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第二回アラザル読書会『三体 Ⅰ』(劉 慈欣 著)抄録

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開催日:2020年8月1日
出席者:西中賢治 畑中宇惟 諸根陽介

※下記は、今回のアラザル読書会で交わされた会話の抄録である。テーマごとに見出しを立て、発言の要旨をごく簡潔にまとめた。

★科学的な虚実

畑中 本屋ですごく売れてるからわかりやすいエンタメかと思ったけど、難しい理論が多くてよくわからないところもあったのが意外。
西中 陽子の11次元の話は超弦理論に基づいているが、太陽の電波増幅機能は科学的根拠のない創作らしい。
諸根 虚実の織り交ぜ方の作り方が上手。よくできてるSFはみんなそうだけど。
畑中 太陽の説明の部分がすごく長くてよくわからなかった。
西中 太陽のように嘘を書く時はもっともらしく長く書いているのかもしれない。一方、11次元の方はあっさり書いている。

★エンタメ成分

畑中 VRゲーム内の「脱水」の表現などが面白い。
西中 三体協会の巨大な船がナノマテリアルの刃でスライスされるような視覚的描写が読ませる。
畑中 史強のキャラクターがいい。肉体派。
諸根 頭の中で全てを完結させようとする科学者たちと、肉体派の史強の対比がいい。

★文革

西中 文革などの人類の間違いをどう乗り越えるかがテーマ。人類は今のところ性悪。発展した三体文明も性悪。
諸根 三体星人も文革みたいなことをしている。
西中 だから今のところ性悪同士が戦っている。最後に性善になるのかが読むモチベーションになる。
諸根 三体問題がSF的ガジェットによって解かれて結末を迎えるかも。

★想像できない存在、SF的ワンダー

西中 三体人はほとんど人間と同じ知性として描かれている。『幼年期の終り』のオーバーロードやオーバーマインドのように人間を越えた知性を持つ存在ではないから、あまりSF的ワンダーを感じない。
諸根 エンタメとしては面白いけど、自分ひとりでは想像できないような世界、未知なるものというほんとに面白いSFの条件がなく、既知のものの組み合わせでできていた。三体星人の描写がちょっと地球人類に寄り過ぎているところなどに物足りなさを感じた。
畑中 三体星人の見た目などはまだ第一部ではわからない。これから明かされるのかも。

★科学への信頼

西中 三体人が地球を侵略するにあたってまず行ったのが、基礎科学の信頼をゆるがせること、というSF的アイデアは新鮮だった。
諸根 楊冬が自殺した時、テッド・チャンの『ゼロで割る』を思い出した。でも『三体』では外部から基礎科学が破壊された(ように思いこまされる)だけだから絶望は深くない。そういう点では楊冬が自殺した理由がよくわからないままだった。
西中 ちなみに葉哲泰の科学は文革戦士から唯心論だと批難されるが、科学こそ実は客観的な事実で文革は間違っているという前提で物語が進む。

★SF設定

畑中 科学的な理論、説明の部分が長く続くパートでは、小説を読むときの喜びみたいなものが得られなかった。
諸根 説明をちゃんとしないといけないのがハードSFの定めだが、両刃の剣という側面もある。もっともらしく説明すればするほど突っ込みどころも生じる。このあたりのバランスは難しい(JGバラードみたいに全然説明しないSFもある)。三体のゲームの存在意義や、三体世界の環境が激変して滅亡を繰り返しながら同じような生態系が生じて歴史がリセットされないところなどはツッコミどころと感じた。でも高次元の中に低次元が内包されているという部分などは面白く読んだ。
畑中 父親を殺されたからと言って人類を差し出すのは疑問。
西中 文学的に曖昧にしつつ、どこかにちゃんと理由を書いてる、くらいにした方がすんなり読めたのかもしれない。

★SFのヴァリエーション

西中 『日本沈没』のようなリアルな科学的知識を楽しむタイプのSF作品もある。でも小松左京は『神への長い道』で今の人類の知性の次元を越えた存在を描いてSF的ワンダーを感じさせた。両方書いてるのがすごい。
諸根 SFをどう評価するのかって結構難しい。科学的な裏付けや既知の事実からどう飛躍するか。『三体』は非常によくできたエンターテインメント作品として面白く読んだが、驚きはあまりなかった(ただ、設定やガジェットの組み合わせはすごくうまい。伊藤計劃と割と近い読後感)。そういう点で神林長平の『言壺』などが好き。
西中 オーウェルの『1984』のような、現代の寓意をSF的アイデアで表象するタイプのSFもある。
諸根 テッド・チャンの『メッセージ』は原作のほうが面白い。映画は人間に寄せすぎている。ただ、あの原作の肝であると言える言語の翻訳プロセスが映像化しづらいというのは理解できる。
西中 『三体』はハードSFだがゲームや戦闘描写のようなエンタメ成分も強いし文革の歴史も書かれているしかなり総合的な作品。
諸根 中国でこういう自己批判的な内容の本が出せたことに驚き。

★仕掛け

西中 「後世の記録では」という描写が気になる。三体世界と接触した未来の人類は、不可逆的な変化を被っているはず。つまり今の人間のような存在が書いたものではない。ここに叙述トリックのような面白い仕掛けがあるかも。

★閑話:コロナについて

畑中 自分で思うより順応性高かった。自粛にも慣れたし仕事できるようになったらなったで楽しいと思えた。
西中 おしゃれして街に出たいという欲望が自分にあったことに驚き。人の目に触れたいし人を見たいと思った。
諸根 人がマスクをしているとモノクロームの世界のようにつまらない。仕事以外の雑談や飲みが仕事の内容以上に大事だと気づいた。

(採録/西中)

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