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映画感想~歩いても 歩いても〜

是枝裕和作品を初鑑賞

映画はたまにしか観ないので是枝作品を見るのもこれが初めて。万引き家族と迷ったがこちらを観てみることに。

評判は家族の日常の中に潜むダークな部分を描いた作品と聞いていたのだが、どちらかと言うと圧倒的リアルに一家族の風景を描いた作品だと感じた。

映画で家族というと、思い浮かべるのはお互いが信頼し合って何でも話せる関係性であり、実家というものは忙しない日常とは切り離された憩いの環境だと考える。

しかしと言うか、当然現実の家族というものはそうではないものがほとんどだ。
だいたいは家族にも言えない話を腹の中にもっているし、表向きは仲睦まじい家族を演じても裏では意外と打算的なことを考えていたりするし、家族同士でも相手の態度や物言いにどうしても許せないポイントを感じていたりするもの。

そういった家族の微妙な関係性を徹底的にリアルに描き切ったのが本作「歩いても 歩いても」だと思う。決して悲観的な作品でもないし、人間の闇を描いた作品と言うわけでもないと思う。


ダークな母親


作品の背景は確かに暗いところがある。昔亡くなった長男のことをどこかで皆が引きずっているせいで家族の関係性が少し歪んでしまっているのだ。

作中の樹木希林演じる主人公の母親は長男の死によってある意味最も歪められてしまった人物である。

長男は海で溺れてる子供を助けたことで亡くなってしまったのだが、助けられた方の少年は十数年経ったいまでも命日に主人公の実家を訪ねて線香を上げ、遺族に謝罪と感謝の意を伝えている。それは本人が自主的にそうしているというよりも母親が意図的に毎年来させているようで、作品の終盤の方では「それぐらいしてもらわないと怒りの行き場がない」というようなことを言う。

いまではすっかり大人になった少年は立派に成長したというよりは、うだつの上がらない人生を送っており、それを裏で小ばかにすることで母親は溜飲を下げているようなのである。

意外と誰しも当てはまる


こういう部分が要所要所で垣間見えるので闇深い作品に見えるのだろうが、むしろこういう裏表は誰しもが持っているものだと思う。

特に家族と言う特殊な関係性、つまり切っても切ることができないし、常識の上では仲睦まじくあるべきとされる関係性においては尚のこと二面性を帯びやすいのかもしれない。

家族同士でお互いに相手のことを気が利かないなと思い合っているし、自分の方が相手に合わせてやっていると信じている。

家族同士で誰かの悪口を言い合うのは第三者が見れば性悪なことこの上ないが当人たちにとってみれば只の共感し合える話題なだけで悪意の部分は意外に薄かったりする。

他にはない妙な関係性だが、今後も途切れることのない関係だからこそ、年に1回ぐらいの頻度では会いに行くわけだし、表面的に愛想よくするのはそれなりに会いやすく、喋りやすい関係を今後も維持していきたいと考えているからなのかもしれない。

それを家族の愛とも言えるし、人間の二面性とも言うことができる。おそらくそのどちらも含まれているんだろうし、見る人間によって解釈が分かれるといったところだろう。

結局


個人的にはきれいなだけのものにはリアリティを感じないが、家族愛を否定する気もない。人間に限らずあらゆるものの真実は玉虫色なのだと思う。

感情は常に表裏一体で好きという感情があれば必ず嫌いという感情も存在する。
なにか一言で言い表せるようなものの方が陳腐でチープなものなのかもしれない。

本作を見て感想をうまく言い表せなくてぐちゃぐちゃな文章になっていることこそ、家族や人間というものが複雑であることの証左なのかもしれない。

いや、単に文才の無さか。

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