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UX(顧客体験)が注目される理由と組織への応用に向けた課題

昨今「UX (User Experience、顧客体験と訳されます)」が頻繁に話題に出るようになってきましたが、そもそもUXが何であり、なぜ注目されているのかについて一度少し立ち戻って考えてみたいと思っています。(注記:この記事は、あまりUXという言葉になじみのない方や、自社にUXを応用していきたいと考えている方を対象に書いています。)

そもそもUX = User Experienceとは何か

「UX/UIデザイナー」とひとくくりにされるようなデザイナーの専門職種から、なんとなく日本語で「顧客体験」と表現されるとビジネスパーソン全員に関わりのありそうなワーディングと、その時々で用法や理解の幅が広い。必ずしも厳密な意味を考えながら語られている訳ではない、ある意味やっかいな言葉のが「UX」という言葉ではないかと思います。

早速、UXとは何かについて振り返ってみたいと思います。UXについては、デザインの世界で有名なニールセーン/ノーマン社が「ユーザー体験とは企業やサービスやポリシー等とエンドユーザーとのインタラクションの全て」であると定義しています。個人的にこの定義が最も分かりやすいかと思ってます。(引用元)。

UXとUIが比べられることが多いですが、UXは「利用者の体験に関わるもの全て」に対して、UIはUser Interfaceの略で、ユーザーとの接点となるタッチポイント(Webアプリやモバイルの画面など)を指しています。UXが焦点を当てるのが利用者の体験であるのに対してUIが焦点を当てるのは利用者との接点になるので、UXはUIよりも広い概念として扱われることが多いといえます(例えば利用者の全体の体験がUXになり、その一部が個別のUIになったりします)。

なぜUXが注目されるのか

では、なぜUXというキーワードがよく話題に上るのでしょうか。

「顧客体験が重要」だといわれますが「じゃあUXという言葉が出るまで顧客体験は全く重視されてこなかったのか?」という疑問も湧いてきます。例えば、日本は「おもてなしの国」だと表現されるほど、コロナ禍以前には海外の国の人々が日本を訪れると日本のサービス品質の高さを称賛されていました。そんな日本に「もうこれ以上顧客体験をわざわざ語る意味ってないのでは?」という気もします。

この点を説明するために、少し過去の経緯から振り返ってみたいと思います。

背景①:使われない高機能なプロダクトへのアンチテーゼ

UXが注目される背景は、1980年代後半の著作まで遡ります。1988年に、「誰のためのデザイン?(The Design of Everyday Things)」が出版され、この本がベストセラーとなりました。本で著者であったD.A.ノーマンの着眼点の一つは、当時非常に高機能だったエレクトロニクス製品の機能の多くが人に全く使われていないことに対して疑問を呈したものでした。

多くの製品が普及する中で、不要な機能ばかりをちりばめた高い製品を購入しても、結局それを使うのは「人(利用者)」であり、「人」を起点として考えなければ意味がないのせはないか、と提起をしています。この問いからデザイン思考において重要な視点の一つである、「ユーザー中心デザイン(User Centered Design)」という言葉の提唱に繋がっていきます。顧客体験を重視する世界においては「提供者目線で価値を提供したつもりでも、利用者目線の体験として価値が感じられなければあまり意味がない」ということであり、従来のメーカーやサービス提供者に対する痛烈なアンチテーゼとして批判的な意味を含めて広がった側面があるといえるでしょう。

背景②:多様化する価値を利用者視点で統合する手段

もう一つは、提供者側のプロダクトやサービスに関わる前後のプロセスを一連の体験として見なすことで、より利用者視点で付加価値の高いプロダクトやサービス設計をしよう、というより前向きな視点です。2000年代からはサービス間の競争が激化する中で、単純な大量生産の行き詰まりが見え始めてきた時期でもありました。デザインの応用領域を広げ、「デザイン思考」の一つとして捉えていったのもこの時期で、デザインファームとして著名なIDEOがHuman Centered Design Toolkitというデザイン思考のツールを発表したのは2009年でした。

