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CFO思考 -日本企業最大の「欠落」とその処方箋

徳成 旨亮 著
ダイヤモンド社
352p
1,980円(税込)

目次
はじめに なぜ今「CFO思考」が必要なのか
1.CFOは誰と向き合い、何を動かす存在なのか
2.CFOはどのような仕事をしているのか
3.CFOが担う10の責任領域と役割
4.「CFO思考」で日本経済に成長を
5.グローバルで活躍できるCFOへのキャリアステップ

イントロ

「CFO(最高財務責任者)」という言葉は国内でも定着した一方、その役割への理解は進んでいると言えるだろうか。
CFOは、日本では「経理・財務担当役員」と同等に思われがちだが、本来は企業の「顔役」として投資家や株主への対応を行うのみならず、経営戦略やサステナビリティ、IT等にも責任を持つという。

本書は、本来のCFOが果たすべき役割や仕事内容を解説。経理・財務担当役員に多い「企業価値保全」を第一義にすべきと考える「金庫番思考」に対し、「冷徹な計算と非合理なまでの熱意を併せ持ち、企業成長のエンジンとなるべき」という考えを「CFO思考」と呼び、著者自身の経験を示しつつ実践方法や心構えを説いている。
また、企業のアニマルスピリッツを活性化させる議論を、CFOが中心となって行うべきだとし、例えば、企業がどれだけリスクに「飢えて」いるかを示す「リスクアペタイト」の概念について、一般企業の戦略の議論にも生かせるという考えを示す。

著者はニコン取締役専務執行役員CFO。慶應義塾大学卒業。ペンシルベニア大学経営大学院AMPOB修了。三菱UFJフィナンシャル・グループCFO、米国ユニオンバンク取締役を経て現職。日本IR協議会元理事。ペンネーム「北村慶」名義で執筆活動も行ってきた。本書は本名での初の著作。

経理・財務担当役員の「金庫番思考」とは異なる「CFO思考」

 欧米のCFO(最高財務責任者)の本質のひとつは、「コミュニケーター兼インフルエンサー」、日本の昔の表現では「顔役」です。投資家をはじめとする社外の多くのステークホルダーに対しては、会社を代表してエンゲージメント(深いつながりを持った対話)を行い、社内に対しては、ROE(自己資本利益率)に代表される投資家の期待・資本の論理や、ESG投資家や地域社会など、異なるステークホルダーの要望を社員にもわかるように翻訳して伝え、その期待を踏まえた経営戦略を立て、それを実践する組織に影響を与え行動を促す、という役割を担っています。

 そして、「アニマルスピリッツ」(*実現したいことに対する非合理的なまでの期待と熱意)をCEO(最高経営責任者)などほかの経営陣と共有し、「数値をベースにした冷静な判断力」を持って考え、企業としての夢の実現に向け行動する、いわば企業成長のエンジンの役割を果たしています。欧米同様、日本においても、これからの時代のCFOには、経理・財務担当役員としての役割だけでなく、企業成長のエンジンも務めることが求められます。

 本書では、従来の日本の経理・財務担当役員に多く見られる「CFOは企業価値保全を第一義にすべきだ」という考え方を「金庫番思考」、「CFOは冷徹な計算と非合理的なまでの熱意を併せ持ち、企業成長のエンジンとなるべき」という考え方を「CFO思考」と呼びます。

営業利益が1年で1億円から127億円になった理由

 CFOの責任領域は、会社によって濃淡はあるものの、「経理」「予算」「財務」「税務」のほか、「経営戦略」「M&A等の戦略投資」「資本政策」「IR(投資家対応)・SR(株主対応)」「内部管理」「気候変動を含むサステナビリティ・ESG」「DXを含むIT・システム」など、非常に多岐にわたっています。

 (*KPMGジャパンによるCFO責任領域に関するアンケート結果において)80%の(*日本の)CFOが「責任を負っている」と回答したのが「予算管理」です。年度予算、半期予算、あるいは月次予算の策定や実績との確認作業が各企業で行われています。その「予算」の前提となっているのが「管理会計」です。

 「管理会計」の導入は任意であり、取り入れなくても法的な罰則はありません。それでも、多くの企業が積極的に「管理会計」を取り入れている背景には、その自由度の高さがあります。たとえば、会社の売上、利益、財務状況などを事業単位別に区分した情報を「セグメント情報」といいますが、「管理会計」による分析では、事業単位以外にも、サービス別、製品別などにセグメント情報をまとめ、分析することができます。

 従来型の経理・財務担当役員は、「管理会計」を用いて数字を集め、「予実分析(*予算実績分析)」するところまでを自分の役割、と規定してきたきらいがあります。しかし、「管理会計」は会計基準がなく、それぞれの会社で創意工夫が自在にできる、すなわち、本来、企業ごとに独自の「ものさし」を作ることに何の支障もないのです。

