2023年予測:新しい事業の仕込み時として最高のタイミング──不況が起業にいい理由

年末恒例のDIAMOND SIGNALの記事企画、STARTUP TREND 2023からの転載です。

冒頭より引用:

年始からの米国テック企業の株価暴落を契機に、「スタートアップの冬の時代」という言葉もおどった2022年。米国の動きはそのまま日本市場のテック銘柄の低迷にもつながった。またロシアのウクライナ侵攻をはじめとした地政学リスクなども含めて、激動の1年だったといっても過言ではない。2023年、日本のスタートアップエコシステムはどう変化するのか。

DIAMOND SIGNAL編集部では、ベンチャーキャピタリストやエンジェル投資家向けにアンケートを実施。2022年のふり返り、そして2023年の展望や注目スタートアップなどについて聞いた。第1回は起業家・エンジェル投資家の有安伸宏氏の回答を紹介する。なお本連載は年末から2023年始にかけて順次掲載していく予定だ。

https://signal.diamond.jp/articles/-/1538


起業家・エンジェル投資家 有安伸宏

2022年のスタートアップシーン・投資環境について、投資環境の変化、盛り上がったと感じる領域やプロダクトなどを教えてください。

2022年は「努力はマクロ環境に勝てない」を改めて痛感する1年でした。1月には米国ハイテク株が大きく下落しはじめ、国内でも新興市場は大きく下落しました。特に印象的だったのはエンタープライズSaaS企業の株価下落です。2021年の水準と比較すると2022年に入って半年程度で、時価総額が半分以下になった企業が何社もあったことに衝撃を受けました。上場企業のバリュエーション水準を出口の期待値として折り込む未上場マーケットもそれに連動し、全体的にスタートアップの株価水準が切り下がりました。特に、まとまった資金を調達する前の段階のSaaSスタートアップにとっては、受難の年だったと思います。

シード投資家として複数のスタートアップのシリーズA調達を全力で支援しましたが、今年は大変でした。2020年、2021年と比較すると、全く別のゲームをやっているような印象を持ちました。

春くらいまでは、「レイターステージの調達環境は厳しいが、アーリーは関係ない」という考え方の投資家が多かった気がします。しかし、年の終わりに差し掛かった12月現在、時価総額10億円以下のアーリーステージのスタートアップにも明らかに逆風が吹いていると感じています。

PMFしている事業であったとしても、十分に大きなTAMと強い経営陣の両方が求められたり、これまで以上に再現性の高いエコノミクスとトラクションが求められたり、といった話をよく耳にするようになりました。ラウンドに関わらず、資金調達を成功させるために必要なジグソーパズルのピースが1つか2つ増えたような感覚です。ざっくばらんに表現するとすれば、「めちゃくちゃいい会社には投資するけど、まぁまぁの会社へは無理して投資はしないよ」という投資家の割合が増えたように感じました。

バリュエーション水準が下がり、投資の仕込み時にも思えるこのタイミングでVCのお財布のひもが固くなるというのは、VC経営者側の立場に立ってみると、よく理解できる現象です。第一の理由は、新規ではなく既存の投資先を支援または延命するためにも、一定の資金を手元に残しておくというオプションの価値が高まったということ。「既存投資先のためにお金を確保しておきたいので、一旦、最近は新規投資をストップしている」と明言するキャピタリストもいました。

第二の理由として、VCもスタートアップと同様に次のファンドレイズという意味で資金調達しないといけないため、思うようにLP投資家からの出資が集まらないバッドシナリオを一定程度は想定せざるを得ないという状況があります。もしも、この不況がさらに悪化したり長期化したりした場合に手元のファンドで数年はやりくりしないといけない、という想定をVCが持つのは、ごく自然なことでしょう。こういった前提を踏まえて、起業家が資本政策を練り直す必要が生まれた1年だったと言えるでしょう。

2022年に注目した・盛り上がったと感じる領域、テーマ、テクノロジー、プロダクトなどを教えてください。

・クリプトショック
Three Arrows CapitalやFTX等の破綻は、リーマンショックやエンロンショックを彷彿とさせました。「金融の歴史で起きたことの多くは、クリプトの世界でも必ず起こる、しかも超特急の早回しで!」ということを皆が感じたのではないでしょうか。

・SaaSのマルチプル消失
上場しているSaaS企業の株価が大きく下がったこと、それに連動して未上場SaaSスタートアップの評価が劇的に下がったのが印象的でした。大型調達した資金を原資にバーンレートを大きく上げてトップラインを伸ばす、というSaaSの王道的な成長戦略が、限られた一部の企業にだけ許された選択肢になったと考えてます。レイター以降の企業においては、PSR(株価売上高倍率)という言葉がすっかり過去のものとなってしまいました。

