Aesopの香水は終わったのか。全10作、悲哀のレビュー
ぼちぼちイソップに触れないわけにはいきません。なぜなら、私が香水の沼にはまる原点だったからです。いつだったか忘れましたが、プレゼントを買いにイソップに立ち寄ったときに、初めてフレグランスを売っていることを知りました。
イソップのフレグランスづくりは失敗の歴史だったそうです。植物学や藻類学を学んだ調香師Barnabé Fillion(バーナベ・フィリオン)と出会ったことで、フレグランス作りの技術が抜本的に生まれ変わり、いまに至っているとのこと。その生誕ストーリーと謎めいたバーナベ・フィリオンの人物像に深く引き込まれ、愛用するようになりましたが、アザートピアスコレクションの不可解な販売戦略により、イソップに対する見方が一変しました。
そんな話を交えながら全種類、発売順に主観レビューしていきます。現在発売されているボトルのフレグランスはすべてオードパルファム(EDP)なので、香りの持続時間も長めです。
Classic クラシック
スタッフが「クラシック(古い安物というニュアンスを感じる)」と呼ぶので、不本意ながら分類しました。私はクラシックこそが、バーナベ・フィリオンと共に歩んできたイソップのフレグランス作りの歴史そのものであり、これらをクラシックと名付け呼ぶことに違和感しかありません。
Marrakech Intense | マラケッシュ インテンス
イソップがバーナベ・フィリオンと運命的に巡り合い、新たな香り創造の道を切り拓いた。その第一歩として誕生したこのフレグランスは、まさにイソップの原点を象徴する一品である。
モロッコのマラケッシュからインスピレーションを得たエキゾチックな香りで、トップノートはスパイシーなクローブが鮮烈に香る。やがてサンダルウッドの温かみが広がり、最後にカルダモンのほのかな甘さが残る。煙がくゆる薄暗い路地に迷い込んだかのような危うさを感じさせ、香りは深みと官能性を持ち、エキゾチックで妖艶な魅力を放つ。万人向けとはいえないが、イソップらしさの方向性を決定づけた唯一無二のフラッグシップ香水である。
Tacit | タシット
現在発売されているフレグランスの中で、バーナベ・フィリオン以外の調香師、Celine Barel(セリーヌ・バレル)が手掛けた唯一のフレグランス。マラケッシュの発売からわずか1年後に登場したが、その開発には実に7年の歳月が費やされたそうだ。
爽やかな柑橘で幕を開け、上質なバジルの香りが広がる。トップノートではユズの瑞々しさが弾け、次第にベチバーノートの深みが現れる。ミドルからベースへの移行は緩やかで、後半にはイソップならではのハーブのアロマが顔を出す。このシトラスノートは、まさにイソップらしいと形容するにふさわしい。現代的で活気に満ちたフレグランスである。
Hwyl | ヒュイル
深緑の森を彷徨うような、エキセントリックな香り。付けたてのヒノキの森と苔の香りに驚かされるが、次第にスモーキーなノートが立ち上り、大地の温もりが広がる。雨上がりの庭の土を纏ったかのような独特の香りは、まるでアイラモルトの王、ラフロイグのようである。一度その魅力に取りつかれると手放せなくなる。
Rozu | ローズ
イソップ初のフローラル系フレグランスは、名高いモダニストデザイナー、シャルロット・ペリアンに敬意を表して生まれた。彼女の名を冠した和ばらにインスピレーションを受け、バラが咲いてから散るまでの儚い一生を描くように香りが移ろう。
トップノートで落ち着いたローズの香りが広がり、次第にシソのスモーキーな香りが立ち上ると、最後にグアヤクウッドの有機的でスパイシーな余韻が残る。女性的な印象を与える名でありながら、男性が纏っても違和感のない、上品で洗練されたフレグランスである。
バーナベ・フィリオンがシャルロット・ペリアンの娘であるペルネット・ペリアン=バルザックと共に、ペリアンゆかりの地を巡り歩いて完成させた最高傑作のひとつ。
Othertopias アザートピアス
私がイソップのフレグランスに興味を失ったコレクション。それがアザートピアスです。アザートピアスは「Other」と「Utopia」の造語とのこと。
2021年にアザートピアスコレクションが発表されたときに驚いたのは、その本数です。いきなり3本同時に発売されました。その後、付け足したかのようなコンセプトで3本が順次追加発売され、2023年にコレクションが完結。
