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郷に入っては、郷に従え 07/14 (火)

「あなたさ、バスケットボールのナショナルチームの代表みたいね」
マンションのエレベーターで居合わせた女性に言われた。唐突に。肩くらいまで伸びた白髪がきれいに整えられていて、おそらく60歳を少し超えたくらいか。外見で判断するのはよくないのであるが。

「あなた、何階?」
「あ、7階です。」
「え、同じね。」
「あ、ごめんなさい、違いました。僕は8階です。その光るボタン見てたら7階って言っちゃった。」
「はははは。あなたさ、バスケットボールのナショナルチームの代表みたいね。」
「いや、180しかないですよ。はははは。」
「うちの孫もね、178だったかな、けっこうあるのよ。」
「けっこうおっきいですね。」
「あ、ついた。それじゃあね。失礼しました。」

「ナショナルチームの代表みたい」というたとえが非常におもしろかったので妙に記憶に残っている。そして、ちょっとうれしかったりもする。そんなことは別として。

文京区にあるこのマンションでは、建物内で居合わせた人みんなが、去り際に「失礼しました」と口にする。最初は聞き間違いかなと思ったんだけれども、見ず知らずの人にそんなこと言うかなと、ずっとモヤモヤしていた。でも、文脈からしてもそんなにおかしいことではない。
ランドセルを背負った赤縁メガネの女の子もしっかり言うので僕は少し面食らった。それで、ここの住民の慣習かなと思いきや、別日、1階からエレベーターに乗り合わせたヤマトのおじさん配達員も言うもんだから、たまげた。「失礼しました〜!」。

「郷(ごう)に入(い)っては、郷に従え」という言葉がある。その土地に住むにはそこの風俗、習慣に従うのが処世の術であるという意。「失礼しました」といわなければ、後ろから刀で斬られる、なんてことはもちろんないのだが、これに何か歴史的経緯があったのなら…と妄想すると愉快な気分になる。知らないうちに、「失礼しました」と口にしている自分がいる。

新しい習わしを知った26歳の初夏。つねに発見あり、日常にひそむ謎。大したことではなくても、こういうことは「後頭部」がなんだかゾクゾクして面白い。

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