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ドラマ『心の傷を癒すということ』

阪神・淡路大震災から28年が経ちました。
私は生まれも育ちも関東だったため被災はしていませんが、幼い頃にメディアを通して見た地震の凄まじさといったらそれはもう衝撃的なものでした。
自分の身に降りかかった時にどうしたら良いだろうか?と子どもながらにたびたび考えたものでした。

東日本大震災では、当時住んでいたアパートが液状化現象で少し歪み、電気ガス水道全てが止まりました。最近は首都直下型地震のことを考えて、自宅にあった90cmの水槽をおととし撤去しました。
日本に生きている限り、地震の危機とは隣り合わせです。

NHKでは1.17に関西圏で『心の傷を癒すということ』というテレビドラマが再放送されていました。私の住んでいる地域ではリアルタイムでは観られなかったのですが、NHKプラスの見逃し配信で視聴することができました。

このドラマは、震災被災者のために奔走した精神科医・安 克昌(あん・かつまさ)氏をモデルとした物語です。観ようと思ったきっかけは、今観ている朝ドラ『舞いあがれ!』の脚本を担当されている桑原涼子氏が手掛けている作品だったからです。


あらすじ

主人公の安 和隆は、在日韓国人のルーツを持ち、出自に悩みながらも猛勉強の末、医学部に入ります。
人の心に興味を持ち精神科専攻に進みますが、父親から「そんなもの役に立たない」と言われます。
同じ在日韓国人の女性と出会って結婚し、若くして精神科医局長に。娘も生まれて仕事に精を出していた頃に阪神淡路大震災に被災。
被災者の心のケアのため尽力しようとするものの、当時の「精神科」のイメージは悪く、現場で「役に立たない」ことに思い悩みます。
そんな中でも被災者と地道に少しずつ関係を積み上げ、信頼関係を築き、力になっていきます。
しかし震災から時間が経ち、被災者のケアもひと段落してきたところで癌が発覚。第3子の誕生と入れ替わるかのように若くしてこの世を去ります。


幼い頃、親に「精神科は頭のおかしい人がいくところ」と言われました。これは当時の人の素朴な庶民感覚だったのでしょうか。親世代であればなおのことなのかもしれません。ドラマでも1995年当時のそういった空気が暗に表現されていました。現場で無力感を感じる安氏の苦悩には説得力がありました。

安氏にどこかシンパシーを感じるのは、心に働きかけるという面において芸術と精神医療が近いところにあるからかもしれません。芸術も実際のヒトの血肉にはなりませんし基本的には「役に立たない」わけです。
東日本大震災の頃には「アートに何が出来るか?」ということがしきりに語られていました。何かが出来ると思うことは烏滸がましいような気がしますが、その一方で、創作表現に打ち込む日常が続くことに大なり小なり後ろめたさを感じてしまった人は私も含めて多かったのではないかと思います。『すずめの戸締まり』で話題になった新海誠監督も「後ろめたさ」を原動力に震災をテーマにした作品の制作を続けてきたといいます。

作中で特に印象に残った場面は、避難所の体育館で小学生男子たちが「地震ごっこ」をするところです。ダンボールの机を揺らして、建物に見立てたペットボトルなどを倒す遊びです。

余震に怯え、打ちひしがれている人たちで埋め尽くされている避難所で行われる「不謹慎な遊び」に大人たちは嘆き、怒ります。ここで安氏は「ショックが大きすぎて子どもたちも地震のことを受け止め切れていない。地震ごっこをすることで気持ちの整理をしようとしている」と、精神科医として違った視点を提示し、訝しむ大人たちをなだめます。

ショックだった出来事を敢えて蒸し返してみせるようなこの子どもたちの行いは自分の身にも覚えがあります。心にズシンと来ました。
この子たちは被災の当事者であり、避難所の人たちに嫌がらせをしようと思っているわけではありません。でも何とか気持ちの折り合いをつけようとしてこういうことをしてしまう。地震ごっこは爪噛みなどの一種の自傷行為のようにも思えます。
物事の受け止め方は人それぞれ。しかしそれを何かの形にすると他の誰かを傷つけてしまうことがある。そして他ならぬ自分を傷つけている。これは創作表現においても重要なことが示唆されているシーンに思えました。

「心の傷を癒すとは何か?」と問い続けながら生きた安氏は、癌が進行し死期が迫った頃に「心のケアとは、ひとりぼっちにしないこと」と気づきます。若くして亡くなってしまいましたが、震災後の日本において「心のケア」や「PTSD」といった今では一般的になった概念を広める上で大きな役割を果たしました。

桑原涼子氏の脚本は朝ドラ『舞いあがれ!』でも繊細な表現やセリフ回しが魅力的なのですが、この作品にルーツがあるようにも思えました。とても良いドラマと脚本家に出会えました。

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