人は必ず老いる・続き

きのうの考察の続きなんですが、

「人は例外なく老害になるのだから、
歳をとったら引退して隠居するべき」

という考え方について、

今も目立たないよう
気を遣って生きてるのに、

『歳をとったら役立たずどころか
邪魔になるから
ますますひっそり生きなければ
ならないのか』

などと、超悲観的に感じて
しまい、

なぜこんな風に思うのかを
もっと深く考えてみました。

これは
被害者意識のなせる技かも
しれない、と。

理不尽な事に耐えるばかりで
反論や弁護もせず
自分を大切にして来なかったから、

だから自分はずっと
被害者側だと思ってしまっている。

その意識があると、

自己防衛のための
先制攻撃に走っていて
いつの間にか加害者側になってるのに
自分では気づけないでいるかも
しれない…

老人になるというのは
今の時間の延長線上にある状態だから、
歳をとって
突然、老害になるのではなく、

若いうちから
害のある状態であったことが
予想されます。

その原因の中に

人の顔色を伺って
出過ぎないよう、かといって
低くなりすぎないよう
気をつかって生き、

気をつかってるにも関わらず
理不尽な目に遭って
恨みつらみを溜め込んでしまってるのもあるのでは、と…。

人の顔色を伺って生きるのは
自分の人生じゃなく
他人の人生を生きている事に
なるそうです。

そんな生き方、
世を呪いたくなりますよね。

恨みを溜め込み呪うことに
時間を使うのではなく、

自分の人生を最後の一秒まで
味わい尽くして生きてみたい。

人に嫌われることで
構ってもらおうとするのではなく

愛し愛される人間関係の中で
終わっていけたら
最高だと思います。

「人は例外なく老害になる」

これを意識していると、

逆に、そうならないで済む様、
小さな違和感を拾って修正していける
のではと思える様になりました。

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