妻を愛せない [2]〜「愛する」ってなんだろう〜|自分の過去をトラベル

「妻を愛せない」。
ショッキングな感想はどこからともなく漏れ出て、最終的に離婚が成立してしまった。そこから私は大きな反省をし、何を学んだのか。前回<妻を愛せない [1]〜「愛する」ってなんだろう〜|マインドフルネス> の内容でまだ言及していない部分をこの記事で考察していきます。
あなたが苦しみから解放できる手助けができればと願い、書き綴ります。
あなたにとってこれは「自分自身の心の問題」と「あなたの過去」が問題です。
私の人間の成長として、自身の過去を振り返りながら、「愛する」とはなんだろう〜ということまでの気づきを勝手な解釈で3部構成に分けて綴っていきます。

災いの根本は霊的なことではなかった!?

前回の <妻を愛せない [1]〜「愛する」ってなんだろう〜|マインドフルネス> でお話ししたことは「自分自身の問題」として提言しましたが、その中で、
一部に「因縁 -いんねん」が関係する。と提言しました。
専門家ではありませんので、この点について断言はできませんが、かく言う私は生まれたときからお寺に通い真剣に信仰を続けてきました。また、人生の分岐点(受験、就職、結婚)にはいつも相談に参らせていただいていました。
「良好な人生を確実にしてもらいたい」という感じを得たかったからです。

確かに相談してOKが出たにもかかわらず、現実の人生は順風満帆ばかりではなく、むしろ困難ばかりでした。そうゆう上手くいかない時は、「周りにも責任の一端があるのでは?」と感じていました。(口に出しませんでしたけど!)

もうお気付きかもしれませんが、私には俗にいう責任感や芯といったものがありませんでした。

実際のところ、それは他人が決めてくれたことなんだから、いくら自分から出た行動だとはいえ、持ちたくないのに、困難に対してわざわざ責任を持つ必要はないでは?

むしろ、良い事を守ってくれなかった人(仏様)の方こそ、OK出してくれた責任取ってもらえませんか?
(もしかしてこう考えることもできるかも!と思い、書いてみました。)

「私には責任感がない」ってなぜ言える?

一般社会人にはすでに当然のように備わっている「責任感」。


自然に身につくものだと考えていましたが、みなさんはどうやって身につけましたか?
昔から、いろんな人たちから「責任感がない」とよく言われました。
嫌いな先生や上司から言われるも、無視したらいいだけだと思ったけど、一応「どうしてですか?」と尋ねると、「自分で考えろ!」とつけ離されてきました。(どっちが責任感無いんだよ。。。笑)

でも、嫌いな相手から言われるからまだしも、
両親からも言われた時は、食い下がれなかった私は畳み掛けるように目一杯「国会答弁」のような弁明を繰り返しました。

今考えると、私は社会人になったとはいえまだ未熟で、だけど「自分でもどうしてそうなのかわからないんだ!それなのにどうしてみんなして責めるんだ!」って叫びたくて、食い下がれなかったんだと思います。

実際自分は真面目な仕事人を目指していたので、わざわざ「責任感を持ちたくない」なんて思うハズないですよね?誰も信じてくれないよね。

→じゃあ、どうしてそうなっちゃったのか?いつからそうなったのか?


と考えて行くうちに、ある過去の出来事が思い浮かんできました。

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