一級建築士設計製図試験の問題文を頑なに直訳し過ぎると、どこかぎこちない空間構成になる件
英文を頑なに直訳し過ぎると、どこかぎこちない日本語の文章表現になりがちです。
設計製図試験のプラン全体が、どこかぎこちない空間構成になるのは、問題文を頑なに直訳し過ぎた結果ではないのか……との観点から以下考察してみます。
1.設計製図試験における問題文の翻訳
英文などを日本語に翻訳する場合、直訳と意訳とがあり、『広辞苑』によれば、それぞれ以下の意味とされています。
・翻訳
ある言語で表現された文章の内容を他の言語になおすこと
・直訳
外国語をその原文の字句や語法に忠実に翻訳すること
・意訳
原文の一語一語にこだわらず、全体の意味に重点をおいて訳すこと
設計製図試験における「要求図面」の答案は、日本語で書かれた問題文を、一旦、建築化するための言語(以下「建築化言語」という)に翻訳し、最終的にJIS記号等で表現したものであるとも言えそうです。
英語の試験にたとえれば、英単語を単に訳すだけの試験ではなく、英語の長文を訳して、わかりやすく日本語の文章表現を成立させる翻訳の試験に近いと、言えるのではないかと思います。
英文を一語一語忠実に直訳し過ぎた日本語の文章は、どこかぎこちなく不自然であったりするものです。単語一つ一つの意味としては正しく訳せていても、……翻訳された文章全体の構成がいまひとつ意味がわかりにくく、読み手に伝わりにくいという場合があります。
同様に、設計製図試験の問題文の各部分を頑なに直訳し過ぎた建築化言語に基づくプラン全体の空間構成は、どこかぎこちなく不自然なものになっている、と言えるのではないかと考えます。
2.空間を構成していくまでのプロセス化
設計製図試験で問題文を読み、……空間を構成していくまでを、翻訳という観点で、以下の通りプロセス化してみます。
①問題文を読む
②問題文の各部分を翻訳するための建築化言語の候補を、頭の中を検索して取り出す
③プラン全体の空間構成に重点をおいて、わかりやすく全体を翻訳するために、各部分の候補の中から適切な建築化言語を選択する
④選択した建築化言語に基づき空間を構成していく
3.取り出せる建築化言語による空間構成の方向性
令和元年の本試験の要求室の特記事項にあった「快適な空間とする。」、同じく令和2年にあった「自然光を取り込み、快適な空間となるようにする。」という問題文を例に、これらを翻訳するための建築化言語の候補を取り出すことについて考えてみます。
「快適」を『広辞苑』で調べると「ぐあいがよくて気持のよいこと」とありますが、建築化するには雲をつかむようで、捉えどころがありません。
「自然光」や「快適」というワードで、自分の頭の中を検索したとき、どんな建築化言語の候補が取り出せますか?
「自然光」に対し、「直射日光」や「天空光」が候補として取り出せる人と、「直射日光」のみを取り出す人とでは、その先の空間構成の選択が大きく違ってきます。
「快適」についても、検索の結果、「明るく、かつ、広々とした開放的な空間」という建築化言語を取り出せる人と、「明るい空間であったり、広々とした空間であったり……」という建築化言語を取り出せる人とでは、やはり空間構成の選択が違ってくるだろうと思います。
後者の場合、採光が確保できない配置になっても、広々とした空間とすればいいという選択が可能になります。これに対し、前者の場合はこの選択ができませんし、検索の仕方によっては、「吹抜けやトップライトを設ける」という建築化言語まで、その要求の有無にかかわらず取り出す人もいると思います。
上の2.で示したプロセスのうち、②の建築化言語の候補を検索する段階から、空間構成の方向性が各人各様に進みはじめていることになり、取り出す候補によっては、問題の難易度を自ら上げてしまうことにもなります。
問題文を翻訳していく過程で取り出せる建築化言語の候補によって、空間構成の方向性やプランニングの難易度を各人が決めていると言えそうです。
4.建築化言語の候補を左右している先入観
問題文の留意事項や要求室等の特記事項を読んだとき、それぞれが求める意味を翻訳しようと、頭の中を検索しているはずです。
頭の中を検索して取り出せる建築化言語の候補は、各人の経験や試験対策を通して生じた先入観に左右されるところが大きいと思います。
ここで「検索して取り出せる」としているのは、頭の中に存在していても、検索に引っかからない、つまり各人にある先入観によって、建築化言語の候補から弾かれてしまうことがあることを意味します。
繰り返しになりますが、問題文を翻訳するときに取り出せる建築化言語の候補は、個人差が生じやすいところであり、こうした個人差を生む要因となっているのが、これまでの経験や試験対策を通して、各人に入り込んでしまった先入観であることが多いと思っています。
先入観が改められない限り、頭の中を何度検索してみても、同じ建築化言語の候補しか取り出せないことになりますので、空間構成の方向性も変わることがないと言えます。
5.直訳と意訳という観点から現状を見直してみる
建築化言語の候補の中から、翻訳する上でどれかを選択をする場合、プラン全体の空間構成に重点をおいた意訳をするか……、問題文の各部分で要求されていることに対し頑なに直訳をするか……、この点も問題文を翻訳した結果となる図面答案に、大きな違いが生じるところだと思います。
度を越した意訳は、誤訳につながりかねませんし、頑な過ぎる直訳は、どこかぎこちなく不自然さが生じるものです。
それぞれ一長一短ありますが、直訳の訓練ばかりをしていても、意訳する力が身につくものではありません。
問題文の各部分を頑なに直訳し過ぎるあまり、どこかぎこちなく不自然になる空間構成を改善したいと思うのなら、まず、建築化言語を取り出す際の先入観を洗い出してみることです。
--先入観は無意識に入り込み潜んでいるものです。--
無意識に潜んでいる先入観を洗い出すためには、プラン全体の空間構成に重点をおいた意訳を意識し、取り出す建築化言語を見直してみることも必要です。同じ課題で、問題文を意図的に直訳したものと、意訳したものの2案を計画して、比較してみるのも一つです。
問題文を翻訳するために、頭の中を検索したとき、これまでとは違う建築化言語の候補が取り出せるようになれば、このことが先入観が改められた証しになると思います。
パッと見うまくまとまっていると思うような図面答案は、問題文を頑なに直訳したものより、上手に意訳されたものが多いように思いますが、直訳を改めろということではありません。
いつも同じ調子で、どこかぎこちない空間構成になってしまう現状を改善したいと思うのなら、その原因を、問題文の直訳と意訳という観点から見直してみる方法もあるということです。
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