは、ガブリエレ・マセッリさん。朝5時30分に起き、6時には工房入りします。トスカーナ職人協会と額縁協会の理事長を兼任し、さらに、フィレンツェの聖具学校の創立者でもあります。

その合間に、子供達にレッスンをしたりと、ご自身の仕事だけでもお忙しいのに、若き職人育成に力を注いでいる、フィレンツェ職人の立役者的存在です。

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3歳のときにお父さんの工房に足を踏み入れたときから、自分は額縁職人になると決めていた、若き継承者、トンマーゾ・マセッリさん。彼にとって額縁とは何なのかを聞いてきました。

Q. 幼いときから、額縁の仕事がしたいとおっしゃっていましたが、ほかになりたいものはないか、探すことはしませんでしたか?

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自分のなかで「これだ!」と確信してたので、探さなかったね。

でも高校ではデザインをメインに勉強したから、額縁の世界からは一旦離れたんだ。

*補足*
イタリアの高校は、文系・理系・技術系・芸術系・観光・語学など細かく科が分かれており、高校を選択する時点で、ある程度の将来の進路が決まるようになっています。日本が3年制なのに比べ、イタリアは5年制です。

Q. 「好き」というエネルギーは、どこから沸き起こるんでしょう? 

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 むかしから、なぜか惹きつけられ、魅了されるんだ。どこからかは自分でもわからないけど、作業に没頭していると、時間を忘れてしまう。

昨日は、朝8時にフィレンツェから車で40分ほどの街に行って、1400年代の木製の十字架を修復してきたんだ。午後13時頃に工房に入り、ずっと額縁を彫ってた。

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気がついたら夜の8時になってて、びっくりしたよ。額縁を彫るってことは、完璧な正確さと細心の注意力を求められるので、ものすごい集中力が必要なんだ。

根詰めて抜け殻状態だったから(笑)家に戻ったけど、本当はそのまま続けたかった。

夜に寝ついても、早く工房に行って、作業を続けたくて仕方なかった。朝が待ち遠しかったよ。

なぜかは自分でもわからないけど、こんなに情熱を持てて、幸せです。

Q. 繊細な彫りの作業は、ノミの一振りでミスしてしまう可能性があると思います。そんなときは、どう対応するのでしょうか?

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みてごらん。この彫りは、モチーフのところを深く彫りすぎていて、溝が大きいでしょう。一方、同じモチーフでも、こっちは、浅くて優しい彫りになってる。もう1つは、同じモチーフでも、固く荒削りになっている。

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これらは、本番の彫りをする前の、試し彫りをした木片なんだ。

師匠は試し彫りを3回くらいするだけで、完璧なモチーフを彫ることができたけど、僕は最低10回は試し彫りをしないと、額縁を彫る自信がないんだ。昨日も、自分が納得がいくまで、ずっと試し彫りをしてた。

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例えばね、貝殻を彫っていたとしよう。彫り進めて、やっと最終地点まできて、最後の最後にノミを振り過ぎて深く彫り過ぎたら、いままで進めてきた作業が水の泡になってしまう。

だから、試し彫りをするときは、ものすごくゆっくり作業を進めて、彫りの深さとかをじっくり体で覚えて、自分が良しと思えるまで、何度も繰り返すんだ。

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この部分は、ほかの箇所と比べると荒くて深く彫られてるんだ。思い切り彫ったらこうなっちゃってさぁ。落ち込んで、しばらく、手がつけられなかったよ。

ミスを犯した自分に対する怒りが、気合いにつながって、少しづつ丁寧に彫りを進めて、なんとかなったからよかったけど。

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もし本当に大きなミスを犯してしまったら、取り返しがつかない。間違った部分を削り落として、その部分だけ作り直して接着したとしても、時間が経つにつれて、その部分だけが、他の部分と色が違ってきて、額縁の価値も下がってしまう。

だから、僕は、試し彫りをするときは、ゆっくり作業を進めるんだ。

Q.額縁にモチーフを彫るときの工程を教えてもらえますか?

