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「よくわからない」と「解釈がたくさんある」に向き合ってみる

2021年も大晦日を迎えました。
アートハッコウショは、不活発な1年となってしまった反省しきりの最終日です。今年の最後は、アート鑑賞で大切な「よくわからない」と「多様な解釈」に向き合うことを促してくれた展覧会の話で締めくくりたいと思います。

Go◯gle先生に尋ねてわかるような「知らないこと」は、調べると正解に行き着き、忘れるのも早いです。一方で、「よくわからないもの」はぐずぐずと頭の中やおなかに残ります。
アート作品にはそういった「よくわからないもの」だらけかもしれません。スキがないほどわからない作品は近寄りがたいものですが、中には「よくわからなさ」が逆に魅力的な作品があったりします。「わからなさ」がフックとなって思いもよらない想像(あるいは妄想)の旅へと連れ出してくれる、とでも言いましょうか。それは、私たちが作品と向き合うとっかかりのようなものを、作家がこっそりとちりばめてくれているからかもしれません。

箱根のポーラ美術館で開催中の「ロニ・ホーン:水の中にあなたを見るとき、あなたの中に水を感じる?」と、東京都現代美術館の「ユージーン・スタジオ 新しい海 EUGENE STUDIO After the rainbow」は、私たちをそういった想像の旅に連れて行ってくれる展覧会ではないかと思います。

「考え続ける」の具体的な視覚化

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展覧会への入り口。展示風景
ロニ・ホーン《水による疑い(どうやって)》2003-2004年

ロニ・ホーンは1970年代の終わりから今日まで、写真や彫刻、ドローイング、本など多様なメディアで表現を続ける米国ニューヨーク出身のアーティストです。19歳で訪れたアイスランドの自然や風土をこよなく愛し、初期から「自然」をモチーフにコンセプチュアルな作品を制作することでも知られています。

上の画像は展示室の入口ですが、ここからすでに展示が始まっていました。展覧会のタイトルがすでに鑑賞者へ問いかけです。さらに最初の作品は「どうやって」、というプロセスを表す言葉が使われていました。
作家が置く、言葉遊びのような問いかけや文章は、作品を考える手がかりになることがよくあります。

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ロニ・ホーン「ガラス彫刻シリーズ」展示風景

ガラスは、物理的に「固体」でも「液体」でもない曖昧な存在であり、それはホーン作品の両義性や多義性を象徴するものだそうです。
撮影=筆者

森を望む大きな窓から自然光が射す展示室。そこに設置されたガラスのオブジェは光を透過するため、時間や天気で室内の様子が変化していきます。じっとみていると、人の呼吸や動きに伴うわずかな空気のふるえが、水面に伝播しているような感覚に陥るのです。

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ロニ・ホーン「ガラスの彫刻シリーズ」より 展示風景
《無題(「私の社会的な意識は、ほんの数十年前までは未開拓だった土地で形成された。寂寥感、なにもない土地、広々とした空、どこまでも続く地平、そして、ほんのわずかな人々。これが私のシャイ所の事実であり、長い間、支配的なものであった。」》2018-2020年
撮影=筆者

ガラスの彫刻は上からのぞきこむと、水面に周囲の環境が映り込んでいるようにみえます。実は水をたたえたガラス器ではなく、ゆっくりと鋳造された非常に透明度が高いガラスの塊なのだそうです。そのことを知って、自分の認知していたガラスや水というモノが何であるのか、ゆらぎ始めます。

この展覧会では、ほかにも水をモチーフにした作品がいくつかありました。中でも《静かな水(テムズ川、例として)》というインスタレーションは、1つの川がみせる多様な表情(写真)とホーンが考察した水やテムズ川に関わる多くの文章(言葉)が、解釈を導く手がかりとなるものです。

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ロニ・ホーン《静かな水(テムズ川、例として)》1999年 展示風景
テムズ川の川面を撮影した15点の写真からなるインスタレーション
撮影=筆者

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ロニ・ホーン《静かなる水(テムズ川、例として)》より
川面にはナンバー(合番)が印刷され、写真の下には合番に沿って文章が付けられている。文はホーンの言葉、テムズ川の調査内容、文学作品からの引用などで構成されている

テムズ川は多くの文学者たちがモチーフにしてきた川であり、幽霊伝説も多い心霊スポットでもあります。海へ注ぐ川は、一瞬足りとも同じ表情は見せません。そのことを私たちに思い出させるような全く異なる表情の川の様子と、写真に載せられた合番によって、呼応する番号の言葉群が該当部分の説明のように感じ始めます。