2023年のスタートアップシーンや投資環境はどのように変化し、どのような領域やプロダクトの盛り上がりが予想されるでしょうか。

「不況期にこそ、偉大なスタートアップは生まれる」という、統計的に検証されたのかどうかわからない、つまり、本当か嘘かわからない格言を時々耳にします。これがもし真実だとすれば、2023年は新しい事業の仕込み時として、最高のタイミングということになります。では、不況が、なぜスタートアップにとって良い環境となり得るのか。思いつく限りに列挙してみます。

  • 採用において、企業から見て買い手市場となり、優秀な人を安く採用しやすくなる

  • 新たな競合が生まれる可能性、新規参入の脅威が減る

  • 既存産業の新陳代謝が起きたり、新しいコスト削減ニーズが生まれたりする

  • 仕入元や提携先と、有利な条件で契約しやすくなる

  • 創業者はより大きな市場を目指し、資本市場へアピールせざるを得ない

  • マーケティングやセールスによって成長を「買う」難易度があがり、財務体質の健全性が高まる

  • 顧客企業、ターゲット消費者のお財布のひもが固くなり、プロダクトをより磨き上げる必要が出てくる

  • M&Aをする機会が増える

こう並べてみると、不況もそう悪くないように思えてきます。大事なのはスタートアップ経営のパラダイムが大きく変わったという事実で、そういう認識をいち早く持つことができた企業の生存確率が高まるということなのでしょう。

2023年に注目する・盛り上がると考える領域、テーマ、テクノロジー、プロダクトなどを教えてください。

・クリプト/Web3
現状、ブロックチェーン技術に主導される一連のイノベーションの果実を享受しているのは、世界人口に対して数パーセントでしょう。今後も、長期的にはバブルとシュリンクを繰り返し、成長していくと考えています。2022年に見られた多くのドラマティックな破綻劇も、ロングタームで見れば誤差の範囲であり、必要な新陳代謝に過ぎないという長期的な視点の論調に私も同意しています。2023年中に盛り上がるかどうかという意味では、マーケットに供給されるリスクマネーの総量次第、つまり先進国の中央銀行の政策によって影響される要素が大きく、(残念ながら)株式市場の上下とほぼ連動するでしょう。

・エンタープライズSaaS
国内法人向けソフトウェア市場10兆円のうち、SaaSのシェアは10%未満であることはよく知られているファクトです。各産業バーチカルにもホリゾンタルにも、クラウドサービスの浸透が十分ではないことは自明であり、短期でも長期でも市場拡大の確度が非常に高い領域の一つと捉えています。また、その事業モデルの特性、営業エコノミクスや財務計画についての予測性と再現性の高さも魅力的です。不確実性の高まる不況期においては、経営の見通しの立てやすさというファクターの価値は相対的に高まると考えています。

2023年に注目すべきスタートアップについて教えてください。投資先の場合は、その点を明示してください。

「確かなものに賭けろ」、つまり、近い未来に起こる社会トレンドや、ユーザー行動のパラダイムシフトに投資するべきだという原則論をもって、日々、投資活動を行っています。では、2023年の日本市場で起こる「確かなもの」とは、何でしょうか。1つ、最も簡単なものを挙げるとすれば、新型コロナウイルス禍の沈静化と、観光産業全体の復活があると考えています。そういった文脈で、2社、旅行ドメインの投資先スタートアップを紹介します。

・NOT A HOTEL
現在、国内外130社のスタートアップに投資していますが、その中でも一、二を争うユニークな世界観と、独自の成長戦略をもっている会社です。ホテルや別荘の利用体験をITの力で再定義するというコンセプトで、2020年に会社を設立しました。

オーナーが別荘を利用しない日をホテルとして稼働させられる点や、利用権をNFTで販売するなど、その社名の通り、新しいカタチの宿泊体験を創造しています。初年度には、オンラインのみで、建物を建てる前の段階で約40億円を完売。累計調達額は約40億円、2025年までに30箇所の拠点づくりを計画中です。宿泊業という極めて歴史の長い伝統的な産業に、若い起業家の情熱が注ぎ込まれると、このような新しいユーザー体験とビジネスモデルが産まれるのか、という純粋な感動が湧いてくるスタートアップです。

・令和トラベル
国内宿泊予約サービスのReluxを創業、KDDIへ売却したことでも知られる篠塚さん(篠塚孝哉氏)が創業した、海外旅行客向けのデジタルトラベルエージェンシーです。2021年4月に創業、その2カ月後にシードラウンドで22.5億円を調達。シリアル起業家の王道をいくような華々しい大型資金調達は、メディアでも大きく取り上げられました。

コロナ禍の真っ只中に創業した篠塚さんの当時の発表を読むと、「コロナによって完全なるマーケットリセットが起こったことは大きな後押し」「マーケットは絶対に戻るしこれほどの参入チャンスは一生に一度とないかもしれない」など、極めて冷静、かつ情熱的な表現が続きます。そしてその予言通り、2023年は海外旅行市場の回復期にあたるでしょう。アフターコロナにおける海外旅行の回復予測については、解像度の高いシナリオ分析を令和トラベルが発表しているので、興味のある方はぜひ参照してみてください。


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