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46arts|パリ ポンピドゥーセンター キュビスム展―美の革命ピカソ、ブラックからドローネー、シャガールへ(国立西洋美術館)

20世紀初頭に起こったキュビスムは、パブロ・ピカソとジョルジュ・ブラックの共同作業によって生み出された、幾何学的な形によって画面を構成する絵画技法を指します。本展はパリのポンピドゥーセンターから絵画を中心に、彫刻、素描、版画、映像、資料など約140点が来日、日本ではおよそ50年ぶりとなるキュビスムの本格的な展覧会です。


大事な前置き、心構え

「よくわからないアート」の三大巨塔が「現代アート(コンセプチュアル・アート)」「キュビスム」「書」だと個人的に思っているのですが、みなさんいかがでしょうか?
でもコバチュー(浮世絵研究の大家・小林忠先生)も書はよくわからなくて、教え子さんに「字のバランスをみるといいですよ」と教えてもらって見方がわかったと授業でおっしゃっていた記憶があるので、何も恐れることはありません!

これさえ押さえとけば「簡単」ということはないですし、私も詳しくはないのですが、多少ガイドラインがあればお手上げ感も薄まるかと思います。
一緒に面白さを探していきましょう!

キュビスムの源流

キュビスム前史

キュビスムの前の時代、19世紀末にはモネやルノワールといった印象派(実際の風景を見たままの光や空気で描く)、19世紀末〜20世紀初頭にかけてはゴッホやゴーギャン、セザンヌのポスト印象派(対象を自分の見えたように描く)が活躍、 モローやムンクの象徴主義(現実世界ではなく精神世界を描く)やドニやボナールのナビ派(現実世界を色彩と平面で描く)と続きます。
歴史や神話といった主題(何を描くか)ではなく、実物とは異なる色を用いる、平面的に描くといった方法論(どう描くか)を模索するようになっていったのですね。

20世紀に入ると、マティスらのフォービスム、ピカソやブラックのキュビスム、カンディンスキーやモンドリアンの抽象絵画、ダリらのシュールレアリスムと、さらに実験的な試みがなされていきます。

キュビスムのエッセンス

さて、キュビスムの元ネタはポール・セザンヌ、アンリ・ルソーの絵画、アフリカの彫刻と言われています。

まずはセザンヌ。彼は、人物画や水浴の風景、《林檎とオレンジ》(1895-1900)のような静物画もよく描いています。自然は円筒・球形・円錐といったの幾何学で構成できるという主張は、20世紀の美術に影響を与えました。
アンリ・ルソーは、原田マハさんの『楽園のカンヴァス』でご存知の方も多いでしょう。普段は税関の仕事をしている日曜画家で、アカデミーなどの絵画教育を受けていませんでしたが、遠近感が乏しくも繊細な色彩や描写で画家たちの支持を得ました。
それから仮面や彫像といった植民地から持ち込まれたアフリカ・オセアニアの民族資料。写実的ではない、顔や体のパーツが誇張・変形された表現は、芸術家たちの興味を引きました。

アカデミックな作風に行き詰まりを感じていた芸術家たちは、その打開策を求めて、これらの要素を取り入れていったのです。

キュビスムの作家たち

会場では主要作家約40人(!)の作品が展示されています。私もピカソとブラックしか印象になかったので「そんなにいるの?!」「君もキュビスムなの?!」と驚くばかりでした。何人か作家を挙げながら、多様なキュビスムの作品とその変遷をみていきましょう!

ピカソとブラック

ピカソ《女性の胸像》1907

まずは、ピカソ《女性の胸像》(1907)
グリグリとしたアーモンド型の目や高い三角形の鼻、くっきりと弧を描いた眉やまぶたが印象的な顔立ちをしていますね。その顔は真っ白で、鼻と頬骨に落ちた影と激しいコントラストを成しています。チークの入れ方も極端で、ちょっとメイクが下手な人かなと思ってしまいますし、バストの位置が高すぎるのも気になります。
これはアフリカの仮面を参考にしたものでしょう。

本作は有名な《アヴィニョンの娘たち》(1907)の習作として描かれたものだそう。《アヴィニョン~》の右上の黒い顔をした女性の部分だろうと思います。

左から、《レスタックの高架橋》1908初頭、《楽器》1908

セザンヌの影響が垣間見えるのは、このブラックの2作品でしょうか。

《レスタックの高架橋》(1908初頭)は、建物のかたちや使われている色、その塗り方、全体の構図がセザンヌを彷彿とさせ、「セザンヌの作品かな?」と思ってしまったほど。
おそらく遠くから高台に登って橋や街並みを見ているカメラ位置ですが、橋のアーチや建物は仰ぎ見るような角度で描かれています。しかも、乱雑に詰め込んだような街並みです。表現したい面を選んで描くので、画面としては整合性が取れていないようにみえます。