 たとえば、スタートアップ企業やベンチャー企業のCFOには、自社に合った「管理会計」の体系を一から考え、構築することが求められます。また、社歴が長い会社のCFOには、過去に決めた「管理会計」のルールやセグメントの分け方が現時点での会社の実情に合っているかを見直すことが求められます。

 1年で営業利益が1億円から127億円になった(*著者がCFOを務める)ニコンの「コンポーネント事業」の背景には、それまで各事業に埋もれていた部品やサービス関連のビジネスをまとめ、「その他」セグメントから独立したセグメントである「コンポーネント事業」として集計する、という管理会計の変更がありました。その背景には、「ニコン製の完成品」に囚われすぎている会社のカルチャーを変革し、「お客様の欲しいモノやしてほしいことを部品やサービスやソリューションとして提供する」「お客様の完成品の売上成長とともに自社も成長する」というマインドセットに変えたい、という経営としての意志がありました。

 「管理会計」を用いて数字を集めて「予実分析」をすることがミッションと考え、継続性の原則から「管理会計」の変更に消極的な「金庫番思考」に対し、「管理会計」による分析結果を企業価値向上に向けたアクションに活かすことをミッションと考え、プロアクティブに「ものさし」である管理会計体系を自社の状況に合わせて創る、あるいは改変するのが「CFO思考」です。

リスクを取ることにどれだけ「飢えて」いるか

 CEO以下の企業経営者が適切なリスクテイクを伴う経営戦略を取ってこなかったことが、「失われた30年」とも表現される日本経済の長期低迷の根本的原因である、と国内外の投資家・資本市場参加者から指摘されてきました。政府も、企業の「稼ぐ力」を取り戻すために取締役会における「攻めのガバナンス」の構築を求めています。

 しかし、2015年のコーポレートガバナンス・コード導入から相応の年月が経っても、取締役会の働きかけにより、日本の企業戦略がより積極的になった、という印象はありません。取締役会が行うガバナンスは「守り」のためのものであり、不祥事を未然に防ぎ、CEO以下経営陣に前向きの経営を安心してやってもらうために監督や監査に力点をおく、という風潮が一般的です。

 一方、私は米国企業の取締役として異なる経験をしてきました。私が2020年まで取締役を務めていた米国のユニオンバンクの取締役会では、リスクをいかに取って、リターン(収益)を上げるのかが取締役会での議論の主要テーマのひとつでした。

 キーワードは「リスクアペタイト」。「アペタイト(appetite)」とは「食欲」のことであり、「リスクアペタイト」とは、リスクを取ることにどのくらい「飢えて」いるかに関する用語です。「リスクアペタイトは、自社が事業戦略や財務計画を達成するために、リスクキャパシティ(最大限取り得るリスク)の範囲内で進んで引き受けようとするリスクの種類と水準のこと」と定義されています。

 また、リスクアペタイトは、リスクに対して受動的に決まるものではなく、企業がみずから望ましい形を能動的に定義していくものであるべきだ、とされています。リスクはリスク管理部門が、収益は企画部門が、というように別々に管理していた体制を改め、リスクと収益を一体化して事業を運営する考え方が、リスクアペタイト・フレームワークです。

 私は、この枠組みや「リスクアペタイト」の概念は、一般事業会社での経営戦略議論に活かせるのではないか、と考えています。すなわち、社外取締役を含む取締役会で、CEO以下経営陣からの経営計画が説明され審議される際に、「その計画のリスクアペタイトは当社のリスクキャパシティに照らして十分に意欲的か? 過度に保守的でないか?」を中心に議論することで、企業として本来発揮すべきアニマルスピリッツを活性化させることが理想的なコーポレートガバナンスの姿だと考えています。

 「リスクアペタイト」、すなわち、企業が進んで受け入れるリスクの水準は、リターンの最大化を期待する株主の視点からはなるべく大きい方が望ましい一方、その企業に資金を供与している銀行や社債の保有者などの債権者が妥当と考える水準は、それよりは小さいと考えられます。従業員の視点からは、利益が上がって自分たちのボーナスなど処遇が改善することは望ましいですし、協力会社などの取引先からみてもビジネスの拡大はメリットですが、両者とも企業の財務体質が不安定になることも望んでいません。

 こうしたマルチ・ステークホルダーの異なる利害を勘案し、また、ライバル企業との関係や自社の置かれている環境などから、総合的にリスクキャパシティの大きさに関するコンセンサスを醸成し、それとの関係で経営計画が十分に意欲的かを議論することが、アニマルスピリッツが減衰した日本企業には必要だと私は考えています。そして、その議論の中心的役割は、CFOが果たすべきと考えます。


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