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『ラークシャサの家系』第17話

◇「EPMA」

 昼食後、散歩から戻ってくると、七瀬がすでに来ていた。来客用駐車スペースに、七瀬の愛車、白のメルセデスAMG C63が停まっている。デビュー当時のCクラスと言えば、コンパクトセダンという分類だったが、時代の変化と、シリーズの拡充によって、30年ほど前のミディアムセダン、W124と同等のボディーサイズまで肥大化した。七瀬の乗るAMG C63は、4.0L、V8ツインターボエンジンを搭載するハイパフォーマンスモデルで、見た目も他のCクラスに比べて、かなり厳つい。父親が、「Cクラスで一番上のグレードを」と買い与えた結果、七瀬の愛車は、こんな厳ついメルセデスになったようだが、当の七瀬はこのメルセデスがお気に入りだ。

「さて皆さん、お集まりですね。それでは、上野村アチュート対策会議を始めます。鴛海さん、調査結果を説明ください。」
 会議には、オレと井村明子、鴛海、茂木兄妹、指宿社長が呼ばれている。全員集まるのは、先週の井村明子との顔合わせ会以来だ。
「はーい、七瀬参事官。まずこれを見てね。これは、例の”あなたの恨み晴らします 必殺 オニベンジャー”のサイトにある書き込み欄、つまり復讐を依頼する書き込み欄なんだけどね。依頼の書き込みは、基本、全部削除してたみたい。で、ちょっと工夫して、削除データを全て復元してみたわけ。結構、時間かかったんだけどねぇ。そしたらこれ。山崎正の”成敗依頼”。で、IPアドレスは・・・これ!。”142.112.91.80”。このIPを追っかけていくと、なんとISPのIPアドレスってことがわかってぇ、さらに詳細を詰めていくと・・・契約者はこの人!”埼玉県さいたま市中央区大戸6丁目○−○○ 上野英”!っていうことがわかりました。」
「つまり、山崎正は、オニベンジャーに成敗依頼が出されていて、その依頼は、上野英から出されたと・・・おそらく斉藤和也も関係しているわね。そうなると、依頼理由は、トレーナーを獲られたことかしら。まぁそこまではつじつまが合う。」
 もっともらしく七瀬がまとめるが、おそらく、みんなも普通にそう思っている。そんなことよりも・・・
「なんで山崎を成敗に行った小久保ら6人が、アチュート2匹に襲われるのかな?そこ変じゃね?」
「えぇ、キダさんの言う通り、そこが繋がらないのよ・・・上野英の成敗依頼に記載されているのは、ターゲットの名前と写真、それと住所か。鴛海君、これ以外には何かないの?」
「ないでーす。七瀬参事官。」
「ところで七瀬氏よ。一応、確認のために聞く。先週、七瀬氏が言ったことだが、山崎正の死亡推定日時は、小久保ら6人たちのそれよりも前でよいな?」
 おっ茂木兄が興味を示し始めたぞ。これは良い傾向だ。
「えぇ・・・ただ、あまりにも遺体の状態が悪いので、正確な日時を調べることはできないですけれど、前と言うのは確かです。」
「加えて、七瀬氏よ、同様に確認のため聞く。オニベンジャーの行動パターンを知りたいのだが、そこは何か情報が無いのか?例えば山崎正の住居周辺の監視カメラ映像とか、警察の小久保らに関する捜査ファイルとか。」
「山崎正の住居周辺には、監視カメラが無くて・・・ただ、過去の捜査ファイルには・・・ちょっと待ってくださいね。あったあった。えっと、依頼サイトに記載された住所へ行って、本人をそこで見つけると、その場で犯行に及ぶパターンと、住宅街なんかですと指定された住所から連れ出してから、犯行に及ぶパターンが推定されているようですね。おそらく当日も、一旦、山崎正の家に誰かが言ったものと。」
「なるほどな。この事件でおきたことの80%は理解した。が・・・残りの20%、山崎正が上野村近くの山林で殺害された理由と、山崎正の家から寄居の犯行現場へ移動する際に何があったかということ・・・それに、この事件には、少し違和感を覚える・・・それが何かがわからん。」
「えぇっ! 茂木さん!。勝手に納得してないで、オレたちにも教えてくださいよぉ。」
「茂木さん、説明をお願いします。」
「僕も知りたーい!」
「うむむ、七瀬氏、キダ氏、鴛海氏、私の考察はまだ未完である。この状態で、皆に説明をして、あらぬ誤解を与えてはいけない。もうしばし待たれ!その前に、この後の捜査方針について議論が・・・」
「セ、セラミック・・・」
「紗々。どうしたのだ?お兄ちゃんが、本事件に係る重要な進言をしようとしているタイミングで、なにを?ん?セラミックとな?」
「セラミックの使い道が・・・わかった。」
「えっ?紗々ちゃん、説明してくれ。」
 直感的に紗々のこの見解は、オレの戦いに必要な気がした。
「うん・・・キダさん。たぶん指で弾いてぶつける。弾丸のように。サイアロンの表面にアチュートの爪の成分が付いてる。EPMAのカラーマッピングをやってみた。」
 人間の爪は、ケラチンと言ったタンパク質で構成されているらしいが、オレたち鬼の爪には、ケラチンに近いタンパク質以外に高濃度の鉄が含有されている。特に戦闘を得意とする個体になればなるほど、鉄分が多くなる傾向があるらしい。紗々はこれに着目して、サイアロンに含まれるはずのない鉄についてEPMAでカラーマッピング分析を行った。