発売年代から見る限り、クラシックは1本を約2~3年、アザートピアスは6本を約3年で開発したことになります。たった一人の調香師がこのペースで香水を作ったらどういう結果になるか、素人の私でも想像がつくというものです。
長年イソップのフレグランスを愛用してきた私個人の見解として捉えてほしいですが、アザートピアスはイソップが香水ビジネスを拡大させるべく、マーケティング主導で「ここではないどこか」という、何かあっても逃げ道を作れるコンセプトを打ち出し、とてつもなく速いペースでバーナベ・フィリオンに作らせてマーケットに投入された香水群だといって過言ではないと思ってます。
Miraceti | ミラセッティ
温かみのある樹脂の香りが特徴のフレグランス。湿らせた燻煙木のようなアーシーさが際立ち、想像力を膨らませば海の危険と隣り合わせの船旅を思わせなくもない。お香のスパイシーさが前面に出て、しばらく続くため困惑を覚えてしまった。時間が経つと、ようやくムスクの香りが現れるが、スパイシーさに酸味が加わり、後味の悪い複雑な余韻を残す。
Karst | カースト
断崖に根を下ろす草木と冷たい海岸。草と鉄のような香りが広がり、ミネラルの冷たさが感じられる。マリン調の香りは潮風が吹き荒れる曇り空の海岸を連想させ、その後は言葉にしがたい静寂と孤高感が漂う。アザートピアスの中で唯一、イソップらしさが表現されている香水で、残り香に興味を引かれるが、マリン調の揮発性の高さゆえに、あっけなく消えてしまうのが惜しい。
Eremia | エレミア
荒廃した都市に芽吹く小さな荒野のような力強さを持つ。イソップのフレグランスとしては珍しく、瞬時に爽やかでグリーンな活気を感じさせる。柑橘のさっぱりとした香りがすぐにフローラルとムスクの混ざった柔らかな香りへと変化する中で、ときおり感じる自然と都市の共存風景。雨に濡れたコンクリートの香りというのはピンとこなかったが、この香りに不思議な魅力があることは否定しない。
Eidesis | イーディシス
ブラックペッパーの刺激とフランキンセンスの神秘的な香りが包み込み、サンダルウッドの温もりが最後に残る。湿った土と乾いた森を思わせる香りは、久々にイソップらしさを予感させるものだったが、スタッフが「マラケッシュとヒュイルのいいとこどり」と話すのを聞いて一瞬にして冷めてしまった。この香りの本質を理解するには、もっと深い洞察が必要で、あまりに軽々しく扱われるとその真価を見失ってしまう。
Gloam | グローム
スパイスの強烈な幕開けで始まり、次第に甘い花々の香りに移ろう。温かみのあるジャスミンの残り香が漂うものの、最終的にはパウダリーなアイリスとパチョリの重苦しい調和が広がる。その結果、葬儀場の匂いを連想させる香りとなり、いったい何を目指していたのかと首を傾げてしまう。
Ouranon | オラノン
最初にシトラスの明るさが広がり、その後すぐに複雑なハーブと草木の香りが絡み合う。フランキンセンスとミルラの温かみが包むが、全体としてスパイシーさが際立つほどに強く、香りが過剰に複雑に感じられる。一度嗅ぐと、深く絡み合った香りの層が次々と押し寄せ、心に不安を植え付ける。「終焉」というテーマは、皮肉にもイソップらしいフレグランス作りの終焉を暗示しているかのようだ。
まとめ
スタッフが「クラシック」と呼ぶ4作だけが、私が愛するイソップらしいフレグランスです。
アザートピアスコレクションは、ボトル、ミニ香水、試供品などで全種類を日常生活で試しました。その結果がレビューに書いた通りです。短期間であまりにも多くのフレグランスを出したことは、将来汚点として歴史に刻まれるかもしれません。
バーナベ・フィリオンのインタビューで「原料を手がかりに香りのコンセプトを探す」ような発言をしていたことを思い出します。希少な原料をリスペクトしながら丁寧に取り扱う彼が、せわしく調香する姿を想像できません。
コンセプトに合う香りに辿り着けないまま、ビジネス上の完成時期が訪れてしまい、未完のまま諦めて次の調香へ進むというプロセスを経たのではないかと。バーナベ・フィリオンが生み出す香りのファンとして、彼のクリエイションスタイルが尊重される条件ではなかったと思いたいですね。
原点に立ち戻り、もう一度、私をイソップに振り向かせる日が来ることを切に願います。
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