人はなぜ絵を描くのか
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人類は旧石器時代から
絵を描いていたことがわかっています。
また、作例として残っていたのが
その時代のものなだけで、
もっと古くから絵を描いていた
可能性も大いにあります。
今回は美術以前の、
人はなぜ絵を描くのかという
人間の本質に迫る内容を、
斎藤亜矢さんの著書と共に考察していきます。
人はなぜ絵を描くのか
ホモ・サピエンスの歴史で文字をもたない
文化はめずらしくありません。
しかし絵や彫刻、身体装飾などの
芸術をもたない文化はありません。
それだけ芸術と文化は切り離せないもので、
深い結びつきがあるようです。
斎藤亜矢さんの
著書「ヒトはなぜ絵を描くのか」には
人の本質に迫るために行われた
チンパンジーとの比較実験の内容が
記されています。
人はなぜ絵を描くのか。
この問いに対する結論を
最初にいうと楽しいからです。
「そんなことはない!」
と思った人もいるでしょう。
なぜなら多くの人が
大人になるにつれて
絵を描くことから距離を
置いていますからね。
結論をもっと具体的にいうと
「本来は楽しいはずのことだった」
となります。
ここからは結論を踏まえたうえで、
チンパンジーと人との比較実験を
ご紹介します。
人の子供とチンパンジー
人とチンパンジーのDNAの差はわずか1.2%。
人間と同じ祖先をもつ
チンパンジーは言い換えると、
絵を描かない人類ともいえます。
さて、1歳の子供にペンと紙を渡しても
当然いきなり絵は描き始めません。
ペンを口に入れたり、空中で振り回したり、
色々やってるなかで偶然ペンと紙が接触する。
そこでインクが紙に写る。
その現象に気付くと今度はペンを紙の上で
滑らせてみる。線ができる。
このような動作の中で子供は
ペンと紙とを関連付けて、理解していきます。
この能力を定位操作といいます。
この頃は絵を描くというより、
身体的な探索の痕跡だといわれています。
最初のうちはペンを紙に押し付ける力が
異様に強かったりしますが、
経験を積むにつれて次第に描線の
レパートリーが増えていきます。
一方、チンパンジーの子供ではどうか。
研究に参加したチンパンジーは当時5歳。
彼らも人と同じように最初はペンで遊んだり
していたものの、定位操作から次第と
ペンで紙の上に線を描けるようになります。
実はこの定位操作1つにしても
かなり高度な知性が必要で、
人以外で定位操作ができるのは
チンパンジー,ゴリラ、オラウータン、
オマキザルなどの仲間だけだそうです。
人とチンパンジーで違ったこと
実験を通して人とチンパンジーの子供で
共通してもっている能力がわかりました。
1つ目は先程の定位操作。
身体的な探索を経て物と物を
関連付けて学習することができます。
2つ目は運動調整能力。
人の場合、横線を模倣できる
ようになるのが平均2歳4か月。
縦線が2歳6か月。円が2歳11か月。
十字が3歳5か月。正方形が4歳という感じで、
年齢と共に複雑な図形を描くだけの
運動調節能力が向上していきます。
チンパンジーもかなり練習はしたものの、
横線の模倣課題に成功。
つまり、人でいう2歳4か月程度の
運動調整能力があることがわかりました。
3つ目は描かれた表像の理解。
なにが描かれているのかを
理解する能力です。
チンパンジーに、目・鼻・口の
パーツが切り取られた顔写真を見せ、
それぞれのパーツを並べる課題を行いました。
(福笑いのようなものですね)
するとこの課題にも成功する
チンパンジーがいました。
それだけチンパンジーは
人の能力に近しいものをもっています。
そんなチンパンジーですが、
人と大きく異なる結果を
示したものがありました。
それが補完課題です。
例えば次のような絵を見せます。
目が抜けている猿の絵です。
ペンと絵をわたすと
人(2歳半~3歳)の場合は、
「あれ、おめめない」と、
(目が)ない部分を補完するように
マーキングしたり、目を書き入れたりします。
一方のチンパンジーだと、
ある方の目を塗りつぶしたり、
マーキングしたりします。
何度繰り返しても、
チンパンジーがないものを
書き足すことはありませんでした。
人がもつ能力
人は3歳ごろから、
曖昧な形に具体的なモノの
イメージを見立てて描くことが
できるようになります。
例えば円が書いてある紙をわたすと、
「アンパンマンだ」と
いって目や口を加えて
アンパンマンを描きます。
平行線が書かれている紙をわたすと、
「せんろ」といって横線を加えて
線路にしたりします。
実はこの能力、
壁画にも共通してみられます。
洞窟の壁には凹凸があったり
形状も様々で、私たちの祖先も
その形状を動物に見立てて
描いています。
どうやら目の前にないものを
イメージして描く能力が
人類にはあるようです。
カテゴリー化
更に研究を重ねると、
人のイメージする力は
言語能力の発達と比例する
こともわかってきました。
また、イメージする力は
カテゴリー化とも言い換えることができ、
私たちはこれまでの記憶から
最も近しいもの(カテゴリー)を
イメージすることもわかっています。
例えばこの画像を見て下さい。
上下で違うカテゴリーが連なっていますが、
不思議なことに右端の画像は
見え方が異なります。
上のカテゴリー(人の顔)では
眼鏡をかけたおじさんに見えるのに、
下のカテゴリー(動物)では
ネズミに見えますよね。
このように私たちの脳は
みえる対象を自動的にカテゴリー化
しています。
月なんかも昔の人が模様を
ウサギにイメージしたことから
始まっていますね。
絵を描く理由
ではここで結論を振り返ります。
人が絵を描くのは楽しいから。
なぜこのような結論に至ったのかというと
人と同じようなDNAを持つチンパンジーが
絵を描くことを楽しんだからです。
普通、チンパンジーの実験では
餌を用いることがほとんどだそうです。
それはチンパンジーがなにか報酬がないと
学習意欲がわかないことにあります。
しかし、絵を描く課題で
餌は必要ありませんでした。
彼らは勝手に絵を描くことを
楽しんだのです。
子供の頃を振りかえれば
人間も同じです。
人間の場合、抽象的なものから
なにかイメージをもってそれを
表現する機会になります。
そしてそれは誰かとの
コミュニケーションの一部にもなり、
イメージを共有する楽しさにも繋がります。
特に子供の頃にみる世界は
知らないことばかりで、
なんのカテゴリー化もされていません。
そこにはただただ新鮮な世界が
広がるだけです。
そんな世界を絵を使って、
五感を使って表現する。
人が絵を描く原動力は、
どうやら純粋な楽しさにあるようです。
みなくなった世界
しかしここで疑問にあがるのが
人はなぜ絵を描くことを
楽しめなくなるのか
ということ。
その説明にもカテゴリー化が出てきます。
言語能力が発達して大人に近づくと、
世界のカテゴリー化が進んでいきます。
子供の頃の世界は
知らないもので溢れていましたが、
大人になると世界は
知っているもので溢れていきます。
一度カテゴリー化すると、
大人はもう必要以上にそれを
みようとはしません。
人にとって絵を描くことは
楽しいことでした。
しかし大人になるにつれて
それは必要性の薄いことに
変換されてしまいます。
そのことは同時に
なにかを失ったことでもあり、
私たちはそれすら
気付いていないことがあります。
人が絵を描くことの理由は
そんなメッセージを
思い出させてくれるようです。
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