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WEIRD現代人の奇妙な心理・下

WEIRD(ウィアード)現代人の奇妙な心理・下
〜経済的繁栄、民主制、個人主義の起源〜(ジョセフ・ヘンリック 著)


1 心理的多様性について

1.1 心理的多様性を説明するには?

人々の心が、それぞれ異なる制度、技術、言語と共進化を遂げていったプロセスについて考える必要がある(1 緊密な親族関係、2 非人格的市場と都市化、3 任意団体間の競争、4 流動性の高い人々による複雑な分業)

1.2 WEIRD社会はなぜ標準から外れており、地球規模で見た心理や行動の分布の最端部に位置するのか?

ローマ・カトリック教会となったキリスト教の一宗派が、たまたま、一連の婚姻・家族政策を実施するようになり、それまでのヨーロッパの緊密な親族ベース制度を解体していった。こうして社会生活が根本から変化したことによって、それまであり得なかった社会進化の道筋をたどり、任意団体、非人格的市場、自由都市などが登場してくるための扉が開かれた

1.3 心理的差異は、過去数百年に起きた産業革命やヨーロッパの世界進出に、どのような役割を果たしたのか?

ヨーロッパの一部の共同体は、教会が引き起こした社会的・心理的変化によって、中世盛期にはすでに、個人の権利、個人の責任、抽象的な原則、普遍的な法、精神状態の重視といった考え方を受け容れやすくなっていた。こうして出来上がった精神的土壌に、代議政治や、立憲主義、そして個人主義に基づく宗教的信条が芽生え、また、西洋法や西洋科学が出現した。このような変化が、すでに進行していた社会的・心理的変化をさらに加速させ、イノベーションや経済成長に拍車をかけた

1.4 心理的多様性に遺伝子は関与しているか?

人々の心理の変化は、文化的環境や発達環境への適応プロセスであって、遺伝子に自然選択が作用した結果ではない。しかし、数千年間には、農耕革命と動物の家畜化が、無数のやり方でヒトのゲノムをさらに変化させてきた。例えば、ミルクやアルコールの体内での処理能力を上げる遺伝子が有利になったのもその一つ。したがって、文化にはヒトゲノムに影響を及ぼす力があると言える

POINT

ものごとの捉え方、考え方、感じ方、推論の仕方、道徳的判断の下し方は、個人により、集団によりそれぞれ異なる。ヒトの心理は何世代もかけて文化的に適応していくものであるがゆえに、大規模な社会変化が起きると、人々の文化心理と新たな制度や習慣との間に齟齬が生じ、その結果、自己の存在意義やアイデンティティを揺るがす事態になる。それは今後も続いていく。

2 一夫多妻婚

集団生活をする霊長類の中に、一雄一雌制で暮らす動物はいない。男性の繁殖成功度は、配偶者の数が多ければ多いほど高まった。それに対して、女性の場合は単に配偶者の数が多くても増加しない。女性は男性とは違って、体内に胎児を宿し、乳幼児を養い、さらに上の子たちの面倒を見る必要があったからである。

狩猟採集社会は一夫多妻婚を容認しており、男性の14%、女性の22%が一夫多妻婚だった。

一夫多妻婚の問題

一夫多妻婚は、結婚の見込みが薄く相手のいない、社会的地位の低い未婚の男性を大勢生み出してしまう傾向がある。その結果として、男性同士の競争が激化し、さまざまなことをきっかけに暴力に訴えたり、犯罪に走ったりする男性が増える

・上位5%にあたる財産や社会的地位で最上位の男性は4人の妻をもっている
・上位15~5%の男性は妻が3人
・上位20~15%の男性は妻が2人
・上位60〜20%の男性は、全員が一夫一婦婚
・最後の残りの40%にあたる男性は妻がおらず、相手を見つけて結婚できる見込みも薄い

厳格なキリスト教の一夫一婦制

・一夫一妻制というだけでなく以下のような規制を行った
・教会は神を持ち出して、男女双方の性的な破戒行為を監視し処罰した
・教会は、離婚を困難にし、再婚をほぼ不可能にし、男性が別の女性を一人ずつ順に妻にすることができなくなった

チーム内での競争に打ち負かすには、テストステロン(配偶者獲得と関連するホルモン)が高い人たち(一夫多妻制)が目立ったが、チーム間での成果、高度な認知能力や分析スキルが要求される分野で、組織、会社、国家、軍隊といった集団間での厳しい競争にさらされている場合にはテストステロンが低い人たち(一夫一婦制)の成績が高かった

一夫一婦制の効果

一夫一婦婚は、男性同士の競争を抑制し、家族構成を変化させることによって、犯罪、暴力、ゼロサム思考を抑えると同時に、より広範囲の信頼や、長期的な投資、安定した経済蓄積を促すような方向へと男性の心理を変化させる効果が見られた


