読書感想文(118)三浦しをん『きみはポラリス』

はじめに

こんにちは、笛の人です。
読んでくださってありがとうございます。

今回は恋愛小説の短編集です。
ここしばらくは色んな人にオススメの本を聞きまくっているのですが、三浦しをんさんの作品を挙げる人が多かったので読んでみました。

この本は中身を読む前に、裏表紙の内容紹介がとても素敵だなと思ったので引用しておきます。

どうして恋に落ちたとき、ひとはそれを恋だと分かるのだろう。三角関係、同性愛、片想い、禁断の愛……言葉でいくら定義しても、この地球上にどれひとつとして同じ関係性はない。けれど、ひとは生まれながらにして、恋を恋だと知っている――。誰かをとても大切に思うとき放たれる、ただひとつの特別な光。カタチに囚われずその光を見出し、感情の宇宙を限りなく広げる、最強の恋愛小説集。

ここだけで読みたくなる人も結構いるのではないでしょうか。

感想

はじめにタイトルについての話を書こうと思います。
『きみはポラリス』の「ポラリス」の意味を私は知りませんでした。
しかし、とりあえず読んでみてから調べようと思い、読み始めました。
意外なことに、目次を見ると「きみはポラリス」というタイトルの短編はありません。短編集は星新一『ボッコちゃん』や越谷オサム『金曜のバカ』のように、短編集に収録されている短編の一つがタイトルになることが多いと思います。エッセイなどではその限りではありませんが、短編小説集で敢えてそのようなタイトルをつけるというのは作者の意図がよく表れているはずなので、「ポラリス」という謎の言葉も相まって、ますますタイトルに興味を持ちました。
小説を読み終え、巻末にある中村うさぎさんの「解説」を読んでいると、表題についての言及がありました。中村さんの考えを知る前に自分でも考えたいと思い、慌てて「ポラリス」を調べてみると、意味は「北極星」でした。
「きみはポラリス」、なんて素敵なタイトルなんでしょう。そうか、きみはポラリスだったのか、と思いました。
改めて中村さんの解説を読むと、収録されている短編「冬の一等星」を引用し、次のように述べている。

「八歳の冬の日からずっと、強く輝くものが私の胸のうちに宿っている。夜道を照らす、ほの白い一等星のように。それは冷たいほど遠くから、不思議な引力をまとっていつまでも私を守っている。」(『冬の一等星』より引用)

そう、それが「愛」だ。遠い日の「恋」は胸の奥に押し花としてたたみ込まれ、「愛」は夜空の北極星となって、あなたを守り導く。「恋」と「愛」が繋がってこその「恋愛」。この短編集には、そんな「恋愛」がいくつも煌めき、我々の心をほのかに照らし続けるのだ。

P394

なるほど〜と思いました。
ちなみに私自身が考えたのは、道標としてのポラリスでした。この「解説」でいうと「導く」に近いかもしれません。
ただ、北極星が「導く」というよりは、自分が北極星を見て進む方を定めていくイメージなので、主体客体が異なっています。
北極星は一年中いつでも北の空にあります。ゆえに方角を知る手がかりとなり、自分が進みたい方向を教えてくれます。
でも北極星自身はそこにあるだけで、進むべき道を教えてくれるわけではありません。
自分の目的地は自分で決めなければなりません。そうして初めて、北極星は進む方向を教えてくれます。
そして、きみはポラリス、です。
恋愛というのはあくまでも他人との営みであり、一方で限りなく他人と自分を近づける営みでもあります。
北極星は遠くから自分を見守ってくれるものなのですが、何となく、私には北極星を目指して進む人のイメージが浮かびます。いつか辿り着くから、という気持ちがどこかにあるのかもしれません。

タイトルだけでかなり書いてしまいましたが、内容についても書きたいことがあるのでもう少しあるので書きます。
全11篇のうち、どれが一番好きだったかなぁと思ってパラパラと捲ってみましたが、どうにも甲乙つけがたいです。どれもそれぞれ良かったです。強いて一票入れるなら、エミリー・ブロンテ『嵐が丘』が引用されていたという理由で「骨片」でしょうか。最後の終わり方がなんとも文学好きらしい発想なのと、文学は仕事の役に立たないかもしれないけど人生の役には立つという話がいいなと思いました。
でも他の作品もそれぞれ色々と良かったので、いつも通り引用しつつ思い出しながら書いていきます。

「それでもいいよ。とにかく、洋子さんが言ったことが、俺にとっては本当のことだ」
「寺島くん、教えてあげようか。そういうのは恋じゃなくて宗教っていうんだよ?」

P17

読み始めてすぐにこんなことが書かれていて驚きました。これについては色んな人の意見を聞くと面白いと思うのですが、ともかく「恋と宗教」という枠組みが引っかかりました。
私が「恋と宗教のアナロジー」と称して色々と考えたのは確か大学1回生か2回生の頃だったと思います。色んな宗教の概念を恋愛に転用して様々な事象を捉えてみるという割と雑な分野ですが、結構上手く当てはまるものがあって面白かったりします。
「恋と宗教のアナロジー」というと、私はあまり他人に理解されないように思います。しかし、ここにあった!ということで驚いたわけです。
この記事の「はじめに」で三浦しをんさんの作品を色んな人がオススメしていたと書きましたが、この『きみはポラリス』をオススメしてくれた人は特に話が合いました。その理由は恐らくこの辺りにあったのだな、と思いました。
また、次の場面でも同じように感じました。