《楽器》(1908)は布を敷いたテーブルもしくはチェストの上に、マンドリン?や楽譜、ラッパなどが置かれ、どれも形の面白さに目が行きます。これもドカドカと置かれて今にも天板から落ちそうな角度にみえますね。

セザンヌやアフリカ美術から形の単純化と強調を取り入れたピカソとブラック。(ルソーは描き方を真似されたというよりは、実際の見え方を気にせずに描く先駆けとして、その姿勢が支持されたのではと思います)
これらの作品はまだ何が描かれているかわかりますが、これがこうなります。

公式ウェブサイトより

まだギリギリわかるけれど全部はわからないですよね。モノトーンに近い色彩で、針のように鋭い線を組み合わせて、形を浮き上がらせていきます。
ピカソは色や線が拡散しているので抽象画に近い表現ですが、ブラックはモチーフの特徴的な部分を明確に描いてくれているので、ヒント多めでわからせようとしている印象があります。

両者、似たようなビジュアルの作品が複数展示され、絵解きの難易度調整に試行錯誤しているかのようです。

フェルナン・レジェとフアン・グリス

フェルナン・レジェ《形態のコントラスト》1913

フランスの画家フェルナン・レジェは、明快な色彩と丸みのある描き方が特徴で、常設展にある《赤い鶏と青い空》(1953)のような平面的でイラストっぽい絵も描いています。
《形態のコントラスト》(1913)は末広がりの円筒に、エンジ・深緑・オレンジが金属パイプの光沢のように塗られています。白と水色のストライプにもみえる背景、部分的に入れられたレモンイエローも冴えた印象です。

確かにレジェも円筒・円錐・円で描くのですが、美術史の講義的には「キュビスムはピカソとブラックによって成立した」で事足りてしまうので、レジェ=キュビスムの印象がありませんでした。

ちなみに会場の終盤には、レジェと映画作家ダドリー・マーフィーによる映像作品『バレエ・メカニック』(1923-24、撮影はマン・レイ)も放映されています。数字や図形、金属、人物や人体のパーツが短いスパンで繰り返し登場する万華鏡のような映像は、シュールレアリスティックでもあります。ここだけ東京都写真美術館みたい。

左から、フアン・グリス《ギター》1913、《ヴァイオリンとグラス》1913

フアン・グリスはスペインに生まれ、パリで活躍した画家です。
《ギター》(1913)は、紙や写真を切り貼りするパピエ・コレという技法と油彩を組み合わせて制作されました。このパピエ・コレもピカソとブラックがキュビスムを探求するなかで始めたものです。青とミントグリーンの長方形、具体的な描写のある茶色の部分、同じく茶色いギターの曲線が好対照をなしています。
《ヴァイオリンとグラス》(1913)では、ヴァイオリン・グラス・楽譜の形と色が混ざり合って、渾然一体となっています。

ピカソやブラックのような小難しさ、レジェほどの迫力はさほどなく、形と色の調和がとれた落ち着いた画面です。おしゃれな感じはしますね。

「アーティゾン美術館に所蔵があるくらいで、あまりみたことはないな」と思っていましたが、三菱一号館美術館のブログで「キュビスムの画家といえばピカソとブラックが双璧ですが、3番目に来るのはグリス」とありました。

ふたりのドローネー

ロベール・ドローネー《パリ市》1910-12

フランスの画家で抽象絵画の先駆者のひとりと言われるロベール・ドローネー。独学で絵を勉強し(やっとルソーの影響が垣間見えましたね)、最新の色彩理論を学んだ彼は、明るく豊かな色を用います。

初来日となる《パリ市》(1910-12)は、ギリシア神話に登場する美を司る三美神やエッフェル塔、フランス国旗を掲げた船、橋、街並みを描いた、幅4mの大作。明るい色彩と細かい面の寄せ集めで構成され、プリズムのように輝いてみえます。

ソニア・ドローネー《バル・ビュリエ》1913

妻のソニアはロシア帝国(現ウクライナ)生まれサンクトペテルブルク育ち、ドイツの美術学校で学んだのちにパリに渡り、画家・テキスタイルや服飾のデザイナーとして活躍しました。

ダンスホールで踊る人々を描いた《バル・ビュリエ》(1913)。確かに中央の辺りに寄り添うカップルが2人、その間に1人、右手に3人、人の姿がみえてきますが(きますか?)、ほとんどカラフルな幾何学模様です。緞帳(どんちょう)に良さそう。

ミハイル・ラリオーノフ《散歩:大通りのヴィーナス》1912-13

さらに展覧会後半では、キュビスムから派生した多彩な芸術運動が、多くの作家・作品を取り上げて紹介されています。(私が不勉強なのと頭が一杯一杯になるので深追いはやめておきます)
例えば、ミハイル・ラリオーノフは、ロシア・アヴァンギャルドの潮流のひとつ、立体未来主義の画家でネオ・プリミティヴィズムの……といった具合。
ここまで来ると、多視点性や幾何学による画面構成にキュビスムの要素がみられるものの、だいぶ違った様相の作品になりますね。

ピカソとブラックが生み出したキュビスムも、次第に色彩が増えたり、立体的な幾何学ではなく平面のコラージュになったりと、20年ほどの間に目まぐるしい発展を遂げていったのです。

レイモン・デュシャン=ヴィヨン(画家マルセル・デュシャンの兄)の彫刻作品

流れ的に省きましたが、キュビスムは絵画だけでなく彫刻や映像作品にも展開されました。

これもキュビスム!?