3 商業と協力行動

商業というものは、個人ばかりでなく、国家も相互に役立たせることによって、人間を互いに兄弟のように親しくさせる働きをする平和的な制度と言える。通商の発明はどのような手段によってもかつて成し遂げられたことのない、普遍的な文明に向かっての最大の前進だった

非人格的な市場が成立して機能し続けるためには、次の二つの条件が必要

1:買い手と売り手との個人同士のつながりを取り除く
2:ただの知り合い、初対面の相手、匿名他者に対する、公正かつ公平な行動を命じる市場規範の形成を促す

市場規範があることによって、非人格的取引の場で自分や他者を裁く基準が確立されるとともに、初対面の相手や匿名他者と信頼関係を築き、公平性を保って、協力し合おうとする動機が内面化されていく

これまでとの違い

古代や中世には、ヨーロッパ外のさまざまな社会が、繁栄する市場をもち、広範な遠距離交易を行なっていたが、それらは概して、人間関係のネットワークや親族ベース制度の上に築かれたものであって、非人格的な交換規範の上に築かれたものではなく、そこには、広く適用される公正の原則も、非人格的な信頼も存在しなかった

POINT

制度というものは、ヒトの社会心理の形成に重要な役割を果たす可能性がある。商人が主導権を握る都市が成長することによって、市場統合の水準が引き上げられるとともに、おそらく非人格的な信頼、公正さ、協力の水準も高められていった。


4 戦争の影響

・衝撃を受けると、ヒトの相互依存心理が刺激されて、頼みにしている社会的絆や共同体への投資を増やすようになる
・社会規範は、集団が生き残るために文化的に進化したものなので、戦争やその他の衝撃的事態に直面すると、こうした規範やそれにまつわる信念を奉じる傾向が強まってくる可能性がある。

戦争、地震、その他の災害に見舞われると、人々の宗教的なものへの関心が高まって、儀式への参加が増え、その結果、宗教団体が成長してくる

・集団間競争と集団内競争とを分けて考える必要性

集団間競争
他集団との競争において自集団の成功を促すような、信念、習慣、風習、動機、方針を利する。そのため、集団間競争があるとたいてい、仲間への信頼や、協力行動が促進される

集団内競争
企業、組織、その他の集団の内部で起こる個人間または派閥間の競争。同一企業内の他者に対する個人の優位性をもたらすような、行動、信念、動機、習慣などを利する。

・穏やかな集団間競争

WEIRDな経済、政治、社会制度には、ある種の集団間競争がいくつかの方法で組み込まれている。チームスポーツ、宗教、任意団体など。ヨーロッパでは、政体間の競争が持続したことによって、経済、政治、社会制度の内部に、穏やかなタイプの集団間競争が埋め込まれていった。



5 市場

商人の割合が国民全体に与える影響

国民全体に占める商人の割合が高くなると、商人たちが必ずや、誠実さや几帳面さを社会に広めるので、これらが商業国家の第一の美徳となる。

時間の考え方

個人主義的傾向が強まりつつある社会的状況の中で、砂時計や時鐘や懐中時計のようなテクノロジーや、「時は金なり」といったメタファー、さらには時給や出来高払い制などの文化的習慣が共進化を遂げることによって、時間についての根本的な考え方が形成されていった。時間は、いまだかつてなかったほど直線化、数値化され、常に一定の速さで流れ去る通貨となった。


パーソナリティ

五つの独立したパーソナリティ特性(因子)をもつという考え方。
1 経験への開放性(冒険心)
2 誠実性(自己鍛錬)
3 外向性(反対は内向性)
4 調和性(協調性/思いやり)
5 神経症傾向(情緒不安定性)

WEIRDな人々はなぜ、人間の行動の原因を状況や人間関係よりも個人の性格に帰する傾向が他の人々に比べてはるかに強いのかも、またなぜ、自分が首尾一貫した態度をとれないとひどく不快に感じるのか(認知的不協和)も説明しやすくなる

6 法、科学、宗教

この数百年の間に、西洋の法、科学、民主政治、そしてヨーロッパの宗教が世界中に広まった

WEIRDの4つの心理

1 分析的思考
密接な社会的つながりを欠いた個々人からなる世界をうまく渡っていくために、人々はしだいに、関係性を重視して包括的に考えるのではなく、もっと分析的に世界を捉えるようになっていった。

2 内的属性への帰属
社会生活の基礎をなすものが、人間関係から個々人へとシフトするにつれてしだいに、個人の内的属性との関連性が重視されるようになっていった。
(傾向性、選好、パーソナリティのような安定した特質に加え、信念や意図のような心的状態も含まれた)

3 独立志向と非同調
自分の独自性を培おうとする意欲に駆られた人々は、由緒ある伝統や先人の知恵を尊び、博識の年長者を敬う気持ちをしだいに失っていった。

4 非人格的向社会性
日々の暮らしがしだいに、非親族や見ず知らずの他人と付き合うための非人格的規範に統制されるようになるにつれて、人々は、公平な規則や非人格的な法律を好むようになっていった。(社会関係、部族意識、社会階級といったものとは無関係の集団や共同体(都市、ギルド、修道院など)に属する人々に適用される規則や法律)

