映画感想~グリーンブック~
■グリーンブックとは何なのか?
タイトルのグリーンブックとは1960年代までアメリカで流通していた、「黒人が差別を受けることなく利用できる施設」をまとめたガイドブックである。この映画は実話をベースにしており舞台は1962年のアメリカ。
当時はキング牧師の公民権運動の最中であり、まだアメリカ社会の中で黒人が法的な平等を得られていなかった時代である。
つまりグリーンブックというガイドが必要なほどに、差別が当然のようにまかり通っていた時代であり、白人が利用するお店に黒人が入るとそれだけで袋叩きにされてしまうような狂った時代のお話ということである。
別に作中でこの本が頻繁に登場するというわけではないし、特に重要な意味を持っているわけでもなかったが、この映画の背景を的確に表しているアイテムだとは思う。
グリーンブックという本が当然のように流通していることが、アメリカ社会において黒人が差別されることが当然だという空気感をよく表している。
今現在が差別のない世の中かと聞かれればおそらくアメリカに限らずどこの国でも謂れのない差別はあるので昔の話だねと片づけることもできないのだが、なんにせよ狂った時代ではあるなと感じた。
■映画のあらすじ
この話の主人公は二人。一人は黒人のピアニスト、ドン・シャーリーで、彼はアメリカ社会の黒人の地位を上げるために特に差別意識の強いアメリカ南部へピアノ演奏の旅に出る。
もう一人の主人公、イタリア系アメリカ人のトニーはあらくれ者だが暴力と口の上手さでトラブルを解決する能力に長けている男である。
黒人のドンがアメリカ南部を旅するのは本来非常に危険なことであり一人では到底行くことができない。そのサポート人に選ばれたのがトニーであり、二人して車で演奏会行脚をしながら徐々に絆を深めていくというのが大筋のストーリーである。
■ドンとトニー
作中序盤ではトニー自身も黒人に対する差別意識を持っていることが描かれている。
ドンの用心棒兼マネージャーとして演奏会の旅に付いていくのも当初はあくまで仕事として受けただけだった。
そんな彼だがドンの演奏を聴いて、その才能を感じ一目置くようになる。
人種としてはマイノリティだが上流階級に属するドンと、人種としてはマジョリティだが庶民階級のトニー。
この一見アンバランスな二人が旅を経るごとに信頼関係を構築していく流れは王道かもしれないが観ていて気持ちが良かった。洋画特有の軽快なトークもgood。
■黒人差別の現場で起きたこと
旅の途中、グリーンブックに載っていないお店に入ったことで白人にリンチされるドンを、トニーがハッタリを効かせながら上手く助けるシーンがある。
既にドンに対して好意を持っているトニーは当然のようにドンを助けるのだが、このシーンを観ていて気になった点が一つある。
それはリンチしていた加害者集団に対してトニーが主張したことはあくまで「彼を開放しろ」という一点だったということだ。
つまり、「黒人を差別するな」、「お前たちは間違っている」というような相手の考えを正すようなことは言わない。
■差別を許容する社会
現代で自分に置き換えるとどうだろうか?
仮に街で誰かが人種差別により暴行を受けている現場を偶然目撃し、それを止めに入るような勇気ある行動が自分にできたとしたら、果たして加害者側に放つ言葉は何だろうか?
想像の中の想像に過ぎないが「差別はやめろ」という言葉は言いたくなるのではないだろうか?
なぜなら加害者側の根本的な問題は人種差別なのであり、仮に暴力を止めさせたとしても根本的な解決にはならないからだ。
聞く耳を持つかどうかは別にして「差別は良くない」というニュアンスのことは言いたくなるのではないだろうかと思った。
しかし、トニーがドンを暴行から守るシーンではそのようなことは一切言わなかった。あくまで暴力からドンを逃がしただけだ。
これが重要なシーンなのかどうかは分からないがトニー自身も黒人が差別されることはある意味、仕方のないこと、自然の摂理のように思っていることを描いたんじゃないかと感じた。
個人の差別意識がどうこうというより、社会全体で差別を許容する風潮が生まれていた時代なのかもしれない。
■差別は個人から生まれるものではない
キング牧師もガンジーも非暴力という手段を用いていたのは個人と闘っていたわけじゃないからだ。
あくまで差別意識を生むのは個人の価値観ではなく社会の風潮、空気感であり、それを打破する為にもまた社会の風潮と言う全体意識を変える必要があることを分かっていたからだ。
逆に言うとそれほど差別意識というものは意識の奥深くに根付いてしまうものなのだと思う。罪の意識など感じることがないほどに。
■悪いのは誰なのか?
同じことはより終盤のシーンでも顕れる。
ドンに演奏を依頼したレストラン側がドンが席について食事をすることを認めないのだ。
言い忘れていたがドン・シャーリーはこの時点で既に名の知れた有名なピアニストだ。(だからこそ公演依頼が来て南部を旅できているわけなのだが)
そんな大事なゲストであるはずのドンに対してレストランは利用させないと言ってくるわけだ。
現代の常識からすれば理解不能だが、これもこのレストランやスタッフが特に差別意識を強烈に持っているというわけでもない。
彼らはあくまでこれまでの慣習に沿って対応しているに過ぎない。少なくとも強烈な悪意はない。
別に目の前のドンのことを憎いとも特別に汚らわしいとも感じていないだろうが、これまでこのレストランでは黒人客を受け入れていなかったし、例外をつくるつもりもない。
また、そういった対応をしたとしても誰に非難されるわけでもない。だからこその対応なのである。
客観的に見ると非常に不愉快な人物に映るが、誰が悪いのかと言えばそういう風潮を作った全員が悪いという方がしっくりくる。
■おすすめしやすい心温まる映画でした
差別問題がテーマとしてある為、なんだか暗くて真面目なことばかり書いてしまったが映画自体はシリアスな部分もあれど非常にハッピーな内容になっている。
特にトニーという人物が家族愛や友愛に溢れた人物で、この映画のムードメイカーらしい振る舞いに好感が止まらない。
彼のようなキャラクターが一人いるだけで作品への感情移入はしやすい気がする。
小説でもああいう楽観的で且つ芯を持ったような人物がいる作品は読んでいて気持ちがいいし。
考えさせられる作品なのに万人受けするようなストーリーで暗すぎない、人におすすめしやすい映画だなと思ったら、ゴールデングローブ賞受賞作ということで、すでに万人受けしていた笑
いまもそこかしこに存在する差別に対して当事者意識を持つべきだという喚起をして頂き、またハートフルな感動もできた名作映画だった。
話題作の情報はちゃんとチェックしておくべきかもなと感じた夜でした。
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