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手放した考え

あれから4年が経った
あの時今の自分を想像できただろうか?
いや、まったく想像できていない

今までいつもいつも未来に自分が困らない様にと
色々我慢したり、準備したり、用心したりしていた

今考えるととっても窮屈な生活だ
窮屈な生活が居心地が良かった

親に言われた価値観の通り生きていたんだなと今は思う

苦しい事しか待っていないぞ、しんどいぞ、怖いぞ、
どんなことがあっても夫を頼って生きていかないとお金に困るぞ
と。。。

結局は【自分達は絶対に助けないぞ】って事だって今はよくわかる

あの時は親に迷惑かけない様に、自分がしっかりしないと
と色々力を入れていたように感じる

今は
①結局は親は助けてくれない
②助けたくないから脅しをかけていた
③自分達は頼りたい
って事だろう

もしかするとこの点を気付いて彼はいなくなったのかもしれない

まぁお互い正解だったんだろう

私は私で自分の力を信じていなかった。
今は
うん!よくやっている!大丈夫だ!頑張ってるよ!
と自分に言いたい。

孤独感を省いてはよくやっていると思う
自分一人ならばきっと生活していけるだろう

もし住む所がなくなってもどこかの自治体の住宅に入ればいい
そう思う。日本のどこかには入れるだろう。

孤独は消えない。
だって1人だから。
虚しくなってくると思うけど、生きてしまうのだから
仕事との往復のみになるのは仕方ない。

これからどのようになるのかは分からないが
きっと一人で生きているんだろう

もう色んな人に縛られながら
価値観を強制されながらの生き方はしたくない

適当に、気軽過ごしたい

【生きていけるわ。どっちがマシか】との言葉は
今後私の中の選択肢にはない

苦しみながらの選択や生き方はしたくない

この価値観を押し付けてきた両親とはもう離れる
どこまでも私を悪者にするならばすればいい

分かってほしい、認められたいといつも思っていたけど
ちょうど嫌われた方が都合がいいと考え方を変えたのだ

変えたらもう会わなくてもいい
そうだ、悪者になろう
それでいい

そう思うなら思ってくれていい
もうあの人たちに認められなくても私は私で自分を認めればいいんだ

「俺に頼らないと今後とんでもない事になるぞ」と両親と同じ事をいう彼を
私は遠くで
いなくなってくれてありがとうと今は本当にそう思う


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