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[思いに寄り添うこと、思いを伝えていくことー911から20年の節目に]

まだまだ新型コロナウィルス感染が収まらない上、ミャンマーやアフガニスタンでの政権転覆といった、世界の情勢が激変する出来事が次々と立ちはだかる2021年。その本年は、2001年9月11日に起こったアメリカ同時多発テロから20年という節目を迎えます。
今回は、20年前ニューヨークに住んでいたアートハッコウショの高橋が、911の現場で感じたことを通し、アートの役割について考えてみました。

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当時ニューヨークの大学院に通っていた私は、10月からの新学期の前に、残りわずかの短い夏休みを日本で過ごそうと、9月11日にシカゴ経由で日本に帰国した。予定時刻よりも数時間遅れて成田空港に到着し、夕方には自宅に着く予定が帰宅時にはすっかり夜になっていた。
久しぶりの自宅でくつろぎながらテレビを見ていると、緊急速報でニューヨークのワールドトレードセンターに航空機が衝突したというニュースが飛び込んできた。最初何が起きたのか分からずにいたが、まず脳裏をよぎったのは、ワールドトレードセンターの真向いに住む恩師の日本人女性が無事かどうかだった。
それから程なくして、空に届くかのように高くそびえる2棟のツインタワーが、もろくも崩れ落ちていくという光景をテレビ越しに目にした。激しく混乱しつつ、恩師は大丈夫だろうか、ニューヨークはどうなっているのかと、とりあえず恩師にメールを送り、不安を抱えたままその日の夜が過ぎた。
まるで日本に逃げてきたような罪悪感を覚えながらも、恩師からの返事を待った。2週間後ニューヨークに戻る少し前に、一斉メールではあったがようやく恩師から連絡があった。辛くも対岸のニュージャージーに避難して命は助かったことが分かり、ほっと胸を撫で下ろした。

ニューヨークに戻り、「自分にいま何ができるのか」を確認するためにも、ワールドトレードセンターがあった場所の近くまで行ってみた。現場から数百メートル北まで立ち入り禁止となっていたが、立ち入り禁止区域外にも、きな臭い匂いが立ち込めていた。見慣れたあのツインタワーはなく、瓦礫が散在する光景はさながら戦場跡地のようだった。ここで多くの方が亡くなられたという現実を目の当たりにし、呆然としながら、ただその場で祈ることしかできなかった。

それから数日後、恩師と再会できたのは、ボランティアをしていたニューヨーク近代美術館(MoMA)でだった。ちょうどボランティア担当の日、閉館間際にエントランスで恩師の姿を見かけて、喜びの再会を果たした。
当時911に対するMoMAの対応がどんなだったかはっきりとは覚えていないが、どのミュージアムも「この惨事から心休まる時間を過ごせるように」と、被災された人達には無料で開放していたように思う。近現代アートをコレクションするMoMAは、直接祈りを捧げるような宗教色の強い作品は少ない。しかし911直後の来館者は、祈らないまでもアートに安らぎや癒しを求めて美術館を訪れていたような、そんな印象があったことを思い出す。私自身、MoMAのボランティアで来館者のサポートをすることが、何か心の慰めになっていた。

9月11日から半年経った2002年3月11日、このテロで犠牲となられた方々を追悼するために、かつてツインタワーのあった場所から2つの光が空に向かって放たれた。高くそびえ立っていたツインタワーを彷彿とさせる”Tribute in Light”というこのインスタレーションは、911を忘れないために、その後は毎年9月11日に行われている。

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かつてツインタワーのあった場所から毎年9月11日に発射されるインスタレーション作品、”Tribute in Light”

911の惨事は、20年経とうとする今もなお、ニューヨーク市民に深い傷を残している。当時MoMAのスタッフだった友人に20年前のあの頃のことをたずねると、「本当に恐ろしい出来事だった。語るには余りある」という答えが返ってきた。恩師は911の数ヵ月後に無事自宅に戻り、現在もその場所に住んでいるが、2014年ワールドトレードセンター跡地に建てられた9/11 Memorial & Museumを訪れることはできない、という。

私は911の1年後にニューヨークを後にし、日本に完全帰国したが、毎年9月11日になると当時を思い出し、犠牲者の方々を追悼している。2年前ニューヨークを再訪した際には、9/11 Memorial & Museumにも足を運び、あらためてその惨事を振り返った。かつてワールドトレードセンターを支えていた支柱などの残骸が生々しく置かれている展示室をみるにつけ、たしかに当時の恐怖や悲痛を思い出してしまう当事者も多いだろうと、私にもあの時に嗅いだきな臭い匂いが蘇ってきた。
その展示室につながるメモリアルホールの壁に、水色のパネルに”NO DAY SHALL ERASE FROM THE MEMORY OF TIME” という一文が掲げられた作品が設置されていた。これはアーティストのスペンサー・フィンチが制作したもので、文章は「時の記憶からあなたが消える日はない」という古代ローマの詩人・ウェルギリウスの詩の一節である。背景の水色のパネルは2983枚の紙で構成されていたが、この2983枚という数は、2001年のアメリカ同時多発テロと、その前の1993年に起こったワールドトレードセンター爆破事件での犠牲者の数だという。そして、背景の一つ一つ異なる水色は、その時それぞれの犠牲者の目に映った空の色を表現しているそうだ。この作品は、惨事について直接は表現していないが、犠牲者そして残された家族や友人らの思いを代弁しているように思えた。

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スペンサー・フィンチ《Trying to Remember the Color of the Sky on That September Morning》 2014年                                                                     
文字はアーティストのトム・ジョイスが爆心地で集めた鋼片から作られている  画像=筆者撮影                             

アーティストが惨事をテーマに制作した作品には、その惨事の犠牲者の思い、惨事に遭遇した被災者の思いに寄り添う側面があると同時に、その思いを後世に伝えていくという側面があるように思う。あらためて、アメリカ同時多発テロをはじめ、いまだ世界各地で起こるテロで犠牲となられた方々へ祈り運びつつ、こうした作品の背景にある思いをしっかり受け止めていきたいと感じた。


アートハッコウショ
ディレクター/ツナグ係 高橋紀子

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