脳とのつき合い方
新しいことに出会った時は
わーっ、楽しそー、やりたーい
ってウキウキするけど
しばらくすると
これになんの意味があるのかな
こんなことやっても仕方ないな
○○さんがこういってたし
△△ということなのかも・・・
と
どんどん気持ちがしぼんでいって
やっぱりやめとこ
ってなること。
これまでにたくさんあった。
やらない理由見つけて
やめとこーってこと。
そのたびに、
意志が弱いなぁと思ったりすることもあった。
でも、それは
私のせいではなくて
「脳の仕組み」だったのだと知った。
脳には「生存欲求」があり、
現状維持がベスト。
なにかしら変化があると、
死の危険が高まるので
現状にとどまらせようとしてくる、
と知った。
—・—・—・—・—・—
なにかしら理由をつけて
抵抗するのは
脳のごく自然な欲求
—・—・—・—・—・—
ではあるけれども
ここでヌクヌクとしていていいのかい?
という声も、どこかしらあって
私という人は
本当にさまざまなパートの集まり
からできているのだなぁと感じる。
人生で、大きな選択というのは
ひとつしかない。
それは「変わる」と決めることだ
と教わり、その決断が
私を大きく動かしている。
とはいえ、時々
脳が「もうやめときなよ」と
まだまだ囁いてきて
その声に抗えない時もある。
どのパートが
何を言っているか
私は聞いている。
そして、
わかった、
きょうはそれでいこうと
決める。
私という存在は
学校のクラスみたいなものだとよく思う。
クラスの中には
何十人もの生徒がいて
そのひとりひとりの持つ気質みたいなものが
そのクラスの雰囲気を醸しだす。
さしずめ、私が私だと思っている視点は
先生である。
クラスにいる生徒一人一人を
把握すること。
自分とのやりとりが
社会をつくりだすと思っている。
私というコミュニティ。
その集まりが社会だから。
なので、私は社会を
風通しの良いものにしたくて
たくさんの自分がいるクラスを
今日はどんな感じ?
ここの自分は今日はこれやりたいって言ってる
ここの自分は機嫌いい
ここの自分は、ちょっと拗ねてる
ここの自分はつまらない顔をしている
ここの自分は、一人で砂遊びしている
というように
みていって、
よろしくお願いしますって
朝が始まっている。
あなたの清きサポートでますますがんばれます٩( 'ω' )و サポートしてくださった分で見聞を得て、またおかえししていきます。