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WEIRD現代人の奇妙な心理・上

WEIRD(ウィアード)現代人の奇妙な心理・上
〜経済的繁栄、民主制、個人主義の起源〜(ジョセフ・ヘンリック 著)


1. WEIRDな人たち

ヒトの心理や行動について、実験結果として知られている事柄のほとんど
は、西洋社会の大学生を対象に行なわれた研究に基づくもの(北ヨーロッパ、北アメリカ、オーストラリア)であったが、WEIRDな人たち(西洋人で教育水準の高い、民主主義な人たち)の結果は世界的には独特なものである

個人主義

WEIREDな人たちは、現代世界に生きている大勢の人々や、過去に生きていた大多数の人々とは違い、極めて個人主義的で、自己に注目するとともに、自制を重んじ、集団への同調傾向が低く、分析的思考に長けている。人間関係や社会的役割よりも、自分の本来の性質や、業績、目標を重視する

WEIRD現代人の奇妙な心理・上 (ジョセフ・ヘンリック 著)より

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2. 親族ベース制度

親族関係の秩序を維持する社会規範の集合体。WEIRDと対照的な従来の制度
(例えば、クック諸島において、男性には、またいとこが殺害されたら仇討ちをする義務があり、母親の兄弟の娘と結婚する権利があるなど)。人々は広い範囲から友人やビジネスパートナーや配偶者を探すことができない。財産を共同で所有する。

家族は、ヒトがこの世に生まれて最初に出会う制度であり、ほとんどの社会ではごく最近まで、大多数の人々の生活を規定する中心的な枠組みだった。そのため、ヒトの思考や行動を形成する上で、家族が基礎的な役割を果たしていた

・緊密な親族ベース制度は、個人を、集団アイデンティティ、共同所有、集団的恥辱感、そして連帯責任の網に絡めとることによって、共同体を一つに束ねていく

・親族ベース制度の人たちは、人間同士の結びつきや関係性に関心を向けるようになる。それに対し、親族の絆が希薄な社会しか経験していない人々は、自分の個人としての能力、資質、特性を拠り所に、他者との互恵関係を築こうとする

・各地での親族ベース制度の緊密度の違いは、食糧生産の発展とともに地理や気候、有病率(マラリアなど)、土壌肥沃度、航行可能水域、そして栽培植物や飼育動物の利用可能性の違いに行き着く

親族関係から教会による個人主義への信奉

親族関係の締め付けの中で、人々は教会(キリスト教)が抽象的な権利、特権、責任、そして組織に対する義務を与えることに信奉していった。普遍的道徳や自己責任を唱え、自由意志を強調する宗教は広まっていった

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3. 文化が果たす役割とは

文化、制度、心理はどのように作用し、共進化していくのか。社会はなぜ、どのようにして規模や複雑度を増大させていくのか?その過程で宗教はどんな役割を果たすのか?

文化が遺伝的要因に関係なく、人を生物学的に変化させる

文字を読む学習により、専用の脳内ネットワークが構築され、それが、記憶、視覚情報処理、顔認識といったいくつかの領域にまたがるヒトの心理に影響を及ぼす。読み書き能力は、基本的な遺伝情報を書き換えることなしに、人々の生理や心理を変化させる。

文化には知覚、動機、性格、感情などヒトの心のみならず、脳やホルモン状態や体の構造までをも変える力がある。

識字率の急上昇

ずっと低かった識字率は、16世紀にヨーロッパで急激に高まるようになった。ルターの宗教改革とともに聖書(プロテスタンティズム)が広まるのと同時に、識字能力や学校教育が普及した。

1:宗教的信念には、人々の意思決定や心理、社会のあり方を方向づけていく力がある
2:文化(信念、習慣、テクノロジー、社会規範)には、動機づけや知的能力や意思決定バイアスなど、ヒトの脳や生理や心理を形成していく力がある
3:文化によって引き起こされた心理的変化は、人々が何に注意を向け、どのように意思決定をし、どんな制度を好み、その後に起こるあらゆる事柄の方向性を決定づける力がある

