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太陽、月、わたし | あした金環日食があるってよ

人生の中で、日食に出会う機会は何度あるだろうか。

2023年10月15日

私は人生2度目の金環日食を見ることができた。

日食とは月が太陽の前を横切るために、月によって太陽の一部(または全部)が隠される現象だ。

日食には種類があり、完全に太陽が覆い隠される皆既日食、部分的に隠される部分日食、太陽と月が一直線に重なり合うものの完全に覆い隠しきれない場合は金環日食となる。

一年に2〜4回ほど地球のどこかで起こるが、皆既、金環日食となるとその頻度は下がる。
しかも完全な金環、皆既として観察できるのはごく限られたエリアでのみなのだ。
それはまさに細い帯のように地図上に描かれる。

前回私が日食を見たのは2012年5月。日本では129年ぶりの金環日食だったという。日本の多くの地域が金環帯内だったため、この時の記憶がある方もおられることだろう。
私も日食メガネを準備し、職場で同僚と共に観察した。欠けていく太陽を眺め盛り上がったのを思い出す。

次に日本で日食が観察できたのは2019年12月。
この時は私のいた場所からは見ることができなかったし、正直なところ全く記憶にない。
つまるところ、自分が経験できる範囲内で日食を体験する機会はそうそう訪れるものではないということだ。

しかし、しかしだ。


2023年10月15日金環日食、2024年4月9日には皆既日食をいずれも北米で見ることができるのだ。
しかも2年連続、今いるここテキサス州で。

白いラインはそれぞれ金環日食、皆既日食がみられる帯
その交点付近に今住んでいる

これを奇跡と言わずしてなんと言おうか。
どうにも奇跡という言葉を乱用しがちである点を反省せねばと思うのではあるが、またも訪れたありがたい機会に奇跡の小躍りが止まらない。

・・・というと、あたかも準備万端、知識豊富な天体ファンであるように聞こえるかもしれないが、いや、ただのミーハーである。

そらという屋号を使っていることもあり、空、宇宙、星などを眺めるのは大好きなのだが、とにかくそれは感覚的なもの。
博物館、科学館、プラネタリウム、星空観察も知識は乏しいけれど行くだけで楽しい、そんな感じのふわっとした「好き」なのである。

実は今回のダブル日食の奇跡に気づいたのだって、恥ずかしながら日食の前日だったのだ。翌年の皆既日食がここで見られることは早々に認識していたのに、金環日食はノーマークだったなんて。

情報が目に入っても能動的にキャッチしないと脳内をスルーしていくのかということがよくわかる。やれやれ。

「明日金環日食が見られるんだって!!!」

どうする?!
そこから急遽作戦会議である。

幸いにも日食メガネは手元にあった。
先月グリフィス天文台へ行った際、来年の皆既日食観測用にと購入しておいたのだった。その時はまだ気が早いとも思ったが、記念のためとパッと手にとった自分、グッジョブである。

これがなければ、奇跡の天体ショーが目の前で起こっていてもその姿を見る事はできない。サングラスでちょっと、なんてこともNGだ。


グリフィス天文台で購入した日食メガネ


次に肝心な金環食帯がどこかということである。
自宅からでも90%程度の部分食として観察することはできるのだが、完全に金環状態で見ようと思うなら金環帯の内側まで移動する必要がある。

2023.10.14
北米、南米で広く部分日食が見られるが
金環日食となるのは真ん中の黄色いライン上のみ



自宅からは450キロ、車で5時間ほどのところにサンアントニオという大きな街がある。この付近では10時20分頃から食が始まり、11時55分に完全な金環となる。
日食当日が土曜で夫の仕事が休みであったことも幸いし、早朝出発でサンアントニオへ行くことにした。

赤く示されているのがセンターライン
帯の内側が金環帯


当日朝5時半に自宅を出発


日の出時刻が遅いテキサスでは早朝5時半は夜明け前の最も空が暗い時間だ。南の空にはオリオン座、東の空には金星が輝いていた。

出発から2時間、7時半頃になってようやく太陽が地平線から顔を出す。主役登場の瞬間だ。太陽の暖かさを感じながらひたすら南下する。

サンアントニオまであと30分ほどのコンビニでこの日2度目の休憩をとる。日食開始時間をすでに過ぎているが外の明るさはいつもと何も変わりはない。
どれどれと、日食メガネ越しに太陽を見るとすでに上の部分から欠け始めているのが確認できた。

真ん中のオレンジの点は
日食メガネ越しに見た太陽
真っ黒な視界に太陽の光だけが見える
日食メガネ越しにスマホで撮影
上から欠け始めているのがわかる


すると一人のお兄さんが近寄ってきて
「そのメガネはここの店で買ったの?」と声をかけてきた。
「ここではなくて、別の場所で事前に買ったよ」と伝えると、
「そうだよね、ここでは買えないよね・・・」と心なしか肩を落としたように見えた。