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額縁を作るときはね、まず、紙面にモチーフのデザインを描いたら、次にトレーシングペーパーに写すんだ。それから厚紙を切り抜き、額縁になる木材へ鉛筆でなぞって、全体のバランスをみるんだ。

もし、額縁の一辺に5つのモチーフを繰り返し彫らなければならにのに、収まりきらずに、額縁からはみ出してしまったら、失敗。そうならないように、今度はモチーフのデザインを小さくしたり、一部を伸ばしたりして、紙面上で変更します。

額縁が四角形にしろ、丸型にしろ、モチーフはすべて一定の間隔で、限りなく続いていく、完璧な装飾でなければならない。だから、モチーフは完璧な比率で構成されることが、もっとも重要なんだ。

僕の場合は、デザインを描く時点で、頭の中にモチーフが完璧な姿として写っているので、それを正確に再現できるように近づけます。

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好きなモチーフがあったとして、それが小さい場合には、紙に拡大して描き、額縁とのバランスをとります。

モチーフを板に移し終えたら、彫る手順や、彫りの方法などを自分自身に分からせるために、試し彫りを繰り返して、それから実際に額縁を彫っていきます。


Q.工房にはたくさんの額縁のサンプルが置いてありますね。

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額縁職人として、自分がラッキーで恵まれたと心底感じるのは、いろんな世紀の額縁サンプルに囲まれていることです。持ちたくても、持てるもんじゃない。

これらの額縁サンプルは、閉じるようになった工房から譲り受けたものばかり。創作意欲を刺激され、目がクラクラしてしまう。

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なかには、車で言うところの、フェラーリレベルの額縁もあります。どれだけの時間をかけて作られたか、ということよりも、どんな技術をもってすれば、これだけのモチーフを彫ることができるのか、見ているだけで、感嘆のため息が漏れちゃうよ。

もうここまで到達したんだから、わたしは最高の額縁職人だなんて思うことは、生涯ないね。一生が学びの連続。

Q.額縁職人として美術館に行き作品を見ると、どんな印象を持ちますか?

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美術館に行って、素晴らしい額縁を目の前にすると、なんて自分は小さな存在なんだろうって感じるんだ。

それと当時に、たくさんの職人が工房で朝から晩まで賑やかに作業をしている光景が目に浮かんでくる。たくさんの職人が働いていたから、それぞれが自分の腕を磨くチャンスに恵まれていたんだ。

それだけ依頼人もたくさんいたってことだよ。

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いまのイタリアは、学校で美術史を教えないって知っていたかい?このフィレンツェで、美術史を知らないなんて、残念で仕方ないよ。いまの時代は、流れが早くて、美術史なんかに時間を割いている時間なんてないのかもしれないけど、そんなんだから、若い子が育たないじゃないか。

intarsio インタルシオ(寄木細工、象眼細工)と intaglio インターリョ (彫り、彫刻)。この二つの単語は音は似ているけど、意味はまったく違う。そんな違いも分からない子が育ってしまう。

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学校で教えなければ、知りたくても、知り得ることができないじゃないか。知るチャンスを奪ってしまうんだ。

美術や芸術を知ることにより、感受性が育まれるのに。

工場で作られる額縁は、平面的で、無味乾燥で、魂がぬけていて、そこになんの感情も沸き起こらない。

Q.日によっては、仕事がのらない時もあると思いますが、そんなときはどうするんですか?

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電気を消して、工房の扉を閉めて、その日は仕事せずに、中心街を散歩するよ。めったにないけどね(笑)

これは僕の方法だけど、その日に始めた作業は、その日のうちに終わらせるようにしたいんだ。なぜなら、今日の手は明日の手じゃないから。明日同じ作業をしても、前日とまったく同じ手の動きにはならないんだ。

だから、常に一定のリズムをもって仕事をするようにしています。

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昨日は、20時まで作業していたから、すっごく疲れたけど、自分で納得いくところまでやれたから、満足感はあった。でも、昨日はベッドに入ったときから、はやく朝がきて工房へ行けないかと、ウズウズしてたんだ。

反対に、壁にぶつかって、焦燥し、落ち込んで、解決策が見つからないときは、暗闇のなか、ひとり悶々として、あらゆる方法を頭で想像するんだ。そして、翌朝に工房へ行き、試してみるんだ。

Q. この工房で生まれる額縁が何世紀も継承されて、トンマーゾさんのような修復士が、ずっと遠い未来に修復するようになるかもしれないと、想像したときはありますか?

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僕は、額縁を作るときは、絶対に良い額縁を作ると、心に決めているんだ。そして、何世紀にも渡り、継承されていくことを願っています。

自分の作った額縁には、いつか、自分の署名か、なにか、自分が作ったという証を残したいとは思っています。

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何世紀も経たのちに、自分の署名が残っていて、未来の人たちが、僕の名前を知ってくれたらと想像するだけで、心が震えちゃうよ。それに、そんな長い時間、自分の作った額縁が生き抜いていることにも感動するね。

Q. 将来の修復士へはどんなメッセージを残しますか?

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自分の作った額縁にダメージを与えるなよ!