人の本性

1:ヒトは文化的な動物である。ヒトの脳や心理は、他者の心や行動から情報を集めてきて、それを蓄積し、整理するための特別仕様になっている
2:文化進化によって、社会規範がまとめられ、制度ができあがる。規範の習得に長けているヒトは、どんな社会規範でも幅広く習得することができる
3:制度というものはその中で活動している者にはよくわからない。文化進化はゆっくりと、巧妙に、しかも意識に上らないところで作用するので、人々は自分たちの制度がどうしてうまく機能するのかを理解していない

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4. 社会の規模拡大はいつどのように起きたか

父系氏族制
1婚後居住規定:新婚夫婦は夫の父親の家に居住する
2相続と所有:父親を通して共同所有する
3連帯責任:氏族全体で血の代償を支払う
4近親相姦のタブー:自分の氏族との結婚は禁じられている
5取り決めによる結婚:娘の結婚を戦略的に決める権利
6指揮統制:年齢性別で権限が決まる
7神と儀式:祖先は超自然的力を持つ存在となっていく

超自然的なものに対する信念や儀式はなぜ生まれたか

1:自分自身の直接経験や直感よりも他者から学んだことを信じようとするヒトの性質
2:ヒトの脳が進化する際の手違いから生まれた心理的副産物の存在
3:集団間競争が文化進化に及ぼす影響

窃盗、詐欺、殺人などをすると神罰が下ると人々が信じるようになれば、逃げおおせる場合であってもあまりしなくなる。そのため、そのような神を信奉している共同体は繁栄し、勢力圏や版図を広げ、他の共同体の手本にされる可能性が高まっていく。
また世界中どこでも歴史をさかのぼると、始祖を神格化してきた。氏族制度では通常、年齢とともに長老により大きな権威が与えられていくので、重鎮である長老が他界し、その話が伝説として語り継がれていくうちに、尊敬の念が深まり、やがて、畏怖、敬意、恐怖の感情が入り混じったものになる

キリスト教が広まる以前のヨーロッパの部族に見られた傾向

1:人々は部族やネットワーク内で親族ベース組織に縛られて生活していた
2:相続や婚後居住規定は父系に偏っており、結婚した夫婦はたいてい、夫方の家族世帯で生活していた
3:多くの親族が、共同で領地を所有していた。親族の同意なしには、土地を売却することも譲渡することもできなかった
4:共同責任を問われ、親族集団間の紛争に対して懲罰を与えたり罰金を科したりする際に、個人が考慮されないこともあった
5:親族ベース組織が、成員を危険から守り、いざというときの保険の役目も果たした。高齢者の世話だけでなく、病気やけがや貧困の世話も親族ベース組織の役割だった
6:取り決めによる親族との結婚が習わしだった。花嫁の持参金や婿のその親族が払う花嫁代償のような結婚に伴う金銭や財物の授受も一般的だった
7:地位の高い男性たちの間では一夫多妻婚が一般的だった

中世ヨーロッパ:教会による変化

教会は二人目以降の妻をすべて厳しく禁じ、跡継ぎ戦略としての一夫多妻婚の切り崩しを図った。そして本人の遺言という方法で、個人的所有や相続を促していった

教会の教えにより、財産を放棄し放棄された財産が教会の金庫を通して貧民に流れるとともに、教会の蓄財が進むこととなる

居住地の流動性から都市共同体へ

中世のヨーロッパでは、緊密な親族ベース制度が崩壊するにつれてしだいに、親族関係の面でも居住地の面でも、身動きが取りやすくなっていった。家族の義務や、代々受け継がれてきた相互依存関係から解放された個々人が、それぞれ独自の仲間(友人、配偶者、ビジネスパートナー)を選んで、独自の人間関係ネットワークを構築するようになっていった。人間関係に縛られなくなったことで、居住地の流動性が増し、個人や核家族が、新たな土地や成長しつつある都市共同体へと移住していった。


5. 主要ポイント

1 西方教会に曝露した期間が長い集団ほど、現在、一族の絆が弱く、また、心理面ではWEIRDな傾向が強い

2 親族ベース制度が人々の心理に及ぼす影響は、文化として受け継がれて持続する

3 地域差を生み出したのは、教会ではなく、歴史の歩みの中で灌漑農業や水稲栽培の生産性を高めてきた生態的・気候的要因である