キュビスムの流れを尻切れトンボで追ってきましたが(追えてない)、途中からあまり知られていない作家になってきたので、ちょっと気持ちが離れていってしまったのではないでしょうか。有名どころも紹介しておきましょう。

マリー・ローランサン《アポリネールとその友人たち(第2バージョン)》1909

フランスの女性画家マリー・ローランサンは、白い肌とゆるやかに丸みを帯びた、スラリとした身体、水彩のようなパステルカラーで人物を描き、舞台美術や衣装デザインの分野でも活躍しました。日本には世界で唯一の専門美術館もあった人気の高い作家です。

《アポリネールとその友人たち(第2バージョン)》(1909)では、人物やイヌのフォルムがなだらかな曲線に置き換えられ、全体がダークな色調でまとめられています。20代半ばに描いた初期の作品ですが、明るい色調にして輪郭線をなくして筆致を強調すると、よく知るローランサンになりそうです。

アーティゾン美術館の展示も始まるので、見比べてみるのも面白そうですね。

左から、アメデオ・モディリアーニ《カリアティード》不詳(20世紀)、《赤い頭部》1915?

アーモンド型の白目のない目、まっすぐ通りすぎる鼻筋、縦に引き伸ばされたプロポーションで肖像画を描くモディリアーニ。
右の《赤い頭部》(1915?)は、髪や服が背景と同化している点が異色ではありますが、顔のパーツはモディリアーニです。

左の《カリアティード》は、西洋人風の顔をしていますが、身体は棟方志功の女人にも似て、何かを持ち上げるような動きのあるポーズをしています。カリアティードとは、神殿などの柱の代わりに据えられた女性の彫像のことで、本作は彫刻のための準備習作だったと考えられています。なんと西美の所蔵品! みたことないよ!

「らしくない」作品がいい

シャガールの作品たち

個人的に収穫だったのが、ロシア(現ベラルーシ)出身の画家マルク・シャガール。シャガールというと《誕生日》(1915)《私と村》(1911)といった浮遊する人物や牛が鮮やかな色彩で描かれた牧歌的な作品を想像します。
今回はキュビスムの視点でみているからなのか、爽やかな色彩や抽象的な画面構成に目が行きました。

上記写真の右側、《白い襟のベラ》(1917)は、女性の巨人が森を見下ろしているようです。顔や服のフリルがしっかりと描写され、シャガールっぽくない感じがします。

マルク・シャガール《墓地》1917

《墓地》(1917)は、実際は写真より空がピンク・紫がかっていて、墓地なのに幻想的で綺麗でした。建物や墓、地面の多視点的な描き方がキュビスムですね。

シャガール《キュビスムの風景》1919-20

《キュビスムの風景》(1919-20)という、ストレートなタイトルの作品。中央奥に街を歩く傘を差した人物がみえますが、大部分は幾何学的な形で埋め尽くされています。全体的に白んだ画面ですが、発色の良いピンク・緑・黄色・水色がポイントで置かれ、リアルな木目や文字の書き込みがされることで、単調になるのを避けています。
これは可愛くて、シャガール作品で初めてポストカードを買いました。

ショップや常設も要チェック

展覧会の後は、ぜひ国立西洋美術館のショップや常設展へ! 常設ショップの書籍コーナーは、西洋美術の基礎〜専門的な書籍が揃っています。

展覧会で気になる作家をみつけたら、東京美術の「もっと知りたいシリーズ」をチェックするのがおすすめです。
私はローランサン、モディリアーニ、シャガールをパラパラめくってみたのですが、本展の出品作品が掲載されていて、意外と代表的な作品だったことに衝撃を受けました。いいものみたんだなぁ。

ル・コルビュジエ《水差しとコップ—空間の新しい世界》1926

そして、会場となった国立西洋美術館を設計したル・コルビュジエも、キュビスムに影響を受けた画家の一人。キュビスム以後の絵画としてピュリスム(純粋主義)を主張して、幾何学的な形や複数の視点・色彩を継承しながらも、整然とした画面構成の絵画を制作しました。
展覧会の後は、常設の展示室やカフェからみえる中庭など、コルビュジエ建築を味わってみるのも良いのではないでしょうか。

コルビュジエについてはこちらも参考にどうぞ↓


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