EPMA
 Electron Probe Micro Analyzer(電子プローブマイクロアナライザー)
 電子線を対象物に照射する事により発生する特性X線の波長と強度から構成元素を分析する電子マイクロプローブ(EMP)装置の一つである。二次電子像や反射電子像による観察が主体の電子顕微鏡に特性X線検出器としてエネルギー分散型X線分析(EDS)を付加したもの(分析用のSEMやTEM、XMAなど)と比較して、EPMAは元素分析を主体としたものであり、特性X線検出器に波長分散型X線分析(WDS)を用いるために定量精度は良いが検出効率が悪く、より高い照射電流を必要とする。
 10~30立方マイクロメータの試料があればホウ素からプルトニウムまで100(ppm)を下限とする検出感度で定量的に分析出来る。
 分析結果の表示方法に、カラーマッピングと呼ばれるものがある。この表示方法は、分析したい元素の含有量が多い場合は赤く、少なくなるにしたがい黄、緑、青と示され、全く含有されない場合は黒で示される。
出典(一部抜粋): フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
※ARK9024による編集ならびに加筆

 出力された画像には、何かの引っかき傷のような模様が、赤く映されている。まるで赤色の爪痕のように。

「と言うことは、次回は飛び道具にも注意が必要ということか・・・ますます勝てるのかな・・・」
「砕け散ったサイアロンから試算した弾速は、おおよそ秒速470m。これは44マグナム弾の弾速に匹敵する。サイアロンの質量も、44マグナム弾と同じ12gなので、”マズルエネルギー”も同等の1,150ジュール。これは高速飛行体として、十分に身体貫通能力のある数字。キダさん、連続で喰らったら、再生ができないほどのミンチになる。注意。」
「はい、紗々ちゃん。気を付けます。」

 先ほどから、井村明子が一言も喋らないが、どうしたんだろうか?オレと目も合わせようとしない。
「明子ちゃん、どした?アチュートが近づいているの?」
「いえ・・・大丈夫です。なんでもありません。」
「そう・・・なら良いけど。」
ムズカシイ年ごろだ・・・

「さて、そろそろ私の出番でしょうか?それでは、今までのレビューと、今後の方向性について、一旦まとめてみましょう。」
 この会議で、初めて社長が口を開いた。


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◇第18話へつづく

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