「よかったらこれ、覗いてみて!!」とメガネを差し出すが、ちょうど太陽に雲がかかり始める。お兄さんはすぐにメガネを私に返そうとしたが、またすぐに雲間から太陽が顔を出し周囲が明るくなったので、
「いいから、もうちょっとみてみな!見えた?」と促すと、
「わお、ほんとだ!欠けてる!!」と感嘆の声をあげた。

まるで魔法のメガネのよう。
こんなふうにささやかな感動を共有できる瞬間はたまらなく嬉しい。


それにしても、雲…


目指すサンアントニオ市街地方向である南の空を見ると、ここよりさらに雲が広がっているように見えた。

このまま中心線目指して南下しても、曇って見えませんでしたというのは悲しい。

すでに金環に見えるエリア内までは辿り着いていたことからそれ以上は南下をせず、その周辺で腰を据えて観察できる場所を探すことにした。

確実に雲を避けるため10分ほど来た道を戻り、巨大パーキングエリアに入ると既に多くの人がキャンプ用チェアを広げ観察体制に入っている。かなり大きな駐車場があるにも関わらず、満車に近い。

なんとか車を停める場所を確保し、私たちも持ってきたチェアを広げ本格的に観察体制に入ると、すでに太陽は半分以上欠けていた。

立派なカメラを構えている人もいたが、私はスマホでなんとか写真を撮ろうと、日食メガネにレンズを密着させながらシャッターを押すがどうにもピントが合わない。
悪戦苦闘しているうちにあっという間に太陽は三日月状態に、そこからどんどん細くなっていく。

そして、ついに金環、キター!!


…のように見えた気がする。

ほんのわずかに歪み偏りがある金環だったので、その状態が金環のタイミングだったのか確信を得られぬままだった。
想像していたような周囲から歓声が湧き上がることもなく、淡々とその時は過ぎていった。

だからものすごく正直な感想を言えば、「キター!」の瞬間を噛み締めた感がないまま、反対側に僅かに月が抜け始め、ようやく既に金環タイムのピークが去ったことを確認したのだった…金環帯北限だったこともあり、継続時間は1.2分ほどと短かったこともある。

そしてその間も空は明るいままだった。

この時ほぼ金環日食の状態
周囲は明るい柔らかい光の青空が広がる



あれ?こんなんだったっけ??もっと暗くなるんじゃなかったっけ??
記憶なんて本当に適当なものだ。
もっと空全体が暗くなるような気がしてたが、皆既日食の暗くなる「情報」と金環日食の「記憶」がこんがらがって、勝手なイメージができあがっていた。

実際はジャスト金環日食のタイミングでも、その明るさは薄曇りの時と同じくらいのもので、日食が起こることを知らない人にとってはその変化すら気付かないだろう。

完全に太陽と月が重なり金環状になった時の光でさえ、直接肉眼で見ることは不可能だ。十分すぎるほど眩しい。これはこれで、改めて太陽の圧倒的な力を見せつけられた気がする。

ちなみに我々が写真でよく見る漆黒の世界に浮かぶリング、あれはフィルター越しの太陽の姿であって、現実そのままではない。そして太陽は大きいようで小さい。私の脳内のファンタジーとのギャップは大きすぎたのは否めないが、それもまた楽しい経験となったのだった。


今度はじわじわと太っていく太陽。
先ほどまで空を見上げていた人たちはあっという間に散り散りになっていった。
太陽は再び1時間半ほどの時間をかけて元通りの姿に戻っていく。

想像していたような瞬間とは少し違ったけれど、隣で見ていた人と「写真を撮るのは難しかったね」などと撮った写真を見せ合いながら静かな余韻を噛み締め、我々も観察を切り上げた。

この後サンアントニオの市街地へ向かうことに。
それについてはまた別の機会にでも。

帰路

日食観察とサンアントニオへのちょっとした異国感ある小旅行の余韻に浸りつつ、再び5時間かけてダラス方面へ来た道を北上する。
日の入り時刻が遅いため、秋分を過ぎても19時半頃日没を迎える。

西の空に真赤な太陽が沈んでいく。

今日一日、多くの人に見つめられたことを知ってか知らずか、地平線へ去っていく姿は相変わらず雄大で神々しい。

来年2024年4月の皆既日食はどんな経験ができるだろう。

次回は自宅からも見ることができるが、できれば近郊の少し特別な場所でそれを体験したいと思う。自然豊かな静かな場所もよし、日食ファンが集う賑やかな場所もよし。
今回の金環日食の経験を踏まえ、さらなる異世界体験が待っているはずである。

ちなみに日本では2030年に北海道で金環日食、2035年に北陸から関東で皆既日食を見るチャンスがある。すぐ未来と言えるような時間軸ではないが、できることなら両方とも見たいと欲張りの私はその日のことを想像するのだ。

日食メガネくん、まずは半年後に再び会おうぞ!


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