生命の源である水、生物にとって恵みの水、街を破壊する水、陰惨な歴史を持つテムズ川という固有名詞、人を飲み込む川……。このインスタレーションを前にすると、再び自分が認知していた「水」や「川」、「テムズ川」とは何かということが揺らぎ、自分自身で問い直しを始めてしまいました。

「水とは何か」という問いは抽象的であり、「よくわからないもの」です。このインスタレーションは、そのような「よくわからないもの」を「考え続ける」方法を、「水/テムズ川」というモチーフを例に、豊かな表現として私たちに見せてくれているように感じます。

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ロニ・ホーン《鳥葬(箱根)》2017-18年 展示風景
美術館の外に広がる「森の遊歩道」にもガラスの彫刻シリーズ作品を展示中。季節や時間、天気によって表情が変化する


みえるモノと言葉を手がかりに「考える」にハマる

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ユージーン・スタジオは、寒川裕人(1989年米国生まれ)の日本を拠点とするアーティストスタジオです。日本に帰国後、5歳で阪神淡路大震災に、小学生に上がると9.11を、大学生の時に東日本大震災を体験した世代でした。また、物心ついた時にはSNSやデジタル・テクノロジーがツールとなっているのが日常であり、「いろいろな意見の違いが見えやすい状況の中で、共にあることが事実だと明確に思うようになった」と本人が語っています※。

この展覧会に足を一歩踏み入れると、《海庭》の無限空間に導かれます。
ホーンのガラス彫刻の展示室と同じく、自然光が射し込み、薄く砂が敷かれて水がたたえられたプールは、刻々と変化していきます。
空間の側面、水に向かって立つ私たちの背後の壁は鏡張りになっており、水がどこまでも続くような錯覚に陥るのです。

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ユージーン・スタジオ《海庭》2021年 インスタレーション風景
海抜0mの地下2階、企画展示室のアトリウム空間を一変させる大規模なインスタレーション

白い海底がどこまでも続くように感じる作品です。私たちがいる空間の物理的な広さや、眼の前に広がる光景のノンフィクション性が鏡によってゆらぎます。さらに、時折起こる小さな風が水面を動かし、空の雲の動きで水面の表情が変わり、一瞬として同じものがそこに存在しないことを認知させられます。

この作品は夜になるとさらに幻想的な空間に変わり、個人的には自分の存在のあやうさまで強調されるような感覚を受けました。

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「レインボーペインティング」シリーズ 展示風景
ユージーン・スタジオ《群像のポートレート(人の海に)》2021年

「レインボーペインティング」シリーズは、近寄ってはじめて少しずつ色や大きさが異なるドットで構成された絵画だとわかる作品です。作家によると、「群像(ポートレート)」なのだそうです。ただ、いきなり作品だけ見ても、画面の中で何が起きているのかわかりにくいかもしれません(私もわかりませんでした)。

この展覧会では、作品またはシリーズごとに下のようなキャプションがありました。このキャプションの存在が、作品にもう1歩踏み込むきっかけになります。

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「ユージーン・スタジオ 新しい海」展示キャプションより
撮影=筆者

「きっかけ」と伝えたのは、例えばこの絵画が群像のポートレートである、という事実や作家のアイデアを知り、すでに観察していたヴィジュアルの特徴を結びつけて解釈する、という次の段階に移ることができるからです。
さらによく作品を観察すると、ほかにも何か発見があるかもしれません。すると、作品への解釈はまた変わってくるでしょう。

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ユージーン・スタジオ《ゴールドレイン》2019年 展示風景
金箔と銀箔の粒子が雨のように降り注ぐヴィデオ作品

ユージーン・スタジオの作品は、造形が美しく、シンプルにみえる作品もあります。その分、鑑賞者のイマジネーションをかきたてるよう、仕掛けが施されていました。
ぜひ、真っ暗闇の中で触覚のみを用いて鑑賞する《想像 #1》で、「みえないモノをイメージする(解釈する)」ことを体験してみてください。

それでは、みなさん、どうぞ良いお年をお迎えください。


2つの展覧会についての詳細は、下記リンクからご確認ください。
ロニ・ホーン:水の中にあなたを見るとき、あなたの中に水を感じる?
ポーラ美術館
■会期:2021年9月18日(土)〜2022年3月30日(水)
■開館時間:9:00〜17:00(入館は16:30まで)
■休館日:年中無休

ユージーン・スタジオ 新しい海 EUGENE STUDIO After the rainbow
東京都現代美術館
■会期:2021年11月20日(土)〜2022年2月23日(水・祝)
■開館時間:10:00〜18:00(展示室入場は17:30まで)
 ※各時間に定員あり。予約優先チケットの入手がおすすめ
■休館日:月曜日、年末年始ほか
 ※詳細は開館カレンダーを確認してください

取材・文=アートハッコウショ 発行係 染谷ヒロコ


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