例えば従来のコーヒーショップは、自社を「コーヒーを提供する店」として自らを定義し、そのコーヒーに対する対価を要求していました。しかし、スターバックスの場合はコーヒーの提供だけでなく、「第三の空間価値を提供する店」と自らを定義づけました。これにより、ー高品質なコーヒーだけでなく、くつろげる店舗づくりや丁寧な接客といった一連のサービスを提供する会社として顧客に支持されています。Appleも、iPhoneを梱包する商品箱へのこだわりから説明書が不要なオンボーディングプロセスからiPhone内のアプリストアなど話題に事欠きません。iPhoneというデバイスだけではなく、一連のiPhoneにまつわる体験を全てAppleが提供する価値として見なしたことで、利用者は常に「iPhoneという体験」と常に生活を共にすることができるようになったのです。

デジタルサービスが広がりはじめたのもこの時期で、複雑性の高いプロダクトを顧客目線で一貫性をもって捉える上でデザインの役割が注目されるようになってきた時期です。

背景③:デジタルプロダクトにおける仮説検証の対象

より2010年代に入り更に重視されるようになった背景に「ビジネスモデルの変容」があります。クラウドコンピューティングの普及により、デジタルなプロダクトやサービスがオンライン上で直接提供され、ビジネスモデルが売り切り型からSaaS (Software as a Service)と呼ばれるサブスクリプション(ライセンス)モデルを中心とした継続利用モデルに変化していきました。サブスクリプションモデルでは、顧客は継続的に期間ベースで支払いをする代わりに、いつでも離脱できるという権利を持つことで、双方がwin-winになることが求められます。いったんユーザーが利用を決めても、満足いかない場合はすぐに離脱されてしまう恐れがあるのです。提供者は、利用者の満足度を高める手段として、UXの重要性に気づくようになりました。UXが顧客の満足度向上に大きく影響することが数字の上でも分かってきたのです。

クラウド上でデジタルでクラウド上から直接サービスが提供される、ということは、ログインしたユーザーの行動履歴が提供者側に残るということでもあります。つまり、利用者がそのサービスに満足しているかどうか、かなりの程度、可視化できるようになったのです。もちろん全てが綺麗なデータとして出てくるとは限りませんが、従来の売り切り型のモデルと比べて、利用者のUXへの満足度合いが計りやすくなり、その改善を通じて仮説検証が可能となったことは、UXを可視化する点で大きな変化が生じたと言えます。

ここまでをまとめると、UXが注目されるようになったのは、

①無駄な高機能よりも、利用者の使いやすさが優先されるようになった。
②プロダクトを使うことによる一連の体験価値が重視されるようになった。
③サブスクリプションモデルのサービスが増え「継続利用」の必要性が高まった。

といった3つの背景がある、といえます。

組織適用における誤解

2010年代からは、ビジネスサイドの側面からもデザインやUXの重要性が語られるようになります。元々戦略(経営)コンサルティングの会社だったマッキンゼーは2015年ごろからデザイン会社を買収し、2018年には「エクスペリエンスデザイン(Experience Design)の価値」という表題で調査レポートを発表し、プロダクトやサービスデザインを実践している会社ほどROIが高いことをデータとして示しました。

この中でもUXに着目したサービスやプロダクト設計をする重要性が語られています。デザイン思考への注目の高まりとともに、その重要な要素である「UX」が色々な場面で注目されていったのです。かなり本格的にデザイン組織を立ち上げる企業もあれば、「なんとなくキーワードとして含めておこう」と扱われるケースもあります。

しかしUXが大きな組織にも実践されるにつれ、大きく2つの誤解が生じているように思います。

誤解①:デジタルビジネスを考慮しないUX

「UX」について語られる文脈で違和感があった一つ目の理由は、(上記の背景の③とも関わりますが)提供されるサービスがSaaSやサブスクリプション型のようなデジタルで継続的に提供されるモデルになっているかどうかでUXの意味合いが大きく違う、という点です。

提供する価値がデジタルな形で提供される場合(Webサイトやアプリなど)、プロダクトそのものがどの程度ログインしており使っているのかや、どの程度の利用者がそのサービスに課金をしているのかが数字として表れます。そして、そのプロダクトが体験がいまいちだった場合はユーザーが離脱してしまいますし、更にはそのプロダクトの前後の体験によってもユーザーの気分を左右してしまうこともあります。つまり、デジタルプロダクトにおいては利用者が「UXに満足しているかそうでないか」はデータで可視化されてしまうことになります。

何よりデジタルプロダクトの場合は提供する価値そのものが見えにくいこともあり、利用者側がどう感じるかは人によっても大きく異なってきます。デジタルプロダクトは、人と違って予め決められたアルゴリズムの挙動をこなすことしかしません。だからこそ、デジタルプロダクトにおける事前のUX設計は、補完的な役割どころか提供価値のど真ん中になるほどの重要な役割を締めているのです。

