WEIRD現代人の奇妙な心理・下
WEIRD(ウィアード)現代人の奇妙な心理・下
〜経済的繁栄、民主制、個人主義の起源〜(ジョセフ・ヘンリック 著)
1 心理的多様性について
1.1 心理的多様性を説明するには?
1.2 WEIRD社会はなぜ標準から外れており、地球規模で見た心理や行動の分布の最端部に位置するのか?
1.3 心理的差異は、過去数百年に起きた産業革命やヨーロッパの世界進出に、どのような役割を果たしたのか?
1.4 心理的多様性に遺伝子は関与しているか?
POINT
ものごとの捉え方、考え方、感じ方、推論の仕方、道徳的判断の下し方は、個人により、集団によりそれぞれ異なる。ヒトの心理は何世代もかけて文化的に適応していくものであるがゆえに、大規模な社会変化が起きると、人々の文化心理と新たな制度や習慣との間に齟齬が生じ、その結果、自己の存在意義やアイデンティティを揺るがす事態になる。それは今後も続いていく。
2 一夫多妻婚
集団生活をする霊長類の中に、一雄一雌制で暮らす動物はいない。男性の繁殖成功度は、配偶者の数が多ければ多いほど高まった。それに対して、女性の場合は単に配偶者の数が多くても増加しない。女性は男性とは違って、体内に胎児を宿し、乳幼児を養い、さらに上の子たちの面倒を見る必要があったからである。
狩猟採集社会は一夫多妻婚を容認しており、男性の14%、女性の22%が一夫多妻婚だった。
一夫多妻婚の問題
一夫多妻婚は、結婚の見込みが薄く相手のいない、社会的地位の低い未婚の男性を大勢生み出してしまう傾向がある。その結果として、男性同士の競争が激化し、さまざまなことをきっかけに暴力に訴えたり、犯罪に走ったりする男性が増える
厳格なキリスト教の一夫一婦制
・一夫一妻制というだけでなく以下のような規制を行った
・教会は神を持ち出して、男女双方の性的な破戒行為を監視し処罰した
・教会は、離婚を困難にし、再婚をほぼ不可能にし、男性が別の女性を一人ずつ順に妻にすることができなくなった
一夫一婦制の効果
3 商業と協力行動
商業というものは、個人ばかりでなく、国家も相互に役立たせることによって、人間を互いに兄弟のように親しくさせる働きをする平和的な制度と言える。通商の発明はどのような手段によってもかつて成し遂げられたことのない、普遍的な文明に向かっての最大の前進だった
市場規範があることによって、非人格的取引の場で自分や他者を裁く基準が確立されるとともに、初対面の相手や匿名他者と信頼関係を築き、公平性を保って、協力し合おうとする動機が内面化されていく
これまでとの違い
古代や中世には、ヨーロッパ外のさまざまな社会が、繁栄する市場をもち、広範な遠距離交易を行なっていたが、それらは概して、人間関係のネットワークや親族ベース制度の上に築かれたものであって、非人格的な交換規範の上に築かれたものではなく、そこには、広く適用される公正の原則も、非人格的な信頼も存在しなかった
POINT
制度というものは、ヒトの社会心理の形成に重要な役割を果たす可能性がある。商人が主導権を握る都市が成長することによって、市場統合の水準が引き上げられるとともに、おそらく非人格的な信頼、公正さ、協力の水準も高められていった。
4 戦争の影響
・衝撃を受けると、ヒトの相互依存心理が刺激されて、頼みにしている社会的絆や共同体への投資を増やすようになる
・社会規範は、集団が生き残るために文化的に進化したものなので、戦争やその他の衝撃的事態に直面すると、こうした規範やそれにまつわる信念を奉じる傾向が強まってくる可能性がある。
・集団間競争と集団内競争とを分けて考える必要性
集団間競争
他集団との競争において自集団の成功を促すような、信念、習慣、風習、動機、方針を利する。そのため、集団間競争があるとたいてい、仲間への信頼や、協力行動が促進される
集団内競争
企業、組織、その他の集団の内部で起こる個人間または派閥間の競争。同一企業内の他者に対する個人の優位性をもたらすような、行動、信念、動機、習慣などを利する。
・穏やかな集団間競争
WEIRDな経済、政治、社会制度には、ある種の集団間競争がいくつかの方法で組み込まれている。チームスポーツ、宗教、任意団体など。ヨーロッパでは、政体間の競争が持続したことによって、経済、政治、社会制度の内部に、穏やかなタイプの集団間競争が埋め込まれていった。
5 市場
商人の割合が国民全体に与える影響