まあ、これは冗談だとして(笑)、修復士には、まずお礼を伝えたいです。

自分の額縁を修復するにあたり、大切に扱ってくれてありがとう。生き返らせてくれてありがとう。

自分も修復をするときは、作り手に敬意を払い、作業を行います。


Q. コロナの前と今とで状況は変わりましたか?

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僕たちの顧客はイタリアだけでなく、世界各国にいます。だから、コロナの間にSNS を立ち上げて、より世界の人の目に触れるようにしています。

だけど、写真はしょせん写真。動画はやっぱり動画。本物とは違う。本物と同じようには、人に訴えることはできません。

作業風景を撮影しても、やっぱりなにかが違う。Youtubeに動画を挙げても、やっぱり伝わらないんだ。

工房は、五感で感じるところ。実際に見て、音を聞いて、木の香りを感じて、おしゃべりをして、空気感を体験してほしい。

Q. タイムスリップできるとしたら、どの時代に行きたいですか? そして、なにをしていますか?

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知ってるかい?
1400年代には、フィレンツェに78軒もの工房があったんだよ。

僕は、小さな芸術も美しいアートとして考えられはじめられた、1500年代にタイムスリップしたいね。

そして、やっぱり彫り師になっていると思う。学びたいことがいっぱいあるし、ちゃんと学びたい。本当に、ちゃんとちゃんと学びたい。

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もし生まれ変われなくても、当時(1500年代)の工房の風景を覗きたいよ。

作業風景や、働いている光景を見れるなんて、あぁなんて素敵なんだろう。音、匂い、空気を掴みたい。

Q. もしフィレンツェ以外の土地に生まれていたとしても、 同じ仕事をしていたと思いますか?  

もちろん!

場所も決まってるよ。北ヨーロッパ。

オランダとかベルギー。フランドル派の絵画って、ものすごく細密じゃないか。彫刻なんて、とても人間業とは思えないよ。

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Q. フィレンツェで特に好きな場所 はどこですか?

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ありすぎて困るけど、そうだなぁ。
洗礼堂の中から大聖堂を眺めることかな。

聖ヨハネの日(6月24日)に洗礼堂の東門が開いて、洗礼堂のなかから、長方形の空間に一枚の絵画のように、すっぽりと大聖堂の正面が見える、あの姿がすごく好き。

フィレンツェに生まれて本当に良かったと思う。

Q. 家族とはあなたにとって、どんな存在ですか?  

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すべてです。とても大きな存在。

父とは、些細なことから大きなことまで、なんでも議論します。ケンカじゃない。議論。たぶん、代々で引き継がれた、遊びのようなものです。おじいちゃんと父もよく議論して、近所の薬局まで声が響いてたみたいだから(笑)

父は、自分にとって師匠でもあります。たくさんのことを学ぶことができ、常にバックアップしてくれて、自分の価値を再確認させてくれる存在です。

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師匠でもある父は、工房ではパワー倍増(笑)。僕は叱責されながらも、いろいろと教えてくれます。

弟は、金箔を貼るのが好きだから、金箔士の道を進むようになるかもしれない。そしたら、父、僕、弟の三人で工房で作業をする日が来るかもしれません。


そんな日が来ることを、楽しみにしています!

巻き毛で、幼さを少し残す表情のトンマーゾさんは、まるでルネッサンスの世界から抜けでてきたようです。質問に対し、立て板に水のごとく、よどみなく答えてくれ、額縁の話題になると、目を輝かせて説明してくれ、心から仕事が好きなのが、ひしと伝わります。

工房では、必ず、「ペルファヴォーレ(お願いします)」と一言添えて、お父さんに話しかけていたのが印象的です。素直で、礼儀正しくて、最初から最後まで感心することしきり。これから、どんな活躍をするか、とても楽しみです。

トンマーゾさんの生の声も、ぜひお聞きください!

文字では伝わりにくい、彼の感情が伝わると嬉しいです。今年の春頃に職人見学に参加したときの動画も含めており、こちらは、お父さんのガブリエレさんが登場しています。

動画の最後に写っている宝石を散りばめた作品は、2020年の秋にドルチェ&ガッバーナのショーがフィレンツェで開催されたときに、ドメニコ・ドルチェ氏とコラボレーションした作品で、木枠のハンドバッグです。製作担当はトンマーゾさん。

Bottega d'Arte Maselli
マセッリ額縁工房
Via de' Ginori, 51r, 50123 Firenze FI

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額縁関連のnoteはこちらから。




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