UXそのものはどの企業も重要だと理解していると思うのですが、とりわけIT業界におけるUXはその特性から非常に重要であることがご理解いただけたかと思います。ここまでの話は、ビジネスモデルが従来型である場合は、せっかくUXを意識しても、UXの可視化や仮説検証が十分できなければ良いUXが実現できないのではないか、という点を懸念しています。

誤解②:組織の論理優先のUX

もう一つの違和感は、組織上の扱いが非常に低いケースです。個人の見解では伝統的な日本企業とやや相性が悪いと思っています。なぜなら、UXにおいて重要なのは個々のパーツごとのデザインUIを改善することではなく、利用者から見た場合に一連の体験が良いかどうかだからです。具体的に言えば、「この部分はXX事業部が担当しているから」、「ここは自分が担当しているけど、ここは自分が担当していない」という縦割りの論理では、どのようなサービスもプロダクトも、例え個々のUIが優れていたとしても、そのつなぎ目の部分で一気にその体験価値が落ちてしまいます。縦割りの組織の論理が強い企業が「UX」を強調するほど、実際にはUIのビジュアルデザイン改善施策を以て良しとしてしまいがちなのです。

また自社サービスが「売り切りモデル」を継続しており、SaaSモデルなどデジタルの力を活用するようなビジネスモデルに移行できていない状態でUXの話を強調しても、結局(上記の③に書いたような)デジタルの力を使ってユーザーの行動履歴から仮説検証を進めることができません。こうすると、UXの改善が十分に測ることができないということにも繋がっていきますし、売り切りモデルではなかなか切迫感としてユーザーの反応を感じ取ることが難しく、企業側は危機感が感じられにくい状態となりがちになってしまいます

UXはプロダクト戦略の中心にあるべきものですが、一つの施策や戦術のような低い扱いを受けることで、組織の論理が優先されてしまい、結果としてUXが低いプロダクトやサービスができてしまいやすいです。記事の冒頭で投げかけた、日本の観光体験は非常に良いのに、なぜ最近の日本のプロダクトは高く評価されないのか、については、日本は少人数(個人事業主から小さな組織単位)で「おもてなし」を実現するのは得意ですが、大人数(大きな組織単位)で「おもてなし」を提供するのは、組織の論理が優先されやすい状態では、それほど生かされないというのが残念なところではないかと感じています。

これに近い話として、ここでUXとはデザイナーの専門領域であり、一般社員にとっては関わりのないものではないか、という議論もあります。これについては、狭義のUXについては、確かに専門性が高い領域というのは存在すると思います。しかし、広い意味で利用者の一連の体験を扱っているということであれば、かなりの割合の人々が直接・関節と顧客体験に関わってきます(プロダクト開発、システム、マーケティング、セールス、カスタマーサポート等々)。広い意味でのUXはプロダクトやサービスに関わる全ての人々が関わるものであるべきだと考えています。

UXの重要性を理解すると組織課題が見えてくる

今世の中で提供されているサービスやプロダクトに使いにくいものがあったり、もっとこうした方がよいのだけどな、というものがあった場合、その多くは「組織の論理」で固定化されてしまっていることが多くあります。逆の視点では提供されているサービスやプロダクトを自らユーザーとして体験をすることで、その組織が抱えている課題、構造上の問題、そしてビジネスモデル上の課題が浮かび上がってくるということでもあります。

もちろん全ての対処に組織変革が必要かというと、もちろんそんなことは無いと思います。従い、リサーチを通じて課題を発見し、その課題が対処療法で対応できるのであれば、それに越したことはありません。しかし本当の問題は、課題がより組織の構造により発生しているような場合です。このような場合には、やはり経営のレベルでUXを高めていくための施策を検討していく必要があります。このようなより深層レベルの組織課題にアーテリジェンスとして真剣に取り組んでいきたいと考えています。システム開発の世界において組織体制とアーキテクチャが相関関係があることを「コンウェイの法則」と言いますが、実はこれは「UX」にもあてはまる話で、組織体制の風通しの良さと「UX」の水準には何らかの相関関係があるのではないかと個人的に思っています。

以上が、UX(顧客体験)が注目される理由と日本の会社組織への応用に向けた課題に関する考察でした。ぜひTwitterなどで皆さんのご意見も教えてもらえると幸いです。

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