見出し画像

一級建築士設計製図試験における敷地の周辺状況を踏まえた自然光の取り込み

1.高齢者介護施設の敷地の周辺状況

令和2年本試験「高齢者介護施設」の敷地の周辺状況について、平成20年までの旧試験に見られた記載の仕方をすれば、以下のようになります。

 ①北側-道路(幅員8m)を挟んで、住宅地がある。 
 ②東側-住宅地がある。 
 ③南側-住宅地がある。
 ④西側-道路(幅員4m)を挟んで、認定こども園がある。

「見出し画像」は、東京都世田谷区内の空中写真(出典:国土地理院)になります。中央にある建築物は「高齢者施設」で、その周辺は、2階建て又は3階建ての戸建て住宅や集合住宅が建ち並び、令和2年本試験「高齢者介護施設」の敷地と類似した周辺状況となっています。

2.敷地周辺にある戸建て住宅の存在感

令和2年の問題文に『戸建て住宅を中心とした住宅地』であるとの記載がありますので、「見出し画像」の空中写真のように、2階建てや3階建ての戸建て住宅等が建ち並んでいる状況をイメージする必要がありそうです。

以下の図面は、二級建築士設計製図試験の標準解答例のうち『平成29年「家族のライフステージの変化に対応できる三世代住宅」の断面図』(以下、H29断面図という)と『平成30年「地域住民が交流できるカフェを併設する二世代住宅」の断面図』(以下、H30断面図という)になります。

一般的な戸建て住宅の場合、「見出し画像」の空中写真を見てもわかる通り、隣地境界線から余裕をもって離隔が取れるわけではなく、二級建築士設計製図試験の標準解答例においても、北側(それぞれ断面図の右側)の外壁までのへりあきは、H29断面図では1.365m、H30断面図では1mとなっています。

また、各断面図の通り、最高の高さは、8.04m(軒高6.3m)と9.42mであり、戸建て住宅であってもそれなりのボリュームが隣地境界線に沿って存在感を示すことになります。

令和2年本試験「高齢者介護施設」の敷地の南側にある住宅地についても、隣地境界線から1~1.5m程度後退した戸建て住宅等の外壁面が、高齢者介護施設の2階の窓の上端から3階の窓の上端程度の高さまで立ち上がっている状況だと想定する必要がありそうです。

画像1

H29断面図:(公財)建築技術教育普及センターHPより

画像3

H30断面図:(公財)建築技術教育普及センターHPより

3.南側の住宅によって日影になる部分

北緯35度における冬至日の南中時の太陽高度は約32度になります。
 tan32゜≒ 0.62
住宅の軒先又はパラペット天端から隣地境界線までの水平距離を1mとしたとき、冬至日の南中時において隣地境界線から5m後退した高齢者介護施設の南側の窓面のうち住宅によって日影となる部分について考察してみます。
 (5m+1m) × 0.62=3.72m
・H29断面図の2階建ての住宅によるもの
 6.3m-3.72m≒2.5m の高さまで日影になる
・H30断面図の3階建ての住宅によるもの
 9.42m-3.72m=5.7m の高さまで日影になる

以上により、2階建てや3階建ての住宅が隣地境界線に沿って建ち並んでいる可能性がある令和2年本試験の敷地においては、隣地境界線から5m後退した高齢者介護施設の南側の窓面のうちGL+2.5m~5.7m程度より下部、すなわち1階部分又は2階部分は、冬至日の南中時に住宅によって日影になる可能性があります。つまり、「直射日光」が住宅によって遮られる場合があり得るということになります。

4.自然光を取り込むということ

太陽を光源として、地表に到達する「自然光(昼光)」には、太陽光が直接地表に到達する「直射日光」と、太陽光が大気中の塵や水蒸気等によって拡散されながら地表に到達する「天空光」とがあります。

時間的変動が少なく比較的安定した「天空光」に対して、「直射日光」は太陽の位置や雲の有無によって刻々と変化していきます。

令和2年の本試験与条件では、共同生活室とデイルームについて『自然光を取り込み、快適な空間となるようにする。』と特記し、留意事項においては、『居室の採光について適切に計画する。』と記載しています。

建築基準法に適合するように、制限を受ける居室の採光をまず確保する必要があり、共同生活室とデイルームについても採光の制限を受けることになります。これに加えて、快適な空間とするために、自然光である「直射日光」や「天空光」を、どのように室内に取り込む工夫をしたのかが、問われるところかと思います。

天空光に限って見れば、対面する住宅地との水平距離が確保できれば、それに比例して高齢者の視界に入る空(明るさの源)が広くなります。南側の窓より、道路があることで十分な水平距離が確保できる北側の窓からの方が視界に入る空は広くなり、天空光をより多く取り込んでいると言えるかと思います。

一方、直射日光については、北側の窓からは極々限られます。東側、西側、南側の窓からは、太陽の位置や雲の有無により、刻々と変化していく直射日光を取り込んでいくことになります。また、隣地の住宅によって日影になり直射日光が遮られる可能性もありますので、隣地が公園である場合とは異なる想定が必要かと思います。

さらに、直射日光や天空光が地面、建築物、樹木等に反射してくる地物反射光も自然光として考えることができます。高齢者介護施設の敷地の道路を挟んだ北側にある住宅や樹木等は直射日光を受けますので、明るい物として高齢者の目に入ってきます。敷地の南側にある住宅や樹木等は直射日光に背を向けている形になりますので、明るい印象を高齢者には与えない物になると思います。反射光が入射してくることで、高齢者は明るさを感じることになります。

天空光と直射日光さらに地物反射光を含めたそれぞれの取り込みには、各方位で一長一短あるような敷地の周辺状況になっていると思われます。

平成13年と平成18年本試験では、集合住宅の各住戸(1LDKから4LDKタイプ)に対し「日照」に配慮することを求めていました。令和2年の共同生活室等は、住戸でいえばリビングに当たる室になりますので、日照は確保したい室だと言えます。

「採光」や「日照」という言葉を使わず、『自然光を取り込み、快適な空間となるようにする。』という表現をした真意は出題者にしかわからないことです。しかし、その解釈に多様性のある表現をあえてすることで、受験者の中にある「べき論」と葛藤させて考えさせる意図があったとしたら、問題のつくり方としてわかる気もします。


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