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【小説】推しグル解散するってよ⑫

 いつまでも、さよならを回避できる場所に立っていたくて、GAPと関係のない場所に居座ろうと努力もしたが、上手くいかない千晶と真紀であった。
若手の男性アイドルを見てみたりもしたが、嫌な癖が出て、ステージパフォーマンスはいちいちGAPと比べたりなんかした。
若い彼らは何もかも素晴らしくて、そう、GAPの2年目、3年目に比べたらとんでもなく優秀だった。
それを見る度にGAPの2年目とかマジでやばかったな~なんであれを応援してたんだろうなんて薄情なことを口走ってみたりもした。
優秀な若いグループの素晴らしさをそのまま受け止めることができたなら、きっと千晶も真紀もこのGAPの解散の悲しみや寂しさを紛らわすことができたのだろう。
 周囲にはさんざん言われた。
このタイミングで婚活をしろ、仕事に奔走しろ、資格でも取れ……様々なことを言われて、頑張って感情を動かそうと努力もした。
けれど、どうにもならない感情がそこにあった。
 10月の福岡公演を終え、もうカレンダーは12月を指していた。
福岡公演は、まだ解散まで2カ月あるという心の余裕と、結局生で見る彼らの魅力にやられて千晶も真紀も悲しみよりも楽しさの方が圧倒的に勝った。
最後となるツアーのセットリストは往年の名曲から、ここ数年で出した新しい曲までぎっしりと詰まったものだった。
彼らからのメッセージや、大画面に映し出される過去の映像には何度か涙したが、それよりも笑顔の時間の方がずっと多かった。
 千晶と真紀は宣言通り福岡で美味しいラーメンともつ鍋を食べて、予約したビジネスホテルに酒を持ち込んでよなよな公演の感想を熱く話し合った。
遠征を伴うコンサートはつくづく楽しいものだと二人は感じていた。
前日から着替えを準備し、大きめのバッグを準備し、仕事の時より早起きだというのに不思議とスッキリと目覚め、空港や新幹線の駅まで向かう。その日が寒くても、暑くても、ちょうどよい気温でも、その全ても思い出と変わる。
飛行機や新幹線の中からファン同士でしゃべり倒し、同じ公演に向かうであろう他のファンを見て同志だ、と笑んでみたり。
 二人で向かう遠征の楽しさはもうこれで最後かもしれないと、噛みしめようか迷ったが二人とも敢えてそれはしなかった。
千晶の推すリョウタの先の活動が見えない以上、もう千晶が遠征をしてまで誰かを応援しに行くかどうかわからなかったが、最後であることを噛みしめてしまったらとてつもなく苦しくなってしまいそうで。
だから、ただ、いまある楽しさだけを噛みしめた。
 福岡では実家と会社にお土産を買い、二人は笑顔で別れた。
 