最もWEIRDな宗教 プロテスタンティズム

プロテスタンティズムとは、個人の信仰心、および神との直接の関係を精神生活の中心に置く、キリスト教諸教派の総称。

大仰な儀式、巨大な聖堂、多大な犠牲、聖職の受任といったものはほとんど何の意味ももたず、むしろ真っ向から非難される可能性がある。個々人が、自らの選択の力を通して、神との間に直接、個人的な関係を築いていく。そのための方法の一つが、一人または小グループで聖書を読み、その言葉にじっくりと思いを巡らすことにある。

プロテスタントの教義が急速に広まっていった理由の一つは、その核心にある宗教的価値観や世界観が、その時代のプロトWEIRD心理にぴったり適合していたから

カトリック教会とプロテスタンティズム

1:位階制度が確立されているカトリック教会とは違って、プロテスタンティズムの場合には、民主主義の原則に基づいて自治を行なう、独自の宗教組織を作り上げる必要があった。


2:プロテスタンティズムは識字能力を高め、学校教育を推進し、印刷機を普及させた。こうしたことは結果的に、中産階級の強化、経済生産性の向上、そして自由な言論の促進につながっていく。

3:法の公平性、個人の自主独立、表現の自由といったものが、ますます人々の心を惹きつけ、社会に不可欠なものとなる。

7 イノベーション

関与する頭脳集団の規模が大きいほど、累積的文化進化のスピードは速くなる。何かを学んだり、何かに取り組んだりする人々のネットワークが大きいほど、偶然のひらめきであれ、幸運なミスであれ、慎重な実験の成果であれ、あるいは何らかの組み合わせであれ、個々人が新たな価値を生み出すチャンスが増す

個人間の相互連絡性が高いほど、つまり、学ぶ側と教える側のつながりが何世代にもわたって保たれているほど、累積的文化進化のスピードは速くなる。また、学習者がアクセスできる師匠、専門家、その他の人々の多様性が高いほど、誰から学ぶか、どんなことを学ぶかという選択の幅が広がる。豊かなつながりをもつ学習者は、それぞれ異なる達人からスキルや習慣やアイデアを模倣し、それを意図的にであれ偶然にであれ、組み合わせることによって、新しいものを「発明」することができる。

「イノベーションを含めた累積的文化進化は、つまるところ、ヒト社会を集団脳に変えていく社会的・文化的プロセス」

人々の「心理変化」と「制度の発展」この二つの共進化こそが、ヨーロッパの集団脳の成長を促した。非人格的信頼の水準が高まって、同調傾向が低下し、識字能力が向上して、独立志向が強まるなど、心理面に変化が生じたことによって、ヨーロッパに暮らす人々やその共同体の間では、アイデア、信念、価値観、習慣などがよどみなく伝わるようになっていった


8 文化と遺伝子

ヒトは、極めて文化的な生物種であり、これまで100万年以上にわたって、複雑なテクノロジーや言語、制度といった累積的文化進化の産物が、ヒトの遺伝的進化を駆動して、その消化器系や歯や足や肩のみならず、脳や心理をも形成してきた。
あらゆる文化は変化するので、先祖代々若い学習者たちは、分配規範や、食のタブー、性役割、技術的要求、文法規則といった常に変化し続けるものに、自らの心と身体を適応させ、修正することを余儀なくされてきた。


・これまでの主要なプロセス

WEIRD(ウィアード)現代人の奇妙な心理・下
〜経済的繁栄、民主制、個人主義の起源〜(ジョセフ・ヘンリック 著)より

日本・韓国・中国

日本、韓国、中国のような一部の社会が、WEIRDな社会の作り出した経済システムやグローバルな機会に適応できている理由も理解しやすくなる。
(これらの社会はみな、農耕の歴史が長く、遥か昔から国家レベルの統治を経験しており、そのおかげで、正規教育や、勤勉さ、そして満足の先延ばしを奨励するような、文化的価値観、習慣、規範の形成が促されてきた。それがたまたま、WEIRDな社会から導入した新たな諸制度にぴったり適合したのである)
第二に、上意下達型を志向する傾向の強い社会であるがゆえに、鍵となるWEIRDな社会の親族制度を、迅速に導入して実行に移すことが可能だった。たとえば、日本は、1880年代の明治維新のさなかに、一夫多妻婚の禁止をも含めて、WEIRDな民事制度を模倣するようになった。

WEIRD

Western(西洋の)、Educated(教育水準の高い)、Industrialized(工業化された)、Rich(裕福な)、Democratic(民主主義の)という単語で構成したもの。

個人主義的傾向や独立志向が強くて、集団に同調せず、分析的にものを考え、公平公正の原則を重んじて、身内びいきを嫌う。