国民全体に占める商人の割合が高くなると、商人たちが必ずや、誠実さや几帳面さを社会に広めるので、これらが商業国家の第一の美徳となる。
時間の考え方
個人主義的傾向が強まりつつある社会的状況の中で、砂時計や時鐘や懐中時計のようなテクノロジーや、「時は金なり」といったメタファー、さらには時給や出来高払い制などの文化的習慣が共進化を遂げることによって、時間についての根本的な考え方が形成されていった。時間は、いまだかつてなかったほど直線化、数値化され、常に一定の速さで流れ去る通貨となった。
パーソナリティ
五つの独立したパーソナリティ特性(因子)をもつという考え方。
1 経験への開放性(冒険心)
2 誠実性(自己鍛錬)
3 外向性(反対は内向性)
4 調和性(協調性/思いやり)
5 神経症傾向(情緒不安定性)
WEIRDな人々はなぜ、人間の行動の原因を状況や人間関係よりも個人の性格に帰する傾向が他の人々に比べてはるかに強いのかも、またなぜ、自分が首尾一貫した態度をとれないとひどく不快に感じるのか(認知的不協和)も説明しやすくなる
6 法、科学、宗教
この数百年の間に、西洋の法、科学、民主政治、そしてヨーロッパの宗教が世界中に広まった
WEIRDの4つの心理
最もWEIRDな宗教 プロテスタンティズム
プロテスタンティズムとは、個人の信仰心、および神との直接の関係を精神生活の中心に置く、キリスト教諸教派の総称。
大仰な儀式、巨大な聖堂、多大な犠牲、聖職の受任といったものはほとんど何の意味ももたず、むしろ真っ向から非難される可能性がある。個々人が、自らの選択の力を通して、神との間に直接、個人的な関係を築いていく。そのための方法の一つが、一人または小グループで聖書を読み、その言葉にじっくりと思いを巡らすことにある。
カトリック教会とプロテスタンティズム
1:位階制度が確立されているカトリック教会とは違って、プロテスタンティズムの場合には、民主主義の原則に基づいて自治を行なう、独自の宗教組織を作り上げる必要があった。
2:プロテスタンティズムは識字能力を高め、学校教育を推進し、印刷機を普及させた。こうしたことは結果的に、中産階級の強化、経済生産性の向上、そして自由な言論の促進につながっていく。
3:法の公平性、個人の自主独立、表現の自由といったものが、ますます人々の心を惹きつけ、社会に不可欠なものとなる。
7 イノベーション
「イノベーションを含めた累積的文化進化は、つまるところ、ヒト社会を集団脳に変えていく社会的・文化的プロセス」
人々の「心理変化」と「制度の発展」この二つの共進化こそが、ヨーロッパの集団脳の成長を促した。非人格的信頼の水準が高まって、同調傾向が低下し、識字能力が向上して、独立志向が強まるなど、心理面に変化が生じたことによって、ヨーロッパに暮らす人々やその共同体の間では、アイデア、信念、価値観、習慣などがよどみなく伝わるようになっていった
8 文化と遺伝子
ヒトは、極めて文化的な生物種であり、これまで100万年以上にわたって、複雑なテクノロジーや言語、制度といった累積的文化進化の産物が、ヒトの遺伝的進化を駆動して、その消化器系や歯や足や肩のみならず、脳や心理をも形成してきた。
あらゆる文化は変化するので、先祖代々若い学習者たちは、分配規範や、食のタブー、性役割、技術的要求、文法規則といった常に変化し続けるものに、自らの心と身体を適応させ、修正することを余儀なくされてきた。
・これまでの主要なプロセス
日本・韓国・中国
日本、韓国、中国のような一部の社会が、WEIRDな社会の作り出した経済システムやグローバルな機会に適応できている理由も理解しやすくなる。
(これらの社会はみな、農耕の歴史が長く、遥か昔から国家レベルの統治を経験しており、そのおかげで、正規教育や、勤勉さ、そして満足の先延ばしを奨励するような、文化的価値観、習慣、規範の形成が促されてきた。それがたまたま、WEIRDな社会から導入した新たな諸制度にぴったり適合したのである)
第二に、上意下達型を志向する傾向の強い社会であるがゆえに、鍵となるWEIRDな社会の親族制度を、迅速に導入して実行に移すことが可能だった。たとえば、日本は、1880年代の明治維新のさなかに、一夫多妻婚の禁止をも含めて、WEIRDな民事制度を模倣するようになった。
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