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6movies|ミセス・ハリス、パリへ行く

ディオールのドレスに魅せられたロンドンのおばさん家政婦が、お金を貯めてパリまでドレスを買いに行くお話を観ました!(結構前に)

アメリカの人気作家ポール・ギャリコの長編小説を、「ファントム・スレッド」のレスリー・マンビル主演で映画化。

1950年代、第2次世界大戦後のロンドン。夫を戦争で亡くした家政婦ミセス・ハリスは、勤め先でディオールのドレスに出会う。その美しさに魅せられた彼女は、フランスへドレスを買いに行くことを決意。どうにか資金を集めてパリのディオール本店を訪れたものの、威圧的な支配人コルベールに追い出されそうになってしまう。しかし夢を決して諦めないハリスの姿は会計士アンドレやモデルのナターシャ、シャサーニュ公爵ら、出会った人々の心を動かしていく。

支配人コルベール役に「エル ELLE」のイザベル・ユペール。「クルエラ」などのジェニー・ビーバンが衣装デザインを手がけた。

映画.comより

イギリスのユーモア

ドレスを買うため、生活を切り詰めながら仕事を増やしてお金を貯めると思いきや、サッカーくじにドッグレースとギャンブルでお金を増やしていきます(もちろん仕事も増やして)。
ドレスの採寸でも、「モデル体型ね」と褒められて「鉄道模型(model train)よ」と冗談を飛ばすハリス。寸胴〜!!

どこの国の映画か気にしていなかったのですが、「あ、これイギリスの話なんだ」と気付きました。前のゴヤの話もイギリスでしたね。

夢見るような美しい世界と薄暗い日常

憧れのパリに到着したハリス。空港やメゾン、エッフェル塔やオペラ座は美しいところですが、駅には浮浪者が住みつき、街中はストライキでゴミが溢れかえっています。

上流階級の華やかで浮足だった世界と、労働者階級のホコリに塗れて地に足のついた世界。二つの世界は、ひとりの人間のなかにも混在しています。
ハリスがドレスに魅了される様子は大袈裟なズームを駆使して、嘘みたいな陶酔感を演出していますが、彼女の服装は地味で生地も安っぽく、頭にはほっかむりをしています。

ゲンナマは正義

あらすじからは、夢見る気持ちが世界を変える! というハッピームービーを想像させます。
確かに、ハリスの少々強引なおばさんマインドによって、人間模様は変わっていきます。しかし、ディオールサイドに受け入れられる大きな要因は、ドレス代の500ポンドを現金で用意していたことです。

顧客のセレブたちはツケ払い。制作に何ヶ月かかろうと、何度手直しが発生しようと、ドレスが完成して手元に渡るまで代金は受け取れません。
輪ゴムで無造作に束ねられた札束は、何よりも重みがあったのです。

シンデレラは灰かぶりのまま

ハリスは展示会でエスコートしてくれた侯爵にアプローチされます。花市場へ連れていき流れるようにプレゼント、都会の夜遊びとしてキャバレーに同伴、自宅に招いてイギリスの紅茶をご馳走。ドレスが出来たら帰国してしまうので、侯爵はグイグイ迫ります。

しかし、タイミングが悪かった。侯爵も悪意はないし、労働者を差別する気持ちもなかったと思うのです。
けれど、「家政婦のあなたがドレスを着ていくところがあるの?」と痛いところを突かれた後に、「あなたを見ると優しかったモップおばさんを思い出す」と言われ、あなたも自分を庶民のおばさんとしか見ていないのねと冷めてしまいます。

花市場はまだしも、キャバレーデートは「普段の暮らしでは見られない煌びやかな世界を見せてあげよう」(そこには観客側と演者側に格差がある)という、無意識の施しになっていたのかもしれません。

裏テーマはサルトル

ディオールの会計士アンドレと専属モデルのナターシャは惹かれ合っていました。けれど、ナターシャはディオールの顔としてお偉いさんの接待含めての契約で、自由の利かない身。結ばれることはないと、アンドレは諦めていました。
ハリスのお節介もあって、お互いにサルトルの愛読者であることをきっかけに距離を縮めていき、最終的には恋人同士に。ナターシャはモデルをやめて哲学の勉強に勤しみます。
(だからって実存主義で口説くのはどうかと思うぞ!)

サルトルは20世紀フランスの哲学者・作家。彼は「実存は本質に先立つ」、つまり人間の存在理由はあらかじめ決まっているのではなく、具体的な生き方・積極的な行動によって自己の本質をつくり上げることが大切だと主張しました。同時に、人間は自由だけれど、生き方には不安や責任が伴うことを「人間は自由の刑に処されている」と表現しています。

ハリスは、社会的身分としては「家政婦のおばさん」「夫を戦争で亡くした未亡人」ですが、「ディオールのドレスを着るにふさわしい女性」として、強い意志と行動力でお金とディオールの人々の心と素敵なドレスを勝ち取ったのです。



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