 いつも不思議に思うことがある。
 どうして恋に落ちたとき、ひとはそれを恋だとちゃんと把握できるのだろう。
 たとえば私の初恋の相手は、保育園で同じさくら組だった建斗くんだが、まだ「恋」という言葉も、その意味はよくわからなかったのに、それでもすごくはっきりと、「建斗くんのことが好きで好きでしょうがない」と感じる自分の心に気づいていた。
 彼のことを特別だと思ったし、彼と一緒に遊ぶとドキドキしたし、彼も私のことをそんなふうに思っていてくれればいいのにと願った。
 言葉で明確に定義できるものでも、形としてこれがそうだと示せるものでもないのに、ひとは生まれながらにして恋を恋だと知っている。
 とても不思議だ。

P81,82

人(自分)はどのようにして恋に落ちるのか、というのは恋愛を考える上で私にとっては最も大きなテーマです。これを明らかにする為に色々なことを(無駄に)考えていると言っても過言ではありません。しかし、それを理論的に説明することは未だにできていません。
「恋愛は感情でするものなんだから理屈なんて考えても仕方がない!」という主張はよく聞きます。そういう考え方もアリだと思うのですが、感情と理屈(或いは論理)は両立すると私は考えています。「わからないんだから考えても仕方ない!」と考えるより「未知だからこそ解明したい」と考えます。

少し話を本文に戻して、改めて脱線します。
本文では初恋を幼稚園の時としていますが、私自身も「好き」という言葉を人に対して自ら使ったのは幼稚園の時でした。これは現在定義している「恋」とは異なるので、初恋とは捉えていないのですが、逆にじゃあその「好き」はなんだと言うと、今で言う「かわいい」だったのではないかと思います。恋と「かわいい」の関係については高校生の時に色々と考え、悩み、今尚諸説分かれています。

んー、既に注記が必要な箇所が多々ありますし、これ以上書くと別の話になるのでこの辺でやめておきます。
今回の話は、この作品には自分が昔から考え続けていたテーマが色々とあり、ゆえにこの本を読んだ人とはその辺りの所で話が合うので仲良くなりやすかった、ということです。
そして自画自賛すると、この本を読んでそんな風に考えられるのは、今まで自分なりに色々と考えてきたおかげだなぁと思います。この本を読んでその考えを会得したのではなく、自分なりに考えた結果がこの本と同じだった、ということです。これは同じようで全然違います。数学で例えると、座標(x,y)=(m,n)をとるのと、y=x-m+n上の点(m,n)を通るのくらい違います。

結構長くなっていますが、最後にいくつか気になったことをメモ程度に記しておきます。
まずこの本を読んで、いくつか血縁に関する話が出てきたのが印象的でした。特に「裏切らないこと」で言及されていた、夫婦は他人であり、親子(母と息子)は血が繋がっているという話はあまり考えたことがなかったので、新鮮でした。

あとは「夜にあふれるもの」に書かれていた「狂気と正常の境は常に多数決によって引くことしかできない。」という一文は端的でわかりやすく、印象的でした。

最後の最後に、「解説」で書かれていた次の箇所も印象的でした。

考えてみると「恋愛」の醍醐味とは、そもそも「秘密」そのものの味わいなのかもしれない。相手に告げられないまま胸に秘めた恋心、恋人以外は誰も知らない二人だけの想い出、愛しているからこそ決して知られたくない過去……「秘密」はいつも少しだけうしろめたくそれだけに甘美な罪の香りに満ちている。「秘密」は「罪」だ。そして「恋愛」には、「罪」の隠し味がとてもよく合う。

P391

ここでは秘密の例が三つ挙げられています。この中で私が重視してきたのは二つ目の「恋人以外は誰も知らない二人だけの想い出」だけです。なぜなら、私は恋人に隠し事をする必要はないし、片想いは相手の幸福に寄与しない為に重要でないと考えているからです(勿論、そういう風に恋愛を楽しむ人もいると思いますし、否定したいわけではありません。念の為)。二つ目に関しては最近読んだ湊かなえ『Nのために』で言及されている「罪の共有」に通ずるところがありますが、もっと大きな枠組みで他人に言えないような事を全て含んでもいいと思います。
また長くなりそうな気がするので、この話はこの辺で。また改めてこの部分をについてnoteに書いてもいいなと思います。

おわりに

久々に結構長くなってしまいました。
最後まで読んでくださった方、ありがとうございます。お疲れ様でした。

三浦しをんさんの作品は映画化した『舟を編む』も有名なので読んでみたいです。他の作品はあまり知らないのですが、『秘密の花園』は米文学の『The Secret Garden』を元にしているのかなぁと思うので気になります。
とにかく他の作品も読んでみたいので、もしオススメがあれば是非教えてください。

ということで、最後まで読んでくださってありがとうございました。


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