【親子ワーケーション4日目】忙しいのは良いこと、ですね?
「忙しいのは良いことですね」に正面からイエスと言える職業人はどれくらいいるだろう。
石川啄木の歌を思い出す。「こころよく我に働く仕事あれ それを仕遂げて死なむと思う」、やりがいのある仕事をやり遂げて死にたい、という歌だ。
ワーケーション4日目。出発前に意気揚々と書いた「やること」リストはクライアントワークの欄にしか〇がついていない。うぬぬ。
今日は仕事はオフにして、子どもたちと富山を満喫すると前夜に決めていた。当日が〆切の原稿提出以外は「やること」リストから外す。
5時起きして原稿を仕上げ、メールを送って、電話をして、「やらなければいけないこと」は完了。よし、今日はここまで。
前日も受託仕事の執筆に追われていた。「やりたいこと」リストはほとんど未着手のまま。一番に取り掛かるつもりだったコンサルティングの課題も、ノートに一言メモをして止まっている。
カウンセラーさんに「受託仕事でいっぱいいっぱいでワークが進みません!」と弱音を漏らすと、彼女は「忙しいのは良いことですね」とすぐに返事をくれた。
忙しいのは良いこと、間違いない。でも、すぐにイエスの返事がでてこない。仕事があるのはフリーランスの生命線なのに、今、この状況を良いことと思えない。
これはどういうことか。
1年半くらい前、ライターになりたいと思っていたころ、どうにか仕事をもらおうと、あちこちに応募して、書きまくっていた。「やりたいこと」リストに書く仕事が入っていて、忙しくできることがうれしかったんだと思う。
今、ライターの受託仕事は「やらなければならないこと」リストの中にあるもののほうが多い。更新され続ける「やりたいこと」に埋もれて、押し出されてしまった。
初心を忘れてはいけない。うぬぬ、なのは、むしろこの状況ではないだろうか。忙しくさせてもらっているのは、ありがたいことに違いない。
でもね、でも、「やりたいこと」に敏感で、貪欲でいるのも、悪くないと思う。冒頭の石川啄木の歌を思い出してほしい。
生活に困って「ぢっと手を見」ていた彼だって、やりがいがある仕事をして死にたい、なんて歌っている。
忙しいのは、良いこと。謙虚に、ひたむきに、これからも書き続ける。
同時に、貪欲に「こころよく我に働く仕事」を追いかけ続けたい。それをやり遂げて、今日もビールを飲まむ、でしょ。
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