遮断した世界(ショートストーリー)

ここは雨の国。
青空は生まれて一度も見たことがない。

今日も学校、傘をさして登校。
イヤホンをして、世界を遮断。

傘は好きだ。
僕の顔を隠してくれる。
音楽も好きだ。
現実を忘れさせてくれる。

ウォークマンの中には、君の歌が入っている。
君が僕にくれた唯一のものだ。

1番から5番までをループするのが好き。
その中には君がみんなに宛てたインスト曲が入っている。
ラストの歌はアカペラらしいが、ひとりで聴いてと言われて、今も聴けずにいる。
それがポジティブでもネガティブでも、踏み込めずにいる。

君は今、難病と戦っている。
ガラス越しの君は、唇だけを動かして、なにか伝えたがっている。
だけど、君に無理はさせられなくて、お医者さんからも止められている。
届きそうで届かない。無力な自分が嫌いだ。

でも、ずっと逃げ続けることはできない。
君の手術が決まり、僕は決めた。

成功を祈り、聴いたよって言うために。

病院の屋上にフラッと来た僕は、入り口のドアに背をおき、ズルズルと座りこんだ。
カチッと勇気を出して、スタートボタン。

『キミが私にしてくれた。すべてのことが尊くて』
『なにも出来ない私のこと。諦めないでいてくれる』
『ありがとう、ありがとう』
『いつか元気に笑うから、キミの世界に行きたいよ』

『もしも……』
ブツッと、歌はそこで切れた。

衝動的に君の場所へ駆けた。
でも、君はもう手術中。
中に入ることはできない。
祈ることしかできない。

後悔した。
聴かなかったこと。
心細げに向けられる視線に、ふいっといつも顔を背けてた。
君はとても哀しそうだったのに。

君は僕に、なにを伝えたいの?
僕は君がいるから、この世界で待ってるんだよ。
生きたいと思えるんだよ。
「大好きなんだよ!!」

手術中だと言うのに、扉の前で僕は叫んでた。

バンッと扉が開いて、静かにするように注意された。
だけど、後悔なんてしてなかった。

生きろ。
生きろ。
また歌おう!
これから、また!

歌がもう嫌ならやめてもいい。
それでも僕は、僕は……!!

君が好きなんだと気づいた。

+

その後、無事手術は終わり、僕は担当医に呼ばれた。
「あなたがしたことは人殺しと同じだよ」

僕は項垂れた。
そうだ。これは……。

僕の自己満足。

「けど」
「?」

「あの時、彼女は心停止してたんだ」
「……え?」

そして、笑って言った。

「あなたは彼女の命の恩人だ」と。

面会OKになるまでには時間がかかった。
あの時叫んだこともあって、要注意人物とされていたのだ。

眠っている君を傍らで見守った。

手を握ると、ピクリッと目を覚ます。
チラリッと目だけが僕を見て、「聴いてくれたの?」と微笑した。
「聴いたよ。途中で切れたけど」

すると君は天井を見上げ、じっと見据えた。

「私達、おんなじだね」
「同じ?」

そして、ふと僕を見た。

なにが同じかはわからない。
だけど、その続きが知りたかった。

「私はもう暗闇にいないわ。キミのように世界を遮断してないの」
「世界を遮断……。それなら、僕らは」

「伝えようとした私、聴いてくれようとしたキミ。おんなじだよ」

「でも……」

僕はまだ、なにも変わっちゃいないのに。

「もしもキミがまだ暗い場所にいるのなら、私を支えて、私に支えさせて欲しいの」
「ね?」って首を傾けた君の瞳が、いたずらっ子のように光って。

眩しかった。

「どんなに間違えてきたって、過去には進めないじゃない」

「……そうだね」

そりゃそうだ。過去は変えられないし、過去には進むことはできない。

「生きる理由、私は決めたわ」

震える手で僕の服の裾、ギュッてして、「一緒にいて!」と精一杯伝えてくれた君のこと。
愛せる世界があるのなら……。

僕はいつもつけっぱなしのウォークマンを外して、君に預ける仕草をした。

「君が戦ってきたこと、僕はずっと見ていたし、どんなに苦しんでいたって、未来が開けることも知った。だから!」

僕も選ばなきゃいけないんだ。
今、その時期なんだ。

「ありがとう」
「……ありがとう」

後で聞いた話、一応手術は成功したものの、油断ならない状態は、続くそうだ。
それを君も知っている。

だからこそ、今伝えなきゃいけないことを伝えてくれたんだ。
僕も動こう。世界に、君を映して。

+

その日の僕らに応えるように、世界は光に包まれた。

end


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