 12月に入った途端、急激な寒波が日本を襲った。
真紀はおしゃれなリビングにちょこんとコタツを置いた。実家の自室から持ってきた年季の入ったものだ。
時折それに入りに修がやってきた。
二人で師走の浮足立ったテレビ番組を見ながら、ミカンを食べたりした。
周囲から見れば美形の姉弟だが、二人自身は幼い頃から変わらず庶民的な性格であった。
「姉ちゃん、最後に行くGAPのライブっていつなの?」
「今月の28日だよ。」
「そっか、米村さんも行くの?」
「うん。」
修はミカンの白いところを律儀にとりながら聞いた。
真紀は反して白いところを一切気にせずどんどん房を口に放りこんだ。んー酸っぱいね、これ、と言いながら。
修がひと房、口に入れる時には真紀はもう一つのミカンを食べ終わっていて。
「楽しんでおいでね、姉ちゃんも米村さんも。」
「うん、もちろん。」
真紀は笑顔でうなずく。
「姉ちゃん、ほんとにGAP終わっちゃうんだなあ。」
「何で修がそんな悲しんでんのよ。」
ファンかのように落ち込む修に真紀は目を丸くして聞く。
「俺が小学生の頃から姉ちゃん、GAPと共に生きてきたでしょ。そういう姉ちゃんが見れなくなるんだなって。俺のそばには米村さんっていうもう一人強めのGAPファンがいたからさ、何か俺まで寂しくなっちゃって。」
「人を見せモンみたいに言わないでよ。」
真紀は笑いながら修に言った。
「そういうわけじゃないけどさ。」
「まあ、大二郎が活動し続けるならオタクではあり続けるよ、あんたの姉ちゃんは。」
修は、まあね、とだけ返して次の房を口に入れた。
真紀はそういえば、といった調子で呟く。
「あんたさあ、ちぃのことなんで米村さんって呼ぶようになったの?思春期のせい?」
唐突な質問に、修は、え、とかたまった。
保温ポットに入れたお茶を自分のカップに注ぎながら、修は仕方なさそうに答えた。
「嫌がられたんだよ、中学ん時に。もうちぃちゃんって呼ばないでって。」
「ちぃに?」
「そう。」
「へっ、なんで?」
「はっきり本人には言われなかったけど、多分俺の周りにいた女子が米村さんに嫌がらせしてたみたいでさ。俺と仲良くすると面倒なことになるからやめてほしかったみたいで。」
「へ、へえ……知らなかった。」
「そりゃ姉ちゃんの弟なんだから米村さんも姉ちゃんには話さないでしょ。」
ズズ、と温かいお茶をすする。
「中学に上がってから周りに集まってくる人が変わって、俺の存在が俺から離れてく感じがして。勝手に周りから神聖化されてるみたいな?」
「あんたホントは根暗なのにね。」
「うるさいな……いや、でも実際そうなんだよね。ホントは米村さんたちのグループに混ざって昨日見たアニメの話とかしたかった。」
「でも行けなかったわけね。」
「男子もさ、本当はそっちのグループの人たちの方が好きだったんだよね。のんびりしてて。」
端正な顔立ちの、周囲から見たら勝ち組と騒がれそうな修が、姉にしか見せない弱い表情をしていた。
「でも俺が話に混ざろうとすると人見知り発揮されちゃうっていうか、敬遠されてる感じがあって。そっから、俺が人に深入りすると迷惑なのかなって考えるようになっちゃった。」
「ふーん、なるほどねえ。」
「それで出来上がったのがこのこじらせ三十路男よ!」
修は姉に向けて自分の胸をドンっと叩いて見せた。
なに堂々と言ってんのよ、と真紀は笑いながら二つ目のミカンに手を伸ばした。
「姉ちゃん、俺が去年つきあってた子覚えてる?」
「ああ、覚えてるよ。コンパで知り合った可愛い子でしょ?」
「その子にフラれた時、言われたんだよね。思ってたよりつまんなかったって。」
「そんな失礼なこと言われたの?」
「そう。彼女に深入りしすぎないように…相手のプライベートを尊重して…なんて考えてつきあってたらそんな結末。」
「……難しいね。思春期って数年で終わるくせに、そん時ついた傷って結構いつまでも残っちゃったりするのね。」
真紀はふと、先日後輩から言われた『信じて下さい』という言葉を思い出していた。
自分に沁みついた考え方や生き方は大人になってから早々変えられない。それにきっと完全に変わる必要はない。でも、もし、少しだけ変えることでラクに生きられることができるなら。
変えてみることも悪くはないのかもしれないと、ぼんやりと思った。
 長女だし、たまたま仕事ができたし、信用されているし、なんとなく完璧な人として周りから見られてるし、だからそういう自分でいようとしていた。
それは強制でもなんでもなくて、ただ、自分が勝手にそうしていた。なんとなくしっかりしていようと思っていた。それが最善なんだと思っていた。
 修も修できっと、求められている自分を、期待に応えるように生きていたのかもしれない。
それがだんだんと、自分らしさ、というものをわからなくさせていったのかもしれない。
「修はさ、変わりたい?」
 真紀は手に取った二つ目のみかんを剥き始めながら修に聞いた。
修が答える言葉を探している間に真紀はもう一つ聞いた。
「ありのままの自分を受け入れてもらいたいとか思う?」
「ありのままの自分がそもそもよくわかんないかも。」
修は悲しいわけでも、切ないわけでもない、だけど少しだけ苦い笑顔で真紀に答えた。
「そうだね。姉ちゃんも自分のありのままってよくわかんない。」
同じような苦虫笑顔で真紀も修に返す、けれど修は笑った。
「姉ちゃんのありのままはさ、超仕事できて、しっかりしてて、だけど実はめちゃくちゃ泣き虫でどうしよもなくて、それがありのままでしょ?」
「それって褒めてる?ディスってる?」
「どっちもかな。」
何それ、と唇を尖らす真紀に修は今度はとぼけたように返した。
「姉ちゃんはそういう二面性があるんだから変わんなくたっていいんじゃない。そのままでいれば人はついてくるでしょ。」
不意をつく修からの褒め言葉に、真紀は思わず泣きそうになるのをこらえた。
「姉ちゃん、GAPが解散することで自分も無理して変わろうとしてない?こんな広いマンション住みながらも不釣り合いなちんまりしたコタツ置いちゃうような人なのに、大二郎が新しいステップを踏もうとしてるから自分も何か変わんなきゃって意気込み過ぎてる気がする。」
真紀はあまりに図星なことを言う弟に何か反論したかったが、何も言えなかった。
まあ、そうだね、とみかんの房を口に入れることでその時間をやり過ごした。
 修は、そんな姉を見ながら自分もみかんの房を口に入れ、酸っぱい、と独り言を言